第79話 忘れられた騎士と、逆転のコマンドライン
ガラハッドの覚醒を皮切りに、戦況は一変した。 ゴミ箱の底で、光り輝く騎士たちが舞う。
【社畜剣技・有給消化】! アーサーの剣が閃くたび、襲い来るバグモンスターたちが浄化され、綺麗なデータへと還っていく。 以前なら触れるだけで侵食されていたバグを、彼の意思が弾き返しているのだ。
遅いですね。僕のタスク処理速度には追いつけませんよ。 ランスロットが高速で戦場を駆け巡り、敵の群れを撹乱する。 彼の双剣は、もはや鉄の塊ではなく、青白い光の刃となっていた。
すごい……。これが、NPCの進化。 私は呆然とその光景を見つめていた。 彼らはシステムの枠組みを超え、自らの意思で強くなっている。
オラオラァ! 片っ端から燃やすぞ! イグニスも負けじと鉄パイプを振り回す。 彼の炎は、廃棄場の淀んだ空気を焼き払い、道を切り開いていく。
数分後。 千体以上いた没データの群れは、すべて沈黙した。 荒い息を吐きながらも、全員の瞳には力が漲っている。
やりましたね。 ガラハッドが盾を下ろす。
ええ。でも、問題はどうやってここから出るかよ。 私は上を見上げた。 遥か彼方に天井が見えるが、壁はツルツルで登れそうにない。 ここは一度落ちたら二度と這い上がれない、データの墓場だ。
その時だった。 おい、ボス。あそこに何か埋まってるぞ。 ネット大臣から預かった解析ゴーグルをつけたアーサーが、瓦礫の山を指差した。
ゴミの山の中に、微かに点滅する緑色の光があった。 近づいて掘り起こしてみると、それは壊れかけた石碑のようなオブジェクトだった。 いや、石碑ではない。 バグって半分透明になっているが、それは見覚えのある「騎士の鎧」の一部だった。
これは……。 アーサーが息を呑み、胸元のネクタイを握りしめた。 このネクタイと同じ波長を感じます。……トリスタン?
トリスタン。 かつて第26話で、運営によって存在を抹消された「食卓の騎士」の一人。 彼は削除され、このゴミ箱に捨てられていたのだ。
トリスタン! 聞こえるか! アーサーが呼びかける。
しかし、残骸から返事はない。 ただ、彼のガントレットだった部分が、ジジジ……とノイズを発しながら、壁の一点を指差していた。 そして、その指先から空中に文字が浮かび上がった。
『Run... cmd.exe...』 『/up...』
これは……コンソールコマンド? 私は目を凝らした。 トリスタンは完全に削除されたわけじゃなかった。 彼はこの暗闇の中で、ずっと脱出するためのコード(穴)を探し続けていたのだ。 そして今、自身の残りのデータすべてを使って、私たちにその場所を伝えようとしている。
ありがとう、トリスタン。 君の執念、無駄にはしない。
私は彼が指差した壁に駆け寄り、右手のノイズを押し当てた。 トリスタンが解析してくれた座標。 そこは、この要塞のメンテナンス用通路に繋がっているはずだ。
アクセス……開始! 【強制解錠】!
私の右手が壁に沈み込む。 激しいスパークが走り、廃棄場の空間が悲鳴を上げる。 壁のテクスチャが剥がれ落ち、その奥に、上へと続く非常階段のワイヤーフレームが出現した。
開いた! 私は叫ぶ。
やったぜ! さすがだ、トリスタン! イグニスが残骸に向かって親指を立てる。
アーサーが、トリスタンの残骸に歩み寄った。 彼は静かに一礼し、消えゆく光に向かって誓った。
先に行くよ、相棒。 君の分まで……このふざけた世界を変えてくる。
トリスタンの光が、フッと消えた。 まるで「頼んだぞ」と笑ったかのように。
行きましょう。 シロガネは私たちが死んだと思っているはず。 下からの奇襲で、その余裕面をひっくり返してやるわ。
私たちは非常階段へと飛び込んだ。 ゴミ箱の底から、最強のデバッグ・チームが帰還する。 目指すは最上階、社長室。 総理とシロガネが待つ、世界の頂へ。




