第71話 三つの遺影と、血塗られた就任演説
浄水プラントでの戦いを終え、私たちは裏国家本部へと帰還した。 水は守られた。街には清浄な水が戻り、中毒に苦しむ人々も快方に向かっている。
だが、本部ビルに歓声はなかった。 あるのは、重苦しい沈黙と、廊下を行き交う職員たちの喪服姿だけだった。
◇
【裏国家本部・大会議室】
円卓には、三つの空席があった。 そこに座るはずの、国土交通大臣ガンテツ、厚生労働大臣カルテ、財務大臣イチヨウの姿はない。 代わりに置かれているのは、持ち主を失った遺品だけ。 傷だらけのヘルメット。ひび割れた聴診器。そして、光を失った黄金の算盤。
……定刻だ。これより、緊急閣僚会議を始める。
官房長官サキョウが、いつも以上に低い声で宣言した。 出席者は、生き残った閣僚たち――スカーレット、ネット、ミナ&マナ。 そして、三人の大臣の最期を看取り、その遺志を託された私、コーデリア。
まず、現状の確認を行う。 ガンテツ、カルテ、イチヨウ……三名の殉職を確認した。 我が国は、たった数日で「インフラ」「医療」「財政」という心臓部を同時に失ったことになる。
……ふざけんなよ。
ネット大臣が、机に突っ伏して震えていた。
なんでアイツらが死ななきゃいけないんだよ! ガンテツのオヤジも、カルテのヤブ医者も、イチヨウの守銭奴も……いなくなったら、誰がこの国を支えるんだよ! 僕のサーバー室の空調、誰が直すんだ! 予算請求、誰にすればいいんだよ!
ネットの悲痛な叫びが響く。 彼は口こそ悪いが、彼なりに仲間を頼りにしていたのだ。
泣き言はやめなさい、ネット。みっともないわ。
スカーレットが煙管をふかす。その手は微かに震えていたが、彼女は気丈に振る舞っていた。
あいつらは、自分の仕事を全うして逝ったのよ。 ……私たちがすべきは、泣くことじゃない。彼らの穴を埋めて、この国を回し続けることよ。
その通りだ。
サキョウが私の方を見た。
コーデリア。 君には、彼らから託されたモノがあるはずだ。
はい。
私は立ち上がり、イチヨウから受け継いだ黒革の手帳(裏帳簿)と、空になった解毒剤の小瓶をテーブルに置いた。
ガンテツ大臣は、鉄壁の守りを。 カルテ大臣は、未来への希望であるワクチンを。 そしてイチヨウ大臣は……この国を維持するための資産と権限を、遺してくれました。
私は出席者全員を見渡した。
彼らは死にました。ですが、彼らの「機能」は停止させてはいけません。 現場では、イグニス率いる新生・土木課が壁の修復を続けています。 病院では、カルテ大臣の残したデータを元に、衛生兵たちが治療を継続しています。 そして経理課(財務省)は……私が回しています。
つまり?
サキョウが先を促す。
私は深呼吸をし、腹に力を込めた。 これは、ただの報告ではない。私自身が、この裏国家の深淵へと足を踏み入れるための覚悟の宣誓だ。
組織再編を提案します。 空席となった三閣僚の権限……その全てを、一時的に私に集約させてください。
なっ……!?
ネットが顔を上げた。 スカーレットが目を丸くし、ミナ&マナが「お姉ちゃん、すごーい」と囁き合う。
正気か、新人。 三つの省庁を一人で兼任するだと? 過労死どころの話じゃないぞ。
ええ。ですが、今の混乱した状況で、新しい大臣を一から育てる時間はありません。 現場を知り、彼らの遺志を理解し、そして何より……どんな激務にも耐えうる「社畜耐性」があるのは私しかいません。
私はサキョウの目を真っ直ぐに見据えた。
それに、私は「人間」ではありません。 かつての世界で、数々のデスマーチと無理難題を生き抜いてきたプロジェクト・マネージャーです。 ……この程度のマルチタスク、朝飯前です。
サキョウはしばらく沈黙し、私の目を値踏みするように見つめていた。 やがて、彼はフッと小さく笑った。
……イチヨウが君に後を託した理由が、分かった気がするよ。
彼は立ち上がり、厳かに宣言した。
よかろう。 本日ただいまをもって、コーデリアを**《内閣府特命担当大臣・兼・総括代行》**に任命する。 財務、厚労、国交の三省庁の指揮権は、君に委ねる。
異議なしよ。 スカーレットが笑う。 僕も……君になら任せられる。頼むよ、ボス。 ネットも涙を拭いて頷いた。
ありがとうございます。 ……では、さっそく業務に入ります。
私は黒革の手帳を開き、最初の指令を下した。 感傷に浸る時間は終わりだ。ここからは反撃の時間だ。
現在、新魔王軍のアイゼンは逃亡しましたが、彼らは必ず、より強力な戦力を整えて再侵攻してきます。 それまでに、こちらの体制を整えます。
一、イグニスを「国土交通省・事務次官」に正式任命。現場の指揮権を委譲します。 二、スカーレット大臣は、地上に残る「聖女の泉」周辺の監視網を強化してください。 三、ネット大臣は、私が持ち帰ったアイゼンの残骸を解析し、敵の技術レベルを丸裸にしてください。
そして……。
私は言葉を切った。
四、私たち食卓の騎士団は、これより**《新魔王軍・本拠地》**への逆侵攻の準備に入ります。
逆侵攻だと? 防衛だけで手一杯な状況でか?
はい。 やられっぱなしで終わるつもりはありません。 彼らが奪ったもの……そして、彼らが地上で進めている計画。その全てを叩き潰します。
これは弔い合戦ではない。 「倍返し」だ。
私の言葉に、会議室の空気が変わった。 悲しみによる停滞は消え、ピリついた緊張感と、攻撃的な熱が戻ってきた。
会議は踊る、されど進まず……なんてことにはさせません。 さあ、仕事に戻りましょう。定時はとっくに過ぎていますから。
私が号令をかけると、大臣たちは一斉に立ち上がった。 三つの空席は、もう空虚な穴ではない。 そこには、三人の魂を受け継いだ私たちが、新たな覚悟と共に立っていた。
コーデリア様。
会議室を出ると、廊下でアーサー、ランスロット、ガラハッドが待っていた。 彼らの装備はボロボロだが、その瞳は燃えていた。
話は聞きました。……やりましょう、総力戦を。




