大陸会議
ウルハラ大陸では四年に一度、各国の王が集まって大陸会議が開かれる。
次は二年後の開催予定が、デルタとラステマの関係悪化で臨時の大陸会議が開かれることとなった。
教皇庁の置かれたアマスで、二大大国を除いた十の小国から宰相クラスの重役が国の代表として次々と集まった。
現在、大陸の大部分を占める二大大国ラステマとデルタが戦争目前の緊張状態にあったため、周辺諸国は二国に対して不可侵平和条約の継続と、停戦を求める嘆願書を出すことに決まった。
「では全会一致で声明を出します。今後、我々小国が大国とどう渡り合っていくか。今回の件でデルタとラステマの関係は再び冷え込むと予想され、緩衝国が二国間にとって不可欠な存在なのだと明らかにしていくことが重要です。連携を更に強固なものにしていきましょう」
議長国の大臣が高らかに宣言をして大多数の賛同を得て拍手が起こった。
十年前の仮和睦宣言で待ったをかけた時のような、議場内は優越感と満足感で満たされていた。
「あぁ、話し合いは終わってしまいましたか」
若い男の通る声に、議場にいた全員が振り返った。
「間に合わず残念です」
「ウィ、ウィルロア王子!?」
秘密裏に執り行われた臨時の大陸会議。呼んだ覚えのないラステマ王国の第二王子ウィルロアの登場に一同慄いた。
「今日の臨時会議はラステマとデルタの衝突についての話し合いだと聞きました。当事者である我々が参加した方がより有意義になるのではと思ったのです」
「わ、我々……?」
ウィルロア王子の登場だけでも衝撃だというのに、その後ろからもう一人、あり得ない人物が会議の間に続けて入って来る。
「キ、キリク王子まで!?」
デルタ王国の王太子キリクの姿に議場は騒然とし、どよめいていた。
「何をそんなに焦っているのです?」
「我々がいて何か不都合でも?」
二人の問いに返せる者はなく、しんと静まり返った。予想だにしない展開に代表達は隣同士で顔を合わせていた。
「ふ、不都合だなんて、ありません。ただ驚きが大きく……」
「お二人はなぜこちらへ?」
「両国は紛争中なのでは?」
何故二人が一緒なのかという質問にキリクは幼い頃を思い出して呆れていた。思えば周辺諸国は昔から、キリクとウィルロアが一緒にいるのを邪魔しことあるごとに互いの悪口を吹き込んでいた。
「嘆願書は意味を成さないと伝えにきた」
「え?」
「嘆願書だ。意気揚々と我々の仲を取り持とうと宣言していたではないか」
「え、ええ」
狼狽える周辺諸国に先程までの自信に満ちた勢いはなかった。
「デルタとラステマは再び和睦を結ぶこととなったので嘆願書は必要ない」
「……は?」
「その手続きに教皇庁を訪ねたのだが、勝手に臨時の大陸会議を開いていると聞いてウィルロアと様子を見にきたのだ」
キリクの説明に周辺諸国の代表達は状況が飲み込めずポカンと口を開けていた。
ウィルロアが丁寧に説明をする。
「ご存知の通り、我が兄でラステマの王太子であるアズベルトが謀反を起こし、一度は和睦が不成立となりました。行き違いがあって軍事衝突の手前までいきましたが、互いの誤解を解くことが叶い再度和睦を結ぶ運びとなったのです」
「デルタ王国はラステマ王国の謝罪を受け入れた」
「!? な、何故ーー」
「何故? 無用な争いは避けるべきでしょう。あなた方はこの会議で我々の仲介役を買われるつもりだった。仕事が減って目的が達成されたのだから喜ぶところではないでしょうか?」
「そ、それはそうですが……」
代表達は目をそらして口ごもっていた。
「し、しかし教皇庁には聖約があります。一度白紙になった和睦を結びなおすには――」
「同じ王、同じ内容では許されない。だからここにいるキリクと私とで真の和睦を結び直そうとしているのです」
「!」
周辺諸国はウィルロアとキリクが新たな王となり、和睦を結ぶのだとようやく理解した。
「教皇庁からは既に許可をいただいた」
「これから国に戻って戴冠式と調印式に臨むつもりです」
代表達は動揺していたが、すぐに気持ちを立て直し拍手と共に立ち上がった。
「それはおめでとうございます!」
「戴冠式を楽しみにしております!」
祝いの言葉を連ねる者達に二人は呆れて笑う。
「それはあまりにも都合が良すぎるだろう」
「え?」
「戴冠式にあなた達が呼ばれるとでも思っているのですか?」
「え?」
ウィルロアが一歩前に出て、それまでの丁寧な態度を一変させて代表達を冷めた目で一瞥した。
「緩衝国? 不可欠な存在? 連携? はっ! 君たちの助けなど最初から必要なかったのだ。むしろ今助けを請うのはあなた方だというのが分からないのか?」
「そ、それはどういう……」
「そもそもこの百年も続く諍いが始まった理由は何だったのか。喧嘩のきっかけさえ忘れてしまうほど些細なものだったと言われている。それなのに一度も対話の機会さえなく百年もいがみ合っていた」
「私はそれがずっと疑問だった」
二人が歴史を紐解いていくと、戦争は二国間だけに原因があったわけではなく、大陸全土で領土争いが勃発し、周辺諸国も同様に殺し合っていた。長い戦争の中でラステマとデルタはそれぞれに領土を広げていき、教皇庁の発足により不可侵平和条約が結ばれて領土の線引きをして争いは終わった。
それなのに、ラステマとデルタだけはずっと諍いが絶えず続いた。
きっかけは平和条約締結後に、偶然得た一通の関税に関する書類だった。
この一枚の紙により、デルタがラステマに対し周辺諸国よりも多くの関税をかけていたのが分かった。
これにラステマは激怒した。
「不思議なのは、同じくデルタでもラステマが関税の不正を行っていると偶然に知ったことだ。それによりデルタもラステマを敵視するようになったのだが、果たしてそれは偶然だったのだろうか?」
代表者の一人が立ち上がって弁明する。
「当時関税の交渉は頻繁に行われ、流動的だったので偶然が引き起こされる可能性はあったと思います」
「その書類に信憑性がなかったとしたら?」
「!」
「我々は当時いくらの関税をかけていたのか互いの資料を照らし合わせてみた。すると、周辺諸国と大きな差など一つも見つからなかった」
「つまり争いのきっかけは作られたものだったのだよ……。君達の祖先によってね」
偶然得た情報はどちらも真実ではなかった。偽の書類に踊らされ、疑いが生じた二国間は周辺諸国の入れ知恵で国交を断絶した。
そして周辺諸国はあろうことか仲介役に名乗りを上げ、二国を掌で転がしていた。仲介が名ばかりで何の実も結ばず改善どころが悪化していったのがその証拠だ。
「百年前も十年前も今も。あなた達は互いにあることない事を我々に吹き込んで意図的に両国の関係悪化を維持させてきた!」
そしてウィルロアとキリクが出会い、王達が対話をしたら関係は一気に好転した。
「……わ、我々は何も」
「ラステマとデルタが国交を断絶すれば枯渇した資源を得るためにはどうしても他国を経由しなければならず、関税が何重にもかかってしまう。つまりあなた方は我々からたくさんの利益をむしり獲るため、和睦という不都合な締結を邪魔する必要があった」
周辺諸国と名も呼ばれないほど魅力も力もない国々。両国から関税をせしめて長い間いい思いをしたいたのだった。
十年前の仮和睦宣言では焦っただろう。
周辺諸国は慌てて和睦の締結に待ったをかけた。国民感情に寄り添うべきと言いながら、十年という長い猶予期間を得たことにより、彼らもまた和睦阻止の準備を進めてきたのだ。
「間諜を送り、重鎮を囲い、アズベルトを使ってクーデターを起こして両国の関係悪化を再び試みた。そして用なしとなったアズベルトを……殺した」
「ーーっ」
「我々を甘く見すぎでは? アズベルトの監獄はわざと警備の隙を付けるようにしていた。犯人を追ってみたら、見事あなた方に結び付いたよ」
「それだけではない。司法取引に応じてデルタの王弟が君たちとの接触を明らかにした」
「アズベルトは騙されながらも保険をかけてローデンの周辺を調べていた。ローデンとあなた方の結びつきを見つけた証拠がある」
言い逃れはできないと観念したのか、議場内は頭を抱える者、呆然とする者で静まり返っていた。
「さて、新国王となる我々は長年の恨みを晴らすべく、共闘してあなた方に報復の戦争を仕掛けようと思う」
「そ、そんな!」
「だが和睦の第一歩が戦の仲間として手を組むのでは悲しい話だ。そこで、あなた方には選択の機会を設けようと思う」
一通の書面。そこには周辺諸国に対して莫大な関税がかけられていた。
「こんな金額払えるわけがない!」
「これでは国が財政難で滅んでしまう!」
「払えないなら払いたくなるまで侵攻し続けるだけ。特にうちの軍師は戦場に出たくてうずうずしているのでね」
ウィルロアは冷徹に笑ってみせた。侵攻はなるべく避けたいが、国の体面を守るためにも報復は必要だ。またファーブルを黙らせるのにいい材料だった。
「さて、知名度も実力もない周辺諸国の皆々様、いや、和睦反対組織の黒幕の方々。自国に戻られたなら王によぉく御推考いただくよう伝えてください」
青ざめて項垂れる周辺諸国の代表達を置いて、ウィルロアとキリクは意気揚々と部屋を後にした。




