第61話 第99廃棄区画の戦いと、命がけの面接試験
手取り3000円の絶望から一夜明け。 私たちは怒りを原動力に変え、さらなる業務に邁進していた。 金がないなら、稼ぐしかない。そして稼ぐためには、このブラック国家の構造を変えるだけの人材が必要だ。
次の任務だ。
サキョウ長官から下された指令は、地下帝国の最下層、【第99廃棄区画】の調査だった。 そこは開発から取り残され、地図にも載っていないスラムの奥地。
最近、あの区画で謎の勢力が独自のコミュニティを作っているらしい。 危険分子なら排除、利用可能なら徴税せよ。
イチヨウ大臣からの「徴税」という言葉に、私はピクリと反応した。 また搾取か。だが、任務は任務だ。現場に行けば、何か金になる種が落ちているかもしれない。
◇
【第99廃棄区画】。 そこは地下の汚水が流れ込み、巨大な発光キノコが怪しく光る陰湿な場所だった。 しかし、奥に進むにつれ、私たちは意外な光景を目にする。
なんだ、ここは? アーサーが目を丸くする。
廃材で作られた家々。しかし、それらは驚くほど精巧に組まれていた。 壊れた配管を利用した水力発電システム。 キノコの光量と土壌を完璧に管理した地下農場。 そこには、貧しいながらも高度な技術を持った街があった。
止まれ! 人間か!
屋根の上から鋭い警告が飛ぶ。 現れたのは、ボロボロの布を纏った亜人たちだった。 長い耳を持つエルフ。小柄で髭の濃いドワーフ。そして獣の耳と尻尾を持つ獣人たち。
我々は、地上を追われた亜人だ。 ここはお前たち裏国家の人間が来る場所ではない!
リーダー格と思われる、銀色の毛並みを持つ狼の獣人が、巨大な曲刀を構えて飛び降りてきた。 彼の瞳は、私たちへの明確な憎悪で濁っている。
地上では迫害され、逃げ込んだ地下でもお前たち人間に搾取される。 もうたくさんだ! 我々の楽園を荒らすなら、死んでもらう!
彼らの悲痛な叫び。 どうやら、裏国家の一部、おそらくスカーレット配下の荒っぽい連中が、過去に彼らを酷い目に合わせたらしい。 交渉の余地はない。彼らは本気で殺しに来ている。
排除しますか、係長? アーサーがネクタイを外し、剣に変える。
私は冷静に彼らの戦力を分析した。 数は約50。装備は貧弱だが、その連携と殺気は正規軍以上だ。
適当にあしらいなさい。 ただし、殺すのは禁止よ。彼らは……金の卵かもしれないから。
了解!
号令と同時に、狼の獣人が地面を蹴った。 速い。獣人特有の瞬発力で、一瞬でランスロットの懐に潜り込む。
オラァァッ! 《疾風・餓狼連撃》!
獣人の曲刀が、目にも留まらぬ速さで三連撃を放つ。 それは確実に急所を狙った、殺意の籠もった一撃だった。
遅いですね。営業回りの足ではありません。
ランスロットは紙一重でそれを回避する。 彼の能力は【超加速】。音速で動ける彼にとって、獣人の速さはスローモーションに過ぎない。
お返しです。《営業スマイル・カウンター》!
ランスロットがすれ違いざまに、剣の峰で獣人の脇腹を叩く。 ガハッ!? 獣人が吹き飛ぶが、空中で体勢を立て直し、壁を蹴って再突撃してくる。 さすがのタフネスだ。
一方、後方ではエルフの魔導師たちが詠唱を始めていた。
侵入者を焼き払え! 《精霊魔法・爆炎の矢》!
数十発の炎の矢が、私たち目掛けて降り注ぐ。 直撃すれば黒焦げは免れない火力だ。
コンプライアンス違反です。火気厳禁エリアでの発火行為は認められません。
ガラハッドが前に出る。 彼は大盾を掲げ、固有スキルを発動した。
《絶対防御・六法全書障壁》!
カカカカカンッ! 炎の矢が、見えない壁に弾かれ、虚しく霧散する。 ガラハッドの能力は【理不尽なまでの拒絶】。彼が「ダメ」と定義した攻撃は、物理法則を無視して無効化される。
なっ、魔法が通じないだと!? エルフたちが動揺する。
そこへ、アーサーが歩み出た。 彼の前には、ドワーフの戦士たちが巨大なハンマーを構えて立ちはだかる。
潰れろ人間! 《重打・岩盤砕き》!
ドワーフの怪力が唸りを上げ、ハンマーがアーサーの頭蓋骨を狙って振り下ろされる。 まともに食らえば即死の威力。 だが、アーサーは避けようともしなかった。
君たちの労働意欲は評価する。だが、残業時間が長すぎるようだ。
アーサーの剣が、光を帯びる。 彼の能力は【切断】ではない。【強制終了】だ。
《社畜剣技・定時退社スラッシュ》!
一閃。 アーサーが剣を振るった瞬間、ドワーフたちのハンマーの柄が、まるで最初から折れていたかのように切断された。 攻撃判定そのものが「時間切れ」として処理されたのだ。
な……!? 武器が……!?
武器を失い、呆然とする亜人たち。 勝負あった。 圧倒的な戦力差を見せつけられ、狼の獣人が悔しげに膝をつく。
くっ……殺せ……! 我々は屈しない……! 人間の奴隷になるくらいなら、ここで誇り高く死ぬ!
彼らは死を覚悟していた。 その悲壮な覚悟に対し、私はアタッシュケースを開き、一枚の書類を取り出した。
殺す? とんでもない。
私は眼鏡の位置を直し、彼らに歩み寄った。 私の目は、彼らの敵意ではなく、彼らの背景にある技術に釘付けになっていた。
あの家、釘を一本も使わずに組まれている。ドワーフの建築技術ね。 あの畑、地下なのに野菜が育ってる。エルフの農業魔法による環境制御。 そして獣人たちの足の速さと連携。あれは物流と警備に最適だ。
私の【元PMの脳】が、激しく反応していた。 彼らは危険分子ではない。 裏国家が使いこなせていない、未発掘の【高度専門職】の集団だ。
あなたたち……いい腕を持っていますね?
は……? 狼の獣人がポカンとする。
弊社で働きませんか? ……もちろん、【正規雇用】で。
な、何を言っている……?
私があなたたちの【代理人】になります。 不当な差別も、搾取もさせません。その代わり、あなたたちの技術を貸してください。
私はニヤリと笑った。 これは慈悲でも人助けでもない。 私の出世と、待遇改善のための【ヘッドハンティング】だ。
提示条件は以下の通りです。 一、裏国家での居住権の保証。 二、正規の身分証の発行。 三、そして……人間と同等の給与体系。
給与……だと? エルフの長老が震える声で尋ねる。
ええ。あなたたちの作る野菜、そして建築技術。 それは今の地下帝国に欠けているリソースです。 私が財務省と交渉し、正当な対価を勝ち取ってみせます。
彼らは顔を見合わせた。 信じられない、という顔だ。だが、その目には微かな希望の光が宿り始めていた。
もし嘘なら、その時は私の寝首を掻きなさい。 私は逃げも隠れもしません。
私は名刺を取り出し、狼の獣人――リーダーのボルグに手渡した。
株式会社ユグドラシル、経理課係長のコーデリアです。 ……さあ、どうしますか? 誇り高く飢え死にするか、泥にまみれても豊かに暮らすか。
ボルグは名刺を受け取り、しばらく震えていたが、やがて大きく息を吐き、私の前に頭を下げた。
……分かった。あんたの言葉、信じてみる。 俺たちの命、あんたに預ける。……ボス(雇い主)。
交渉成立ね。
私は心の中でガッツポーズをした。 これで、地下帝国の食糧事情とインフラ事情が一気に改善する。 そして何より、私の手駒(部下)が一気に50名増えたのだ。
さあ、明日は忙しくなるわよ。 まずは財務省に乗り込んで、あなたたちの【人件費】をもぎ取ってこなくちゃいけないから。




