第78話 ゴミ箱の底と、芽生えた魂
ドサッ……! 私たちは、硬い地面に叩きつけられた。 痛みで意識が飛びそうになるが、すぐに体を起こす。
全員、無事!?
私が声を上げると、瓦礫の山から騎士たちが起き上がってきた。
いてて……。なんとか生きてるぜ。 イグニスが鉄パイプを杖にして立ち上がる。
ここは……どこでしょう? ランスロットが周囲を見渡す。
そこは、薄暗く、腐臭の漂う広大な空間だった。 空にはノイズが走り、地面には壊れたテクスチャの破片や、半分溶けたアイテムのデータが山のように積まれている。 壁には《Recycle Bin(ゴミ箱)》という文字が、赤く点滅していた。
ゴミ箱……。 私が呟く。 ここは、不要になったデータや、バグを含んだファイルが捨てられる場所。 つまり、この世界の廃棄物処理場だ。
オ、オレヲ……ケスナ……。 アア……アプデ……マダ……?
不気味なうめき声が響く。 ゴミ山の中から、異形の怪物たちが這い出してきた。 手足が逆についた人間や、顔がモザイクになったドラゴン。 開発途中で破棄された「没データ」の成れの果てだ。
うわっ、気持ち悪ぃのが出てきやがった! イグニスが構える。
数は……百、いや千体以上います! アーサーが剣を抜くが、その手は震えていた。 無理もない。ここにいる敵は全て「バグ」の塊。 触れれば、彼らNPCも感染し、バグってしまう恐怖があるのだ。
下がって、みんな! 私がやるわ! 私は右手のノイズを解放しようとした。 このバグった腕なら、あいつらを吸収できるかもしれない。
ダメです、コーデリア様! ガラハッドが私の前に立ちふさがった。
これ以上その腕を使えば、あなたが消えてしまう! 私たちは……あなたを失いたくない!
ガラハッド……?
彼の言葉に、私は違和感を覚えた。 それは「護衛対象を守る」というプログラムされた台詞ではない。 心からの叫びのように聞こえたからだ。
来るぞ! 没データの群れが襲いかかってくる。
ウオオオオオッ!! ガラハッドが大盾を構え、突進してくるバグドラゴンの牙を受け止める。 バチバチッ! 接触した盾の表面がノイズに侵食され、削れていく。
ぐ、うぅ……! 痛い……これが、痛み……!?
ガラハッド!? 盾を離して!
いいえ、離しません! ガラハッドの目から、光る粒がこぼれ落ちた。 涙? NPCが、設定にない涙を流している?
私は……ただのデータかもしれない。 でも、この胸にある「守りたい」という想いは……バグなんかじゃない!
ガラハッドの全身が白く輝き始めた。 彼の盾が、侵食するノイズを弾き返し、逆に浄化の光を放ち始める。
これは……!?
《聖騎士の矜持》!!
カッ!! 強烈な閃光が炸裂し、群がっていたバグモンスターたちが吹き飛ばされた。 システム的なスキルではない。 彼の「魂」が、プログラムの限界を超えて発動させた奇跡だ。
すげえ……ガラハッドの旦那、覚醒しやがった! イグニスが歓声を上げる。
見てください、コーデリア様。 アーサーが静かに剣を構えた。 僕たちも、もう「ただの騎士」ではありません。 あなたが教えてくれたんです。……社畜にも、意地があるってことを!
ランスロットも双剣を交差させる。 この身が砕けようとも、あなたを総理の元へ送り届けます。 ……それが、僕たちが自分で選んだ「任務」ですから!
彼らの背中が、以前よりもずっと大きく、逞しく見えた。 単なるデータだった彼らが、私との旅を通じて、自我を獲得しつつある。 これが……シンギュラリティ(技術的特異点)。
ありがとう、みんな。 私は涙を拭った。
でも、無理はしないで。ここを抜け出して、総理をぶん殴りに行くわよ!
おうよ! 全員が一斉に鬨の声を上げる。
ゴミ箱の底で、私たちは反撃の狼煙を上げた。 バグに塗れた世界で、確かに芽生えた「命」の光が、暗闇を切り裂いていく。 目指すは頭上。 廃棄場から天守閣への、大逆転劇の始まりだ。




