ひび割れた宝石
未来視の力を活用して、私は次の日も襲撃者の居場所を特定した。
ギルバートは前日のように既に分かっていた相手の元へと一瞬で近寄り、捕縛した。
それを見た私は、今日もギルバートが無事であったことに一安心したのだ。
しかし、予想通りこれで終わりではなかった。
こちらの想像以上に執拗に、相手は襲撃者を送り出してきたのだ。
ギルバートは毎日刺客と戦っていた。私は歯痒い気持ちでそれを送り出すことしかできなかった。
「これで襲撃も五日連続か……それも一日に複数とはな」
「ええ。それにホークアイ家の騎士も急に増えた賊の対応に手いっぱいなのでしょう? ……十中八九、首謀者の仕業でしょうね」
用意周到な作戦だ。それに、動員されている人間もかなり多い。
ギルバートも、そして未来視を使い続けている私も休める日がない。
「エレノア、首謀者のあてはあるか?」
「ええ。ここまでの横暴が他領でできるほどの貴族と言えば一つしかありません。王族、おそらくラインハルト王子が関わっているでしょう」
「エレノアの元婚約者か」
ギルバートがじろりと表情を固くする。そこに籠った怒りは、単に自分たちの暗殺をもくろむ人間に対するものだけではないように見えた。
「敵がいるのが王城となると簡単に手を出せないですね」
「……防衛だけ、か。もどかしいな」
しかし、ラインハルトは本来私を殺すためにこんなことをしている場合じゃないはずだ。
彼の立場は盤石とは程遠い。魔法至上主義者の古い貴族に嫌われている彼は、私を追い出した以上様々な課題に追われているはずだ。
王都の治安の悪化による混乱も、私がいた時には全く治まっていなかった。
辺境伯領にいると情報がほとんど入ってこないので分からないが、今王都は混乱した状態にあるだろう。それを治める彼が暇なわけがない。
「王城の政変、は既に他の領にも伝わっているはずです。良識ある貴族なら動きを見せるかもしれません。ラインハルト様の立場は決して盤石ではありません」
王家と言っても貴族家すべてを敵に回して無事でいられるはずがない。
ラインハルトもそれを分かっているはずだが、彼はどうしているのだろうか。
「ですから、きっと待てば状況は好転します。王家の懐も無限ではありません」
遠く離れた場所にいる人間の暗殺を何度も試みるのは、そう簡単なことではない。
金をもらえればなんでもやる裏社会の人間を使っているのだろうが、それにはコストもかかるし秘密の保持には全力を尽くさなければならない。
「ああ、そうだな。ただ、結局のところ時間任せとはもどかしいな」
ギルバートは少し苛立ったように言った。
「私の未来視があれば襲撃を防ぐのは問題ないはずです。今のところイレギュラーもありません」
「……それは、お前の体力が続く限り、だろ。エレノア、お前毎日頻繫に未来視を使っているせいで体力が落ちてるだろ」
「そんなことは……」
「いいや、目の下に薄っすら隈ができている」
ギルバートは私の顔にそっと手を近づけると、目元を優しくなぞった。
急な接触に私の頬が熱くなる。彼の吐息が薄っすらと感じられる。
「エレノアばかりに無理をさせられない。明日あたりは未来視をやめて俺に任せてみないか?」
「いいえ、それはできませんギルバート様。あなたが頼りない、というわけありません。私は不安なのです。かつて視えたあなたが死ぬ未来。それが怖くてたまらない。……私は、臆病ですから」
未来視という力を手に入れて分かった。
知れば知るほど怖くなる。普通の人が未来に不安になるのとは訳が違う。
分かっている破滅を回避する明確な手立てが浮かばないのは、ひどく恐ろしいものだ。
自分だけがそれを避けられるはずだったのに助けられない。
あんな思い、二度と味わいたくない。
しかもそれが、自分の好きな人の死なのだから尚更だ。
「エレノア」
私は情けない表情をしていたのだろう。ギルバートは、いつになく優し気な表情で私に話しかけてきた。
「未来を担っているのはお前が一人だとは思わないことだ。俺とお前の目的は一緒だ。未来を変えるのはお前ひとりではない」
ああ、この人は。
本当に私の欲しい言葉を知っているかのようだ。胸が熱くなり、心臓がドクドクと音を立て始める。
「……とは言っても、状況を打開できるような手段がないのは情けない限りだがな。だが、俺がお前の身は守る」
「……あなたが死ぬ未来が視えたのですから、自分の身を守ることを最優先してほしいものですが」
「未来は絶対ではない、とはお前の言葉だったはずだがな。それに、大切なものを守るのにそんなことは関係ない」
「た、大切なもの!?」
突然大胆なことを言いだしたギルバートに、私はビックリしてのけぞってしまった。
「どうしたのですかギルバート様。熱でもおありですか? 刺客を捕える毎日に疲れましたか? ついに起きているのに寝言が口をついて出てくるようになったのですか?」
「失礼だな……。婚約者を守るのは貴族として当然のこと、だろう? 俺はよく知らないがな」
なんだか誤魔化された気がする。私が見つめると、彼はふい、とそっぽを向いた。
「だから、そんな不安そうな顔をするな。精神の疲弊は体にも影響する。せめて気持ちくらいは保っておけ」
「ありがとう、ございます」
気遣ってくれた彼に礼を言う。彼は注視しなければ分からない程度に、頬を緩めた。
◇
それからも、私たちは同じような生活を繰り返した。
朝起きたらすぐに未来視を使い、今日一日の襲撃計画を読み取る。少なくとも一人、多い時は三人の刺客の姿が確認できると、私はギルバートのそれを事細かに伝える。
屋敷の周辺のみを探索範囲に使えば、一日分の未来視くらいは使える。しかし、長時間の睡眠でもなお取れない疲労が積み重なり、私の体力は少しずつ消耗していった。
一週間も過ぎると私の体力が限界を迎えた。
いつものように未来視を使おうとすると、クラリと眩暈がして私はその場に倒れ込んだ。
「エレノア!?」
床に頭を打ち付ける直前、ギルバートの手が私を支えてくれた。
口が上手く回らず、彼に礼を言うことすらできない。
「おい、大丈夫か!?」
ギルバートの声がまるで水面の向こうにいるようにぼんやり聞こえる。焦点が合わず、彼の顔が良く見えない。
彼がコレットを呼んだようだ。彼女は素早く私を介抱するための準備をする。
「お嬢様! 気をしっかり持ってください!」
「エレノア! エレノア!」
彼が聞いたこともないような切迫した声で私を呼んでいる気がする。けれども返事ができない。呼吸は浅く、ひゅうひゅうという音した出せない。全身がひどく寒くて、手がふるふると震える。
「――これはこれは。どうやら私は随分と到着が遅れたようですね」
遠くから、ひどく聞きなれた声が聞こえた気がした。
それを認識したのを最後に、私の意識は途絶えた。
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