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やさぐれ王子と無表情な婚約者  作者: 千山芽佳
第二章

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王代理と使者

 

 会議の間では、そこかしこでいなくなったウィルロアに対して言いたい放題だった。


「あの程度で臍を曲げるとはまだまだお若い」

「あれでは先が思いやられる」

「責務を投げ出すのはいただけないな」

「世の中をまだ知らないから甘いことを恥ずかしげもなく言えるのでしょう」

「しかし素直に意見を聞く姿勢は評価できるのでは」

「我々が上手く手綱を引いて差し上げればいい」


 誰もが次期国王にはウィルロアがなると確信していたし、異論はなかった。その上で第二王子の評価を好き勝手にしていた。

 中には若く素直な第二王子ならば傀儡の王にできるかもしれないという邪な考えも見え隠れし、嘲笑交じりに陰口を叩く者達にレスターは不快な気持ちで大きな咳払いをした。


「どうやら今後は殿下に仕える臣下を選ぶ必要があるようだ」

「カ、カンタール殿」

「果たしてここにいる面々のどれだけが生き残れるのか……見ものだな」


 古くから王家に忠誠を誓うカンタール家の忠告に、会議の間は気まずさで静まり返った。


「わ、我々も少し休憩をしましょうか」


 そそくさと逃げるように部屋を出て行く。それに合わせ会議は一度休憩を挟むことになった。


「言い過ぎです」


 レスターは皆に倣って退出しようとするファーブルを呼び止め、彼にも苦言を呈した。

 ファーブルはしわがれた顔でにやりと笑い、「お前こそやり過ぎではないか」と応戦した。


「意図的に国を危険に晒した奴に言われたくないぞ」

「……」


 ファーブルはレスターがウィルロアを王位に就かせるため、アズベルトの失脚を望んで意図的に反対組織を泳がせていたことに気付いていた。


「私が気づかぬと思ったか?」

「思ってないですよ。ですがあなたもあなたの目的のために沈黙を選んだ。その時点で私に意見する資格はないですよ」


 彼が沈黙を選んだ理由はレスターとは違っていた。

 この戦争狂は平和な世に飽きて事が大きくなるまで静観していたのだ。

 その事実をファーブルは肩を竦めて認めた。


「あなたの殿下に対する礼を欠いた態度は目に余るものがあります。改めるべきです」

「お前の姿勢は忠臣ではなく執着だな。あの程度で落ち込む男でもあるまいし、過保護過ぎやしないか」

「私が気に食わないのです」


 ファーブルは二十も下の男に諭され、愉快そうに両手を挙げて「わかった」と受け入れた。

 こんな危機的状況下でもファーブルは、自分に向かって牙を剥く若人相手に実に楽し気だった。

 平和な世になり数十年。戦場こそが自分の生きる場所と思って来た男にとって、今の平和な世は退屈でしかなかった。

 昔からウィルロアを相手にするのは楽しかったとファーブルは過去に思いを馳せる。幼い王子相手によく揶揄ったものだ。そのおかげで随分と嫌われてしまったが。

 ウィルロアは従順そうに見えるが思慮深く、策士のような気概さえ感じる男だ。軍師の血が沸き、つい打ち負かしたくなってやり過ぎてしまう。


「これで大人しくなるとも思えんがな。今頃頭を働かせているのだろう」


 立ち向かってくる姿を期待して、年甲斐もなく心躍る自分がいた。

 そんな二人の元へ、レスターの行政官が来て彼に耳打ちをしていった。

 ファーブルには聞こえなかったが、ウィルロアのことだと容易に想像できた。


「殿下が陛下に面会をお求めになられたか?」


 レスターは聞こえない振りをして可否を答えなかった。

 ウィルロアはファーブルに対抗するため、王代理の承認を得ようとしているのだろう。

 戦争を阻止するために必要不可避で、今でき得る最大の策であるとレスターとファーブルも気づいていた。


「しかし決断が遅かった。この私がなんの対策も講じていないと思うか?」

「……」 


 王代理には議会の過半数の承認が必要となる。

 国王から承諾を得ただけでは意味がないのだ。

 国王の意向とレスターの後押しでウィルロアも勝機があると踏んだのだろうが、ファーブルが黙っているはずもなく、既に時間稼ぎの根回しは済ませているので承認は一筋縄ではいかないだろう。

 長引けば長引くほどファーブルに有利で、事態は主君の望まぬ方向へと進んでいく。

 そう、両軍が交戦し、引けないところまでいってから王代理になっても時すでに遅しなのだ。


「悪あがきだな。デルタが行軍した時点で衝突は避けられん。そう長い歴史が物語っている」

「……ええ」


 既に衝突が避けられないのなら、被害を最小限に抑えて勝利を主君に捧げるべきだというのがレスターの考えだった。


「これを機に優しすぎる性格と甘ったれた考えは棄ててもらおう。個人の感情よりも王族としての立場を優先してもらわねば、国を背負うものとしてあれでは心許ないぞ」


 再び礼を欠く発言に呆れたレスターだが、ファーブルの意見にはおおむね賛成だった。

 非情になれとまでは言わないが、王として時には切り捨てる覚悟と狡猾さを身に付けてほしいと思う。


「戦争の準備はお任せします。殿下の治世に負担が掛からないよう、早期決着でお願いします」

「はっはっ! 誰に言っている。心配せずとも勝利をラステマに持ち帰ろう」


 自信に満ちたファーブルの豪快な笑い声が廊下に木霊した。



       ***




 その日、ウィルロアが会議の間に戻ることは無かった。

 会議の間では代わってマイルズ侍従が全員に、『王代理の承認』と『使者の選定をウィルロアに一任する』要請がされた。

 明日以降の承認手続きを優位かつスムーズに進めるための根回しなのが窺えた。

 ウィルロアが国王から王代理の任命を願い出るのはここにいる全員がなんとなく気付いていた。両陛下も快くウィルロアを王代理に任命しただろう。

 しかし議員からはいい反応がなかった。

 マイルズが奔走しているのと同じに、ファーブルも水面下で動きを活発にしていたのだ。

 戦争賛成派は承認するにしても、ウィルロアが開戦を渋っているのなら時間を稼ぐ必要があった。

 対して使者の選定については、誰一人異論を唱える者はいなかった。

 ウィルロアの意に反して戦争に賛成し、王代理の承認を渋る手前、後ろめたさもあって全員が二つ返事で了承した。 

 戦時中の使者に命の保証はない。敵国の出方次第では首をはねられ、生きて戻れない可能性もある。

 両軍が進軍している中、わざわざ危険な任務に就こうと思う者はいない。おそらく使者はウィルロアが懇意にしている、近衛騎士か行政官から適当に選ばれるだろうと思われた。

 その予想が次の日には外れることになるとは誰も思わなかった。



 陛下との面会を済ませたウィルロアは、急いで必要な書類を揃え、私室でアダムス=シュレーゼンと対峙していた。


「えええええ!?」


 突如呼び戻されたアダムスは、目の前に用意された重要書類に目を剥き、驚愕の声を上げた。


「デルタへの使者? 王代理?」


 そこに書かれた名前と、ウィルロアを交互に確認した。

 何度見ても一方の書類には自分の名前が刻まれているではないか。


「じょ、冗談ですよね?」


 恐る恐るウィルロアに訊ねた。どう考えても冗談である。いや冗談であって欲しいと願う。


「冗談じゃない」

「いやいやいや」

「君にしか頼めない」

「いやいやいや、あり得ないです」

「君ならあり得る」


 真剣な表情のウィルロアに、本気なのだと知るや一気に全身から血の気が引いた。


「ぼ、僕が……」


 筆頭公爵家の跡取りで王族の血が流れているから? 

 身の丈以上の重責に、アダムスの手ががくがくと震えた。


「む、無理です、出来ません、嫌です」

「無理じゃない、出来る、嫌じゃない」

「嫌なのは僕の感情です!」


 これは大変なことになった。ウィルロアは一歩も引く気が無い。このままでは押し切られてしまう。

 アダムスは気持ちを落ち着かせるため深呼吸をした。が、うまく空気が吸えなかった。

 全然冷静になれないし震えは収まらない。


「僕はただの財務大臣ですよ?」


 そしてウィルロアの無謀な計画にも腹が立った。


「こんなの正気の沙汰じゃない。到底受け入れられません!」


 頭を抱えて叫ぶアダムスに、ウィルロアは「うん」と素っ気なく返事をした。


「え……?」


 諦めて、くれたのか? と思ったら全然違った。

 突如背後から屈強な護衛に両腕をがっしりと掴まれた。


「え?」


 振り返るとウィルロアの護衛がアダムスを押さえつけていた。


「ア、ダ、ム、ス、シュレーゼン、と」

「え?」


 前を向くといつの間にか目の前に書類が広げられ、さらさらとサインをさせられていた。


「ぎゃあああああああ! 何してくれてるんですかああああ!!」


 ウィルロアは書類を大事にしまいながらアダムスの肩を叩いて宥めた。


「きちんと説明するから、落ち着いて。先にサインだけ貰っておきたかったの」

「説明が先でしょうがぁ! 先にサインだけって公文書偽造ですよこれえ!」


 悲運な男の叫びはそれから数時間続いたが、防音設備に阻まれて誰にも聞こえはしなかった。



    ***




 次の日もウィルロアは不在だった。

 代わってマイルズ侍従と共に入出したのは、筆頭公爵家の跡取りで現財務大臣であるアダムス=シュレーゼン。

 アダムスの姿に皆が注目し、騒然とした。それもそのはず。彼の手には王家の紋章入りの書類が携えられていたのだ。


「小公爵を使者に任命したのか!?」


 ウィルロアが用意した人選に度肝を抜かれてどよめきが起こる。

 アダムス=シュレーゼンは筆頭公爵家の跡取りだ。これでもしものことがあっては貴族の反感を買ってしまう。


「人選を誤ったのではないか」

「今からでも殿下を説得したほうがいいのでは?」


 そこかしこから戸惑いと焦りの声が上がった。


「全員、使者の選定は殿下に一任したではないか」


 ファーブルがひと声で皆を黙らせた。

 そして長い顎髭を伸ばしながらその采配に満足する。中々いい人選だと思ったからだ。

 アダムスは財務大臣として関税の話し合いにキリク王子とテーブルを共にしたこともある。更に彼自身が先代国王の王弟の孫であり、王族の血が流れた公爵家の人間。デルタも無下には出来ないだろう。

 アダムスを使者として送るのは第二王子がまだ和平を諦めていないという意志の表れで、ファーブルに徹底抗戦する構えだ。

 思った通りの反応に満足し、開戦までの退屈しのぎにはなるだろうかと密かに喜んだ。


 アダムスは一礼し、「えー陛下御不在のため、私から説明させていただきます……」と、悲壮感たっぷりに告げた。

 その姿に誰もが同情の顔を浮かべた。


「本来であれば一介の財務大臣である私が負うには重すぎる責ではありますが、国王陛下からの強い要望を受け、越権ながら拝命いたしました。任命書類はこちらに揃っておりますので、皆様には承認をお願いしたく存じます」


 前置きをつらつらと並べた後、アダムスは紋章の書類を掲げて一際通る声で言った。


「国王陛下より、私アダムス=シュレーゼンが〝王代理〟を拝命いたしましたことを報告いたします」


 アダムスの宣言を聞いて、誰一人としてすぐには反応出来なかった。

 会議の間には人の多さに比例しない静寂が流れ、周辺の音を全て持ち去られたように実に静かだった。

 一瞬、誰も何が起こったのか理解できなかった。

 徐々に正気を取り戻すと、議場には衝撃が駆け抜けた。

 アダムス=シュレーゼンが王代理となる。

 驚きで呆然とする者、勢いよく立ち上がる者、驚愕の声を上げる者と反応は様々だが、皆一様に面食らった顔をしていた。

 アダムスはそんな議員たちの姿を見て、昨日の自分もこんな顔をしていたのかと冷静に考えていた。


「私の聞き間違いでなければ」


 しわがれた声に静まり返る。アダムスもファーブルへ体を向けた。


「王代理に君が任命されたと言ったか?」

「……はい」

「我々はてっきりウィルロア殿下が王代理になると思っていた。殿下を差し置いて何故君が――」


 話の途中でファーブルは言葉を切り、そのまま黙ってしまう。


「ファーブル殿?」

「如何なさいました?」


 周りが心配する中で、ファーブルはようやく己の失態に気付いた。

 気付いた瞬間、自分が負けたのだと悟った。

 同時にレスターも気づいて大声で叫んだ。


「殿下はどこにいる!」


 椅子を倒して立ち上がると、勢いのままアダムスに詰め寄った。

 レスターの荒々しい姿に、会議の間にいた全員がウィルロアの身に何かが起こったのだとようやく理解した。


「殿下は既にラステマを出立なさいました」


 この場にいる誰一人としてウィルロアの行動を予想していなかっただろう。


「〝使者〟としてデルタへ赴かれました。あの方は、本気で戦争を止める気です」


 衝撃の事実に再び会議の間は静まり返った。

 アダムスにも彼らの動揺は理解できた。本人相手に正気の沙汰じゃないと暴言を吐いたほどだ。

 昨日、ファーブル達に言いくるめられたウィルロアは、すぐに国王に謁見し、王代理にアダムスを指名して自身は使者としてデルタへ向かった。

 その行動力には驚かされる。使者としてデルタへ向かう事に一切の迷いがなかったのだから。


「まさか王代理をアダムスに任せ、自らが使者となってデルタへ行くとは……、中々に愉快」


 騒然とする会議の間でファーブルだけが異質で満足気に笑っていた。


「今すぐ国軍を撤退させろ!」


 レスターは机を叩き大声で指示を出した。


「殿下がおられるのだ! デルタを戦場にしてはならん! 殿下救出の策を練り兵を送れ! この件にはかん口令を敷く! 絶対外部に漏らすな! デルタより先に殿下を見つけねばならん!」


 レスターは取り乱しながらも指示を出し、動き出す要人達に倣ってファーブルも重い腰を上げた。

 アダムスは、とりあえず第一段階は突破したと胸を撫で下ろした。

 実はアダムスの王代理は議会に承認されようがされまいがあまり関係がなかった。

 デルタにウィルロアが向かった時点で、ファーブルは軍を退くしかないのだから。

 ウィルロアがデルタへ行く事でラステマは不用意に攻撃ができなくなった。まさにそれが主君の狙いなのだが、軍を止めるため自らを人質に使う王族など聞いたことがない。

 国王が瀕死で王太子の廃嫡が決まり、第二王子である己の価値が上がったからこそ活路を見出したのだろう。ラステマにとっては替えのきかない王族になった。それでも正気の沙汰ではない。もしデルタが対話に応じず、ウィルロアを人質に取ったならラステマは敗北してしまうのだから。

 しかしウィルロアはそれすらも想定して、アダムスに祖国の足枷になった場合は自ら命を絶つ約束までしていった。


『ラステマは止まってもデルタが攻めてきたらどうするんです!』

『デルタは攻めてこない。そもそも戦争をする気が無いんだ。これはカモフラージュだ』

『?』

『それでも万が一があるからね。もし私が人質に捕らえられたら、その場で自害する。祖国に迷惑はかけない』

『何を馬鹿な事を!』

『万が一の話だ。大丈夫。勝機はある』

『それでも臣下としてあなたを危険に晒せません。もし両軍が足を止めなかったら――』

『だから君が必要なんだ』


 ウィルロアは自信があると言いながら自身に何かあった時は覚悟をしているし、アダムスを王位に就かせる保険をかけるのも忘れなかった。

 呆れを通り越して怒りさえ覚える。

 あの人は今回も十年前も、和睦のために自らが人質となって敵国へ赴いた。

 私達の心配はお構いなしで、簡単に自分を犠牲にしようとする。

 ウィルロアの意志は固く、あの様子ではアダムスが協力を断っても強行しただろう。それならば、せめてラステマ国内の心配はしなくて済むようにと、最後は受け入れた。

 なにより危険だ、馬鹿げていると思いながら、ウィルロアの話を聞いて解決の糸口を掴めるのではないかと期待してしまった時点でアダムスの負けだった。


「お爺様の言う通り、温和じゃなくて厄介な主でした……」


 柄にもない大役を引き受けてしまったが、それでもできる限りの協力はしようと決意を固めた。


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