第59話 無法地帯への出張営業と、コンプライアンス執行
「――君たちへの次なる業務命令だ」
翌日。官房長官サキョウは、地図上の薄暗いエリアを指し示した。 そこは地下帝国と地上の境界にある、無法のスラム街**《灰色の市街地》**。
「最近、このエリアで粗悪な**『違法魔薬』**が出回っている。服用した者を狂暴化させ、死ぬまで暴れさせる劇薬だ」
サキョウは眉をひそめた。
「我が国にとって、労働力(国民)は貴重な資源だ。それを使い潰すような害悪は看過できん。……よって、流通ルートを特定し、組織を壊滅させよ」
「はっ。……担当官は?」 アーサーが尋ねる。
「私よん」
紫煙と共に現れたのは、深紅のスーツを着崩した美女、スカーレット大臣だった。 彼女は長いキセルをふかし、私たちを値踏みするように見下ろした。
「あらあら、昨日カルテに血を抜かれたばかりでしょう? 使い物になるのかしら、このボロ雑巾たちは」
「ご心配なく。……『連勤』には慣れていますので」 ランスロットがうつろな目で答える。
「ウフフ、頼もしいこと。じゃあ行くわよ。……私の足を引っ張ったら、その綺麗な顔、灰皿にするわよ?」
スカーレットの目が、爬虫類のように細められた。 彼女は諜報・暗殺のプロ。この任務は、私たち新人が「実戦」で使えるかどうかのテストでもあるのだ。
◇
《灰色の市街地》。 そこは、腐った水と鉄錆の臭いが充満する、欲望の掃き溜めだった。 路地裏には目が虚ろな中毒者が座り込み、暴力と略奪が日常茶飯事に行われている。
「……酷いな。治安維持法など存在しないようだ」 ガラハッドが眼鏡を直しながら、周囲を警戒する。
「ここを取り仕切っているのは『マッド・ドッグ』と呼ばれるギャング団よ。彼らが魔薬を売りさばいている」
スカーレットは優雅に歩きながら説明する。襲いかかってくるチンピラがいれば、キセルの一振りで瞬時に首をへし折る。 その動きは洗練されており、確かに「七閣僚」の名に恥じない強さだ。
「さあ、あそこがアジトよ。……どうする? 正面から殴り込む?」 彼女が指差したのは、武装した荒くれ者が守る廃工場だった。
私は首を横に振った。
「いいえ。……ここは**『法人営業』**のスタイルでいきましょう」
「は?」
「総員、身だしなみチェック! ネクタイを締めなさい!」
「「「イエス・マム!」」」
騎士たちが、血と泥にまみれた作業着の襟を正し、ビシッと整列する。 その異様な迫力に、スカーレットが少し引いている。
「……何をする気?」
「これから彼らに、**『退去勧告(物理)』**を行います。……ランスロット、突撃をお願い」
「承知しました。……失礼しまぁぁぁすッ!!」
ドガァァァン!! ランスロットがドアを蹴り破り、爽やかな営業スマイルで工場内に飛び込んだ。
「こんにちは! 本日は皆様に、**『人生の終了』**をご提案に参りました!」
「な、何だテメェら!?」 ギャングたちが慌てて武器を取る。
「まずは名刺交換から! 《千枚名刺・乱れ撃ち》!」
シュパパパパッ! 鋭利な刃物と化した名刺が、ギャングたちの武器を弾き飛ばし、服を壁に縫い付ける。
「次、ガラハッド!」
「はい。――コンプライアンス・チェック(暴力行為の禁止)を行います」
ガラハッドが大盾を構えて突進する。 「オラァ! 死ねぇ!」 ギャングが放った魔法や銃弾は、全て不可視の障壁(六法全書バリア)に弾かれる。
「攻撃的行為を確認。……**『正当防衛』**による鎮圧を許可します」 バゴォン!! 盾の一撃が、ギャングたちをボウリングのピンのように吹き飛ばした。
「な、なんだコイツら!? 騎士か!? いや、作業着だぞ!?」
パニックになる工場内。 最後に、アーサーが静かに歩み出た。
「責任者はどこだ。……クレーム対応に来た」
その背後には、地獄の業火のようなオーラ(社畜のストレス)が立ち上っている。 ギャングのボスらしき男が、震えながら奥から出てきた。
「ひぃッ……! く、来るな! これを飲めば俺は無敵だ!」
ボスは紫色の液体――違法魔薬を一気に飲み干した。 ボコボコと筋肉が膨張し、皮膚が裂け、巨大な異形の怪物へと変貌していく。
「グルルルァァァ!! 死ネェェェ!!」
暴走する怪物。 スカーレットが「チッ、面倒ね」とキセルを構えた時、私が彼女を制した。
「スカーレット様、手出しは無用です」
「は? あれは強化個体よ? 新人じゃ荷が重――」
「いいえ。……あれはただの**『クレーマー(理不尽な暴力を振るう客)』**です」
私はアーサーに合図を送る。 アーサーはネクタイを外し、それを剣のように構えた。
「お客様。……当店(我が国)では、暴力行為を固く禁じております」
《社畜剣技・定時退社スラッシュ(一刀両断)》
一閃。 怪物の剛腕が振り下ろされるより速く、アーサーの剣閃がその巨体を斜めに両断した。
「ガ……ァ……?」
怪物が崩れ落ち、元の人間(気絶状態)に戻る。 工場内は静寂に包まれた。 制圧完了まで、わずか3分。
「……ふぅ。業務終了です」 アーサーが汗を拭い、ネクタイを締め直す。
スカーレットは、口を開けて呆然としていたが、すぐに「フン」と鼻を鳴らして笑った。
「……やるじゃない。ボロ雑巾かと思ったけど、意外と**『高機能な雑巾』**だったわね」
「お褒めに預かり光栄です」
私はギャングの事務所から、帳簿と魔薬の在庫リストを押収した。 これを見れば、流通元が分かるはずだ。
「あら? それは私が解析するわ」 スカーレットが手を伸ばすが、私は帳簿を背中に隠した。
「いいえ。これは**『経費精算』**に使いますので、まずは経理を通させていただきます」
「……あざとい新人ね」
スカーレットは苦笑いし、しかしその目には、昨日までのような軽蔑の色は消えていた。 どうやら、第一関門は突破したようだ。
【一方その頃:元四天王の日誌】 場所: 建設予定地 B-4エリア 担当: 水のアクア
「水漏れだー! アクア、止めろ!」 「はいはい、分かってますよ!」
水のアクアは、地下水道のパイプ工事を行っていた。 彼の水魔法は、パイプ内の水流を自在に操り、バルブ無しで止水できるため、現場では重宝されていた。
「しかし……この水、おかしいな」
アクアは、パイプから滲み出る水を指先で舐めた。 普通の地下水ではない。微かに**「魔力を活性化させる成分」**が含まれている。
「まるで、さっき地上で流行ってるって聞いた『魔薬』の原料みてーな……」
アクアは首を傾げたが、ガンテツ親方の「サボるな!」という怒号が飛んできたため、思考を中断して作業に戻った。 彼らが整備しているこの水道網が、実は**「国全体を巨大な錬成陣にするためのパイプライン」**であることに、まだ誰も気づいていない。




