カンタールの忠誠
マイルズが情報を集めながら外で待機していると、ウィルロアが部屋から姿を現し、同時に実父である宰相レスターも続いた。
マイルズは軽く会釈し二人の後に続く。
「宰相。今後の方針を話し合う必要がある。大臣や関係者を会議の間へ招集してくれ」
「畏まりました」
「同時に国内外の安定を図る。この騒動で国民に動揺が広がるだろう。宰相は動向を注視し常に報告を怠らないように」
「はい」
「〝レスター〟」
「はい?」
「いつから裏切っていた?」
マイルズは驚いて顔を上げる。
今後の指示を出す口調のまま、殿下は父に何と訊ねたのか。
「思い通りになり満足か?」
「……」
緊迫する二人の後ろで息を呑む。三人の廊下を闊歩する音だけが響いていた。
「……私は何もしておりません」
父はたっぷりと間を空け、モノクルを上げながら疑いを否定した。
「そうだな。お前は何もしていない。何もな」
対して殿下はその返答も予想していたかのように間髪入れず答えた。
「お前程の実力があったなら、もっと前から反対組織の存在を把握していたはずだ。それなのに一切動こうとしなかったな。アダムスの報告にも耳を貸さず、王城内で広まる王位争いにも目を瞑り、アズベルトの周囲に潜む間諜にも手を打たなかった。その結果どうなった? 兄は唆されて国王は大怪我を負い、国は危機に瀕している!」
そこにはいつもの、心優しい穏やかなウィルロア王子の姿はなかった。怒りと同時に傷つき、失望しているのがこちらにまで伝わってくる。
「そして何よりも……私とカトリの結婚を邪魔した!」
結婚の箇所を一際大きな声で叫んだ。
「……」
マイルズには心当たりがあった。
二年前、父からアズベルト王太子の侍従に就くよう言われた。寄ってくる人物や不審な者はいないか、動向を探り報告するよう命じられた。
それがある日突然解任され、今度はウィルロア王子の侍従に就くよう言われた。
あの時、王太子の件はもういいのか、何か憂慮すべき事があったから自分を側に置いたのではないかと父に確認した。
その時父は、『アズベルト様はそのまま踊らせておけ』と言った。
「――っ」
マイルズの全身に緊張が走った。
もしかしたら殿下は、私にも同じ疑惑を抱いているのかもしれない。
ラステマ王国の忠臣と言われる、カンタール家の裏切りではないかと。
マイルズはぐっと叫び出しそうな気持を抑えこんだ。
確かにマイルズは父の命令で動いていた。しかしその目的は一切聞かされていなかった。
いいや、違う。
父が何か危険な事を考え、計画しているのに薄々気づいていた。殿下を支えるために父とは決別したものの、心のどこかで信じ庇っていた部分があった。だから間諜を探っていた時も、父の事を殿下に報告しなかった。
『いつから裏切っていた?』
それは紛れもない、自分にも問いかけた言葉だった。
「証拠はございません」
「ああ。何一つ証拠はないし表沙汰にしたところで言い逃れはいくらでもできる。ただの宰相の怠慢に過ぎないからな。そして何より悔しいのが、お前から宰相の職を奪えば国が更に混乱するという事実だ」
今のこの危機的状況下で、宰相を失うには大きな痛手となるだろう。
ウィルロアは前を見据えたまま足を止めた。その拳は悔しさで強く握られていた。
「だが覚えておけ。私はもう二度と、お前に心を許す事は無い、と」
個人の感情を抑えて国を導く者としての決断を下した。
「このような結果をもたらした責はこの騒動が落ち着いたならもとより取るつもりでした。殿下のお心に反した行動だということも、はじめから重々承知しております。ですが、私はあなた様に申し上げたはずです」
マイルズは二人の間にある空気に首を傾げる。
「あの日から私の気持ちは何一つ変わっていない。全ては覚悟の上でした」
「――っ」
ウィルロアは顔を歪め、堪え切れずに顔を背けた。そのまま足早に駆け出した。
マイルズも父をその場に残し、慌てて主を追いかける。
追い抜きざま、父の顔を横目で見たがモノクルに反射して何の感情も読み取れなかった。
「殿下!」
呼び止めに殿下は足を緩め反応を示した。
「お話があります。私は二年前父の指示で――」
「マイルズ」
「は、はい」
話を遮られ慌てて返事をする。
「君は二年前に間諜がラステマに忍び込んでいるのを知っていたか?」
「! いえ。父には王太子の周囲に起こった事と、寄ってくる人物を全て報告せよと命じられていただけです」
息を整えながら言葉を選び慎重に答える。殿下は背を向けたままこちらを見ようともしなかった。
「私の侍従に就いてから、私に後ろめたいことをしたか?」
「……はい。父の異変に気付きながら報告を怠りました」
正直かつ簡潔に答えるマイルズは、目を閉じ主の決断を待った。
もう、殿下は自分を信じてはくださらないかもしれない。お側で、支えることも出来なくなるかもしれない。
それでも私は――。 あなたのためならどんな形でも力になるつもりです。
父は問いかけた。
『イル、お前は何に忠誠を誓う?』
私は、私の唯一の主であるウィルロア殿下に忠誠を誓います。
はっきりと、あの時答えられなかった返事を心の中で告げた。
審判を下される罪人の気持ちで目を閉じた。
「私も同じだ」
「……?」
「レスターが怪しいと感じながら、見て見ぬ振りをした。あいつを信じていたから」
その言葉を聞いて言わずにはいられなかった。
「父は、和睦に反対していたわけではありません! ましてや国を陥れるなど、そんな大それた考えも持っておりません。きっと他に考えがあって、最善を選んだのだと……。いや、ただ、こんな大事になるとは思っていなかったと思うのです」
決別したと言った側から庇ってしまうとは、自分でもあり得ないが、どうしても殿下には伝えたかった。
あの人は、カンタール家の人間としていつだって国の最善を考えていたはずだと。
「分かっている。襲撃の時レスターは国王を庇った。レスターが考える以上に兄上が馬鹿だったのだ。そして、レスターの想いを知りながら目を逸らし続けた、私の落ち度でもあるんだ。レスターだけを責められないのは分かっている」
「殿下……」
「マイルズ。最後の質問をする」
「は、はい」
「これからも支えてくれるか?」
「!」
「強制はしない。だが私には、マイルズ=カンタール。君が必要なんだ」
そう言って主は歩き出す。
「勿論ですっーー」
先程と同じ質問に同じ返答。だがその重みは大きく違っていた。
マイルズは涙を堪え、今度こそ真の侍従として前に進む殿下の後に続いたのであった。




