第84話 落下する天界と、未定義の瓦礫
葛城総理が消滅し、空に巨大な亀裂が走った直後。 《電脳天守閣・アヴァロン》は、かつてない激震に見舞われた。
ズズズズズ……ドォォォォン!!
天井が崩落する。 だが、落ちてきたのは城の建材ではない。 ひび割れたアスファルト、錆びついたガードレール、そして「道路標識」だった。
おい、なんだ了こりゃあ!? イグニスが叫びながら、落下してきた巨大な鉄塊を避ける。 それは、半分に折れた現実世界の「歩道橋」だった。
空から……見たこともない建造物が降ってくる! アーサーが剣で瓦礫を弾くが、その硬度に顔をしかめる。 硬い……! 石でも鉄でもない、未知の素材です!
コンクリートよ。 私は呻くように言った。 現実世界の残骸。総理が言っていた「融合」が始まったのよ。
警告。警告。 無機質なシステム音声が、崩壊する城内に響き渡る。
『管理者権限の喪失を確認。 システム制御不能。 本サーバーは、これより【緊急着陸】モードへ移行します。』
着陸だって!? ランスロットが叫ぶ。 この城ごと、地下へ墜落する気ですか!?
『推定落下地点……地下帝国・第1居住区。 衝突まで、あと15分。』
なんですって!? 私は血の気が引くのを感じた。 この巨大な空中の城が、そのまま地下の街に落ちたら……。 地下帝国は壊滅する。サキョウさんやミナ&マナ、住民たち全員が押し潰されてしまう!
ふざけんな! 親方が守った街だぞ! イグニスが吠える。 止めろ、社長! あんたのその右腕で、なんとかならねぇのか!?
私は焦って右腕を掲げようとした。 だが、肘から先が炭のように黒く変色した右腕は、ピクリとも動かない。 感覚がない。完全に焼き切れてしまっている。
くっ……動かない! さっきの攻撃で、私の権限も使い果たしたみたい……!
万事休すか。 城はきしみを上げながら、ゆっくりと、しかし確実に降下を始めている。 窓の外を見ると、雲海を抜け、眼下に暗い地下帝国の岩盤が迫ってきていた。
諦めるな! ガラハッドが立ち上がる。 彼はボロボロの体で、私を背負った。
え?
走りますよ、コーデリア様! 制御室で止めるのが無理なら、動力炉を直接叩いて、落下の軌道を逸らすしかありません!
動力炉……そうか! 私はハッとした。 この城の推進機関を破壊すれば、墜落地点をずらせるかもしれない。 街への直撃さえ避ければ、被害は最小限に抑えられる!
動力炉は最下層だ! 急げ!
私たちは崩れ落ちる「社長室」を飛び出した。 廊下は地獄絵図だった。 壁からは火花が散り、天井からは現実世界の瓦礫が雨のように降り注ぐ。
邪魔だぁぁッ! イグニスが先頭を走り、道を塞ぐ「自動販売機の残骸」を蹴り飛ばす。
右から来ます! ランスロットが叫ぶ。 壁を突き破って現れたのは、暴走したセキュリティ・ゴーレムたちだ。 彼らもまた、バグに侵食され、形が歪んでいる。
『排除……ハイジョ……』
相手にしてる時間はない! アーサー、ランスロット! 道を開けて!
承知! 二人の騎士が交差する。 【社畜剣技・退勤ダッシュ】! 高速の連撃がゴーレムの足を破壊し、転倒させる。 私たちはその隙を突いて駆け抜ける。
階段がない! 崩落しています! ガラハッドが叫ぶ。 下層へ続く螺旋階段は、上から落ちてきた「高層ビルの残骸」によって完全に寸断されていた。
くそっ、どうする!?
飛び降りるわよ! 私は叫んだ。
はぁ!? 正気か!?
吹き抜けの真ん中を降りるしかない! イグニス、爆風でクッションを作って! ガラハッド、着地の衝撃を防御スキルで殺して! 私たちが生き残るには、それしかない!
……へッ、了解だ! イグニスがニヤリと笑う。 現場監督の無茶振りには慣れっこだぜ!
行くぞ! 3、2、1……!
私たちは、瓦礫と火花が舞い散る吹き抜けの奈落へと、身を投げた。 目指すは最下層の動力炉。 タイムリミットまで、あと10分。




