第83話 勇者のIDと、砕かれた管理者権限
視界を埋め尽くす白光。 葛城総理が放った【System All Reset】の波が、私たちを飲み込もうとしていた。 触れれば終わり。存在そのものが初期化される絶対の絶望。
だが、今の私には恐れはなかった。 右手に握られた聖剣エクスカリバーが、ドクンドクンと脈打ち、私のバグった右腕と回路を繋げている。
『……ビビるなよ、コーデリア。俺のIDを使えば、あいつのバリアを貫通できる』
ハルトの声が脳内に響く。
分かってる。……でも、道がないわ。 あの光の波をどうやって突破するの?
『道なら、あるだろ? お前の頼もしい部下たちが』
私が顔を上げると同時に、騎士たちが動いた。
総員、突撃ィィッ!! アーサーが叫ぶ。
彼らは避けるのではなく、自ら光の波へと飛び込んでいった。
ランスロット、左右の拡散レーザーを叩き落せ! 了解です! 【超高速・残業対応】!
ランスロットが光の速度で駆け巡る。 彼の双剣が、迫り来る「消去の光」を、その切っ先で弾き飛ばしていく。 物理的に弾いているのではない。 彼自身のデータ量を一時的に暴走させ、処理落ちを誘発して攻撃判定をズラしているのだ。
ガラハッド、正面の極太レーザーは任せた! 承知! この命に代えても!
ガラハッドが盾を捨てる――いや、彼自身が光の矢となって突っ込む。 【聖騎士特攻・自己犠牲】! 彼が光の奔流と正面衝突し、その身を削りながらも、光を左右に割いた。
今だ、社長! 走れェェッ!!
イグニスが私の背後に回り込み、爆炎を噴き上げる。 彼は私を攻撃したのではない。 爆風を推進力にして、私を砲弾のように射出したのだ。
いっけぇぇぇぇッ!!
私は音速を超えて加速した。 ガラハッドがこじ開け、ランスロットが均した「光の道」。 その中心を突き進む。
無駄なあがきを。 葛城が冷ややかに見下ろす。 彼は指一本動かさず、目の前に幾重ものウィンドウを展開した。
【Access Denied】 【Error: 403 Forbidden】 【System Error】
拒絶の言葉が並ぶ、絶対防御の壁。 いかなる物理攻撃も魔法も、この壁の前では無効化される。
止まれ。君の権限では、ここまでだ。
いいえ、止まらない! 私は聖剣を構えた。 右腕のノイズが最大出力で輝き、聖剣の黄金の光と混ざり合って「黒い稲妻」となる。
ハルト! ロック解除!
『おうよ! ……勇者権限、限定解除ッ!』
聖剣が唸る。 かつて世界を救うために用意された、最強の特権ID。
【System Alert: Hero ID Detected】 【Priority: Top Secret】
葛城の展開したウィンドウに、警告の赤文字が走る。
なっ……!? そのIDは……勇者ハルトか!? 死んだはずのデータが、なぜ……!
死んでないわ! みんなの想いも、過去の英雄も……データなんかじゃない! ここに生きてるのよッ!!
私は絶叫し、渾身の突きを放った。
貫けェェェッ!!
バギィィィィィン!!
ガラスが割れるような甲高い音が、アヴァロン中に響き渡った。 アクセス拒否のウィンドウが、次々と粉砕されていく。 403エラーも、システムエラーも、全てを紙切れのように引き裂いて。
私の刃が、葛城の懐へと届く。
バカな……。管理者が……ユーザーごときに……!
これが、現場の意地よぉぉぉッ!!
ズドォッ!!
聖剣とバグの右腕が、葛城の胸――心臓部にある「青いコア」を深々と貫いた。
ガ、ハッ……!?
葛城の動きが止まる。 時間が凍りついたかのような静寂。 やがて、彼の胸の傷口から、血ではなく膨大な量の「青いコード」が噴き出した。
ぐ、ぁ……あぁ……。
葛城が膝から崩れ落ちる。 背後の機械龍が断末魔を上げ、バラバラのパーツとなって崩壊していく。
はぁ……はぁ……。
私は剣を引き抜き、着地した。 右腕の感覚はもうない。肩まで炭のように黒く変色し、動かすこともできない。 でも、勝った。 私たちは、神を殺したのだ。
……見事だ。
倒れた葛城が、仰向けのまま呟いた。 その表情に、怒りや悔しさはなかった。 むしろ、憑き物が落ちたような、穏やかな笑みを浮かべていた。
総理……?
まさか、本当に私のセキュリティを突破するとはね。 ……これで、証明された。
証明?
葛城は震える手で、空を指差した。
この世界は……システムは、絶対ではない。 外部からの変革を受け入れる余地があるということだ。
どういうことよ。 私は彼に歩み寄る。
君たちなら……耐えられるかもしれない。 これから始まる、「真の融合」に。
融合?
葛城の身体が、足元から光の粒子となって消え始める。 彼は最期に、私を見て言った。
コーデリア君。 私は管理者だったが……同時に「牢獄の看守」でもあったのだよ。 私が消えれば、この箱舟の「蓋」が開く。 ……空を見てごらん。
私が空を見上げた瞬間。 ズズズズズ……! 地響きと共に、アヴァロンの天井――いいえ、この世界の「空」そのものに、巨大な亀裂が走った。
バリバリバリバリッ!!
空が割れた。 そして、その割れ目の向こうから、どす黒い「何か」が雪崩れ込んできた。 それは、かつて裂け目から見えた「現実世界の廃墟」の光景。 倒壊したビル、汚染された大気、錆びついた鉄骨。 それらが実体を持って、このファンタジー世界へと落下してきたのだ。
な、何これ!? 現実が……降ってくる!?
そうだ。 デジタルとリアルの境界が消滅する。 ……生き延びたまえ、コーデリア。 君たちの新しい世界(会社)は……ここからが本当の地獄だ。
そう言い残し、葛城総理は完全に消滅した。 後に残されたのは、崩壊する空と、降り注ぐ現実の瓦礫。 そして、呆然と立ち尽くす私たちだけだった。




