復活王子
マイルズ=カンタールは、いつもの時間にいつも通りの準備を済ませ、いつもの廊下を歩いていた。
朝の準備を済ませたメイド達と入れ替わるように、いつも通り扉に手をかけ主に挨拶をしようとした。
しかしマイルズの手は一拍止まり、ノックを躊躇った。
いつも通りの朝ではあるが、昨日は少し違っていた。
マイルズは主であるウィルロア王子とその婚約者カトリ王女のために、お節介を働かせて二人が話をできるよう、恐れ多くもキリク王子に協力を仰いだ。
王子は二つ返事で請け合い、二人が会う機会を設けてくださった。
マイルズは仕事があったのでお側にいられなかったが、仕事から戻ると主は不在で、サックスを連れだって王女の元へ訪ねて行ったと聞き安堵した。
これで一安心、と思ったのも束の間。
ウィルロア王子がものすごい勢いで部屋に戻り、鍵をかけて閉じこもってしまった。
一体何があったのか。
遅れて到着したサックスに事情を聞くが、彼もさっぱりわからないという。
結局カトリ王女は不在で会えなかったというし、主に声をかけても「一人になりたい」と思春期の少年の様なことを言われる始末。
皆で心配しながら成す術なく夜を明かした。
朝になり、マイルズは重い気分をはらうよう、一呼吸して扉をノックした。
「おはようマイルズ!」
「! おはよう、ございます」
陽光に照らされ、きらきらと輝くウィルロア王子は、腰に手を当てて満面の笑みで窓辺に立っていた。
「今朝は天気も良くて暖かいなぁ。皆気持ちよく目覚められたのではないか? こんなに気持ちのいい朝はラステマに戻って初めてだよ! あはは!」
「それは何よりでございます……?」
思っていた反応と違い、マイルズは出鼻を挫かれた。しかし主が元気になったのならばよかったと切り替える。
見ると鼻歌まで口ずさんでいるし、心配は無駄に終わったようだ。
「それで今日の予定は何だったかな?」
「あ、はい。いつものように午前中は書類に目を通していただき、午後は三時にセーロン議長との会談が入っております」
「うんうん!」
「それを終えたならば本日の政務は終了となります」
「そうか! 午前中に政務を終えたなら昼食後は三時まで空くよね」
「はい」
「それではカトリ王女の予定を聞いてきてくれないか? 支障がなければ共に庭園を散策しないか誘ってみてくれ」
「え?」
「こんなに天気が良くて暖かいのに城に籠っているのは勿体ないじゃないか! 昨日は王女に会えなかったし、最近はあちらからの誘いも断るばかりだったので今日は私から誘おうと思うんだ!」
「それは、何よりでございます……」
「うんうん! 君の仕事を増やしてしまうけど、今日は早くあがっても構わないから一日元気に頑張ろう!」
「は、はぁ」
主が元気を取り戻したのならば何より……のはずだが、若干元気過ぎやしないだろうか?
マイルズが鬱々としたものを抱きながら部屋を後にすると、後ろで鍵がかかるのを確認して振り返った。
「「「……」」」
同じように微妙な表情を浮かべたロイとサックスと目が合う。
一体殿下に何が起こっているというのか。
「昨日寒くて、今日暖かいから?」とロイが呟く。
確かに。主は極度の寒がりだし、機嫌がすこぶる良いのは暖かい気候のおかげ……、そういう事にしておこうと三人は黙って頷いた。
***
臣下の心配を余所に、ウィルロアは絶好調で本日の政務をこなしていた。
愛用の筆がいつもより軽く感じる。書類の上ではインクがリズミカルに踊っていた。
昨日ウィルロアは、カトリの日記を(盗み)見て、キリクの言った通りこれまでの憂いがきれいさっぱり消え去り、心は快晴となった。
日記を読んだ直後は動揺して取り乱したが、落ち着いて考えてみればカトリが自分に好意を持ってくれていたのが分かり、実に気分は良く晴れ晴れとしていた。
「ふ、ふふふ」
おっと、つい笑みが零れてしまう。
それほどにウィルロアは朝から浮かれていた。
そうなると今度は、アズベルトとは早々にケリを付けなければならないと考えた。
カトリの本音を知った今、アズベルトをこのままにしておくわけにもいくまい。
カトリの気持ちが自分に向いていると知ってしまえばお邪魔虫の片想い野郎には恋心をどうにか消してもらわねば。
それから――。
「……」
ウィルロアはそれまで軽快に動いていた筆を止め、立ち上がって気分転換に窓の外を眺めた。
先程の緩んだ顔が一変し、その表情は険しくなっていた。
ウィルロアには早々に手を付けなければならない案件がもう一つあった。
ラステマに潜り込んだ反対組織の特定だ。
昨日のキリクの忠告を思い出す。
幸福な気分が瞬時に吹き飛ぶほど憂鬱になりそうだったが、無視をするわけにもいかなかった。
ウィルロアは三人を呼んだ。
護衛のロイとサックスには近衛騎士と軍の名簿と和睦式典の警備が書かれた書類を用意してもらい、マイルズにはここ数年の国内及び城内で起こった出来事を調べるよう命じた。
どちらにも理由は詳しくは語らなかった。ここ数年のラステマの動向を知ることで、政務や会談を行う上で役立てたいと伝えた。
式典で警護に帯同する近衛騎士や、警備を管理している軍には、反対組織が入り込む可能性は高い。もし自分が式典を阻止するなら情報を得るためにも近衛騎士団か軍に間諜を送り込むだろう。
表立って調べると敵が警戒してしまうので、一先ずは一人で探ってみることにした。
近衛騎士団所属のロイとサックスや侯爵家のマイルズなら、怪しまれず動けるだろう。彼らの無害な人柄は把握しているつもりだ。
ただしマイルズは、父親であるレスターの怪しい動きもあり、注意するに越したことはないと思って詳細を伏せたのもある。
ラステマの歴史の中でも長きに渡り王家に忠誠を尽くしたカンタール家。
しかしレスター言動には引っ掛かかるものがあり、キリクが言うように中枢にまで反対派が根を張っているならば、ラステマの要人に裏切り者がいる可能性がある。
国の要人が組織の人間か、要人を丸め込んで操るか、どちらも宰相という立場なら格好の餌食だろう。マイルズには悪いが、裏切り者から除外するわけにはいかなかった。
二年前にデルタで反対組織が暗躍し始めた。
同時期にラステマにもスパイを送り込んでいたというなら、何か記録に残っているかもしれない。活発な動きがあれば犯人特定もしやすい。
『奴らは必ず式典を阻止しに来るぞ』
「ふざけんな。誰が邪魔されるかよ」
拳を握り、本気の怒りモードで決意を固めると、暫し政務とカトリの件とは離れ今後自分が取るべき行動を熟考した。




