第63話 嫉妬するハッカーと、物理的デバッグ作業
「アラート! 第3農場でスプリンクラーが暴走! 作物が水浸しです!」 「第1土木課より入電! 掘削ドローンが作業員を攻撃しています!」
経理課のデスクで優雅にコーヒー(泥水ではない本物)を飲もうとしていた私の元に、悲鳴のような報告が次々と飛び込んできた。 モニターには、地下帝国のあちこちで発生している「システム障害」のログが赤く点滅している。
「……またですか」
私はカップを置き、眉間を揉んだ。 ここ数日、亜人たちが働く現場で事故が多発している。 最初は機材トラブルかと思ったが、あまりにもタイミングが良すぎる。
「係長。……ログを解析しました」
パーカーのフードを被った男――ではなく、パーカーを着たランスロット(潜入捜査モード)が、ノートPCを持って現れた。
「これは事故ではありません。外部からの【悪意あるアクセス】による書き換えです」
「犯人は?」
「痕跡(IPアドレス)は偽装されていますが、使用されているコードの癖が一致します。……犯人は、科学技術省のサーバールームにいます」
「……やっぱりね」
私は溜め息をついた。 科学技術大臣ネット。 彼は、私たちが亜人(彼曰く低スペ)を使って成果を上げているのが気に入らないのだ。 自分の管理するハイテク機器よりも、ドワーフの腕やエルフの魔法が評価されることが、彼の歪んだプライドを傷つけたらしい。
「陰湿な嫌がらせね。……仕事の邪魔をするなら、排除するしかないわ」
私は立ち上がり、アタッシュケースを手に取った。
「総員、出動! これより科学技術省へ【システム保守(物理)】に向かいます!」
「「「イエス・マム!」」」
◇
科学技術省の最深部、メインサーバー室。 そこは、冷却ファンの轟音と、妖しい青色LEDの光に包まれた電子の要塞だった。
「キヒヒ! ざまぁみろ、アナログな原始人ども!」
多数のモニターに囲まれたコクピット席で、ネット大臣がキーボードを叩きながら嘲笑っていた。 画面には、暴走した機械に逃げ惑うエルフやドワーフたちの映像が映し出されている。
「僕の作った完璧なシステムに、異物を混ぜるからこうなるんだ。……全部排除してやる。エラー吐いて死ね!」
彼がエンターキーを押そうとした、その時。
ドガァァァン!!
背後の強化ガラス製の扉が、粉々に砕け散った。
「な、なんだぁ!?」
「失礼します。……**『ネットワーク接続障害』**の調査に参りました」
土煙の中から現れたのは、私と、武装した食卓の騎士たち。
「ひぃッ!? き、貴様ら! ここは立ち入り禁止エリアだぞ!」
ネットが椅子から転げ落ちそうになる。 彼は典型的な「画面の中では強気だが、リアル対面には弱い」タイプだ。 だが、腐っても七閣僚の一人。すぐに表情を歪め、コンソールを操作した。
「ふ、不法侵入者だ! 排除せよ、セキュリティ・ボット!」
ウィィィン……! 部屋の四隅から、ガトリング砲を搭載した警備ロボットが起動する。 さらに、床からはレーザー柵が展開され、私たちを包囲した。
「僕の聖域(サーバー室)に土足で踏み込むな! 低スペックな肉塊風情が! 蜂の巣になれぇ!」
「総員、対処せよ!」
私の号令で、騎士たちが動く。
「弾幕が濃いですね。……ですが、データの嵐よりはマシです!」
ランスロットが駆ける。 《超加速・パケット・ロス》! 彼の姿が消える。警備ロボットの照準システムが追いつかず、銃弾は全て残像を貫く。 一瞬でロボットの背後に回り込んだランスロットは、配線を切断して機能を停止させた。
「硬い装甲だ。……だが、所詮はただの鉄屑」
ガラハッドが大盾を構えて突進する。 レーザー柵が彼に照射されるが、盾の表面で屈折し、無効化される。 《絶対防御・ファイアウォール》! 彼はそのまま体当たりで砲台をへし折った。
「ひ、ひいい!? 僕の最高傑作たちが!?」
ネットが悲鳴を上げる。 残るロボットが私に狙いを定めた瞬間、アーサーが私の前に躍り出た。
「お客様(大臣)。……サーバー室での火気使用は、重大な規約違反です」
アーサーの剣が閃く。
《社畜剣技・強制シャットダウン(電源断)》!
ズンッ! ロボットの動力炉が一撃で断たれ、光を失って崩れ落ちた。 制圧完了まで、わずか数十秒。 私たちは、震えるネット大臣を壁際に追い詰めた。
「く、来るな! 近寄るな! ウイルスどもめ!」
ネットは半狂乱になりながら、何かを取り出した。 それは、以前43話で登場した**《特級遺物・ジャミングロッド》**。広範囲の魔力を無効化する兵器だ。
「これで貴様らの魔力を封じて……!」
「無駄ですよ、大臣」
私は冷ややかに告げ、一歩踏み出した。
「私たちは魔力で動いているわけじゃありません。……**『生活費』と『怒り』**で動いているんです」
「ひっ……!」
私はネットの目の前まで歩み寄り、彼が大切にしているフィギュアの棚に手を置いた。
「いい趣味ですね。……これ、限定品でしょう? 私の計算では、これらを経費で落としている証拠も掴んでいますが」
「や、やめろ! それには触るな! 僕の嫁だぞ!」
「じゃあ、止めなさい。現場へのサイバー攻撃を」
私はネットの胸ぐらを掴み(身長差があるので背伸びをして)、彼の眼鏡を至近距離で睨みつけた。
「今すぐ攻撃プログラムを停止し、亜人たちの住区へのインフラ提供を許可しなさい。……さもなくば」
私は、とっておきのカードを切った。
「今ここで、**『ゼクスさん』**に連絡しますよ?」
「!?!?!?」
ネットの顔色が、青を通り越して白になった。 ゼクス――かつて彼の股間を握り潰した、最強のトラウマを持つ美女。
「彼女は今、療養中で暇しているそうです。……『久しぶりにネットの悲鳴が聞きたいな』と言っていましたけど、お繋ぎしましょうか?」
私は懐から通信機を取り出すフリをした。
「あ、あわわわわ……!?」
ネットはガタガタと震え、目から涙を流し、そして土下座した。
「ご、ごめんなさいぃぃぃ! 止めます! すぐ止めますぅぅ! だからあのゴリラ女だけは勘弁してくださいィィ!!」
「……よろしい」
私はネットの頭をポンポンと撫でた(子供扱い)。
「聞き分けが良くて助かります。……これからは、あなたの技術を私たちのために使いなさい。そうすれば、ゼクスさんには黙っておいてあげます」
「は、はい……一生従います……ボス……」
ネットが完全に陥落した。 これで、科学技術省のハイテク機材と情報網も、私たちの手駒となった。
◇
「……見事だな」
騒ぎが収まったサーバー室に、ゆっくりと拍手が響いた。 入り口に立っていたのは、官房長官サキョウだった。
「サキョウ長官……。お騒がせしました」
「構わん。実力主義が我が国の掟だ。……ネットを屈服させたその手腕、評価しよう」
サキョウは眼鏡を直し、私に一枚の辞令を渡した。
「コーデリア。本日付けで、君を**『内閣府・特命担当大臣(補佐)』**に昇格させる」
「特命……ですか?」
「ああ。……これより君には、我が国の**『外交』**を任せたい」
サキョウの表情が険しくなる。
「地上からの報告だ。……周辺諸国に対し、**『新魔王軍』**が本格的な侵攻を開始したらしい。我が国の利権を守るため、君の手腕で対処せよ」
ついに来た。 社内政治(内輪揉め)の次は、対外戦争だ。 私は辞令を強く握りしめた。
「承知しました。……弊社のシマを荒らす輩には、きっちり落とし前をつけさせます」




