盤上遊戯をしよう!2(side.アロイス)
盤上遊戯を覚えたルイズは、アロイスの予想以上にこのゲームに熱中した。
それはもう、朝晩のお世話や食事の時でもずっと「盤上遊戯しよ〜」と四六時中おねだりされるくらいにドはまりしている。
さすがのアロイスもずっとは相手できないのでどうしたものかと思っていれば、なんとルイズはテッドを誘って盤上遊戯をやりだしたらしい。竜舎当番の先輩から聞いたときには、思わずテオドールと顔を見合わせてしまった。
実際、ルイズとテッドの部屋は岩壁で仕切られていて柵もある。そんな状況でどうゲームをしているのかと思えば、そこは規格外のルイズだった。
どうやらテッドの部屋にゲーム盤を持ち込み、精霊に駒を動かさせて、自分は読書の時に使う遠視の魔法を応用してゲーム盤を覗き込んでるようで。
そこまでしてアロイスに勝ちたいのかと苦笑もしたけれど、裏返せばルイズの負けず嫌いな一面に初めて気がついたのだから、これはこれで良かったのかもしれないという気持ちにもなる。まぁ、ルイズの我が儘で付き合わされるテッドが不憫ではあるけれど。
そんな感じで午前中もテッド相手に盤上遊戯をしていたルイズを竜舎から引っ張り出して、アロイスは飛竜部隊の飛行訓練へと加わった。
「アロイス、訓練終わったらゲームしよ!」
「はいはい。一回だけだよ。夕飯の後に」
「やった!」
「その前に訓練。気もそぞろだと怪我するからちゃんと集中しておくれよ」
「分かってる!」
ふんすっと鼻息荒くするルイズ。
そんな彼女にアロイスはゆるりと口元をゆるめた。
ルイズはまだ戦闘訓練には参加はできないけれど、隊列訓練には加わるようになった。本来ならもう少し先になっただろうけれど、ルイズはその知能の高さから早めに訓練に加わることが許された。
それでも他の火竜に比べたら体格は小さく、最低限の軽装のアロイスを乗せるので精一杯なので、疲労の具合では先に訓練の離脱をすることもある。その塩梅を見極めるのは、騎手であるアロイスの役割だ。
飛竜部隊長であるセザールの合図で、地上で隊列を組む。序列最下位のアロイスとルイズは隊列の一番後ろだ。
背筋を伸ばしてぴたりと直立不動の姿勢を取るアロイス。その横でルイズも腰を下ろして翼をたたみ、待機の姿勢を取った。
セザールの号令とともに、次々と竜笛が響きわたっていく。
この笛の音に従い、竜は身を伏せ、同時に竜騎士がその背に騎乗した。
アロイスも班長の号令で竜笛を鳴らす。
ルイズも他の飛竜と同じように身を伏せ、アロイスの騎乗を待つ。
アロイスはその背にまたがると、部隊長の合図でルイズを空へと舞い上がらせた。
セザールや各班長の号令で、二十八もの飛竜が空で隊列を組んでいく。
高度を上げ、高度を下げ、時には飛行速度を揃え、他の班と合流し、隊列を組み替えて。
空を飛びながら、『るるる』とルイズの喉が鳴るのが聞こえた。
風にのって他の竜からもちょこちょこと鳴き声がアロイスにも届いてくる。
「ルイズ? 何か話してるのかい?」
「この飛行訓練って、盤上遊戯みたいだよねって! ほら、あっちの班が東の歩兵で、こっちの班は西の歩兵!」
「あー、あれはもともと戦略訓練の一つだったし……じゃなくて、よそ見しない! 怪我するだろ!」
すっかりゲーム脳になってしまったらしいルイズを叱ると、さすがの彼女も自分が悪かったことに気がついたのか、しゅんとしてしまう。
そんなルイズの頭を撫でてやり、アロイスは班長の号令に合わせて次の指示を出した。
ぐんっとルイズが大きく翼を打って、一瞬の浮遊感がアロイスを襲う。
その後はルイズも真面目に飛行訓練に参加して、小さくとも綺麗な白桃色の翼を大きく広げ、大空を翔けた。
とはいえ。
そんなことがあった日の夜、あまり叱ったことのないアロイスが一度叱ったことで、ルイズは見るからに落ち込んでしまっていた。
目に見えてしょんもりとするルイズに、叱ってしまったことで彼女の楽しみを無くしてしまったのかもしれないと心配したアロイスは、自分の夕食もそこそこに、約束通りルイズと盤上遊戯をするために竜舎を訪れたのだけれど。
「セザール、それじゃあピィー、ピッ、ピッ、ピッの時の隊列はなんのため?」
「それは鶴翼陣形だな。防御に優れた陣形で、こうして敵が突っ込んで来れば、周囲を包囲して一網打尽にできる。とはいえ飛竜部隊じゃあ基本そんな状況、凶暴化した竜相手ぐらいにしか使わないがな」
「でも空中戦だと上下にも飛べるでしょう?」
「そう。だからそのための螺旋陣形だ」
ピィーピピィーピピピィー、と笛の音がなる。
竜舎の入り口で足を止めたアロイスは、どうしてか中に入れなくて、そっとそこから中の様子をうかがった。
ルイズの柵の前でセザールが笛を咥えているのが見えて、笛の音はセザールが鳴らした音だというのがわかった。
耳をそばだてれば、セザールとルイズの話し声が聞こえてきて。
「凶暴化した飛竜をこの陣形で囲う。螺旋陣形はいわゆる渦巻き状になるから、逃げられる場所も限られる。一番最上段にいる部隊から網でも落としてやれば、飛竜は落ちて大人しくなる。その後は凶暴化が落ち着くまで騎士が見張るか、最悪薬を使って強制的に落ち着かせるんだ」
ふんふんとルイズが鼻を鳴らす音。
セザールはその様子にくつくつと喉を鳴らしながら、柵の向こう側に腕を伸ばしていた。
「本当にお前さんは頭がよく回る。これは騎士学校の教科書に載ってるようなもんだ。それに自分から気づくとはなぁ」
「アロイスのおかげだよ。アロイスと最近ね、盤上遊戯してるから!」
「なるほどなぁ。そのおかげで思考能力がますます発達してきたわけか」
仲の良さげな二人の様子を見ていると、アロイスの中に何かもやもやとしたものが渦巻いてくる。無意識のうちに唇を噛み締めていると、ふっとセザールが顔を上げてこちらを見た。
アロイスと視線のあったセザールは、驚いたように目を丸くすると、少々バツが悪そうに頬をかいた。
「アロイス、いたのか。ルイズに用事か?」
「えっ、アロイス? 来てるの?」
ひょっこりとルイズが柵の向こうから顔を突き出して、アクアマリンの瞳をくるりと輝かせた。
アロイスはハッとしてルイズに笑顔を向ける。
「話しこんでるみたいだったからさ、邪魔しちゃ悪いと思って。陣形の話が聞こえたけど、勉強していたのかい?」
「ああ。シザーのことでちょいと相談に来たんだが、ルイズが隊列の意味を教えてほしいと言ってな」
アロイスの問いかけにセザールが答えた。
なんでそんなことを聞きたがったのかとアロイスは考えて、そういえばと昼間の訓練のときのルイズの言葉を思い出した。
「もしかしてルイズ、昼間の盤上遊戯の話から?」
「えっ!? あ、うん、え〜っと……」
ルイズの視線が怪しい感じに動く。アクアマリンの瞳がくるんくるんしてる様子を見ていると、アロイスはなんだか自分の至らなさに気分が沈んでいく。
「……ルイズ、ごめんよ。僕が昼間頭ごなしに叱ったから」
「えっ、なんでアロイスが謝るの!? 私だってあのとき普通にゲームのことしか考えてなかったから、怒られるの当然だよ!?」
「なんだ、ルイズはアロイスに叱られたのか?」
「ちょっとだけ! でもその後はいい子にしてた!」
ルイズは気にしていない素振りをするけれど、アロイスとしてはその後、ちゃんとルイズにフォローしてなかったことが悔やまれる。
もしちゃんとフォローしていたら。
アロイスの表情が少しだけ暗くなったのに気がついて、ルイズが喉をくるくると鳴らした。セザールも落ち込んだ様子のアロイスの肩をぽんぽんと撫でる。
「アロイス、すまなかったな。少なくとも主人がいないところで人の竜に話しかけるのはマナー違反だった。隊長の俺がそれを守れてなかったな。訓練場、何周したら許してくれる?」
「……いや、いいです。隊長は僕の至らないところをフォローしてくれていたみたいなので。はぁ……ルイズ、まじでごめん」
「えぇ〜? だからなんでアロイスが落ち込むの??」
分かっていないのはルイズだけだ。セザールは肩を落としてしゃがみこんでしまったアロイスの代わりに、ルイズに教えてくれる。
「アロイスはルイズともっとおしゃべりしたかったのだろう。それを私が取ってしまったから、落ち込んでるんだ」
「そうなの?」
「隊長、でたらめ言わないでください!」
「でたらめではない。竜騎士は自分の竜に対して嫉妬深いものだ。卵の頃から面倒を見ているからな。肉親と同じくらい大切なパートナーだ。むしろ私とルイズが二人きりで喋っているのを見ながらもへらへら笑っているような人間であれば、一から竜とのコミュニケーションがいかに大切か叩き込み直さねばならんぞ」
大真面目に言うセザールに、アロイスがきまり悪くしゃがみながら視線を明後日の方向にやっていれば、ルイズの喉が『るるる』と鳴った。
途端、優しい風がアロイスの頭を撫でる。
思わず顔をあげると、ルイズが柵の向こうからアロイスを見ていて。
「アロイス、おしゃべりしよ? 盤上遊戯する約束でしょ?」
ルイズがにこにこと笑っている。
身体がアロイスより大きくなっても、竜らしい逞しさなんてものはルイズにはなくて、流麗で美しい曲線美のある竜へと成長した。
それのせいか、鋭い牙が並ぶ歯を見せるように笑っても怖いなんてことはまったくなくて。
むしろ、見慣れてしまっているアロイスにとっては、可愛いとすら思える愛嬌のある笑顔で。
なんだか胸の奥にあったもやもやが、一瞬にして晴れていく。
ルイズの笑顔の前では、アロイスの悩みなんて小さくて、すぐに消えてしまうから。
アロイスは一つ息をつくと、しょうがないなぁというように立ち上がる。アメジストの瞳に映るのはいつもの穏やかな優しい色で。
「もちろん。約束したからね」
「やったぁ!」
喜ぶルイズの方へと歩み寄り、柵の内側へと入る。
途中すれ違ったセザールを見れば、セザールは少しだけ寂しげな表情でルイズを見ていて。
「……そういえば隊長、食事は? 早く行かないと夕食なくなりますよ」
「あぁ、行くよ。それじゃあアロイス、また。ルイズもありがとう」
「うん、シザーによろしくね」
「ああ」
セザールはうなずくと、ルイズのいる竜舎を後にした。
アロイスはセザールが出ていったのを確認すると、ルイズに向き合う。
「隊長の用事ってなんだったんだい?」
「ん〜……シザーのことでちょっと。あ、シュヒギムあるから、アロイスにも秘密だって約束したの!」
「守秘義務? それなら無理には聞かないけど……」
セザールがなぜルイズと二人きりで密談をしていたのか、とんと見当もつかず、アロイスは渋面になるけれど、そんな雰囲気を吹き飛ばすようにルイズがついついとその尻尾でアロイスをつつく。
「はやく、はやく。ゲームしよ!」
「はいはい。待って、準備するから」
「今日こそ私が勝つんだから!」
鼻息荒くするルイズ。
そんな彼女に苦笑しながら、アロイスはセザールのことは今は一旦横においておくことに決めて、盤上に駒を並べた。




