第57話 魔窟の朝礼と、呪われた重役たち
翌朝、午前8時。 裏国家本部ビルの大会議室には、胃が痛くなるような張り詰めた空気が漂っていた。
「――時間だ。点呼をとる」
演台に立ったのは、黒い執事服の男。 昨日、他の幹部を一喝して場を収めていた官房長官サキョウだ。
その背後には、昨日会ったスカーレット、ネット、ミナ&マナに加え、見たことのない3人の怪人たちが並んでいる。
藍色の着物に巨大な算盤を背負った女。 ニッカポッカにねじり鉢巻のドワーフ(ガンテツ)。 白衣に不気味な色の注射器を持った美女。
彼らこそ、総理不在のこの地下帝国を実質的に支配する**《七閣僚》**だ。
「本日より、貴様ら《食卓の騎士団》および《元・魔王軍四天王》は、我が国の『正規雇用社員』として扱われる。……総理のコネ採用だからといって、甘えは許さん」
サキョウの冷徹な声が響く。 私たちは真新しい(そしてサイズの合わない)作業着に身を包み、直立不動で聞いていた。 完全に、ブラック企業の「全社朝礼」の空気だ。
「質問があります」
私は空気を読まずに手を挙げた。
「昨日の視察でお会いした、ゼクスさん、エルモさん、ルミさんは? 彼らも最高戦力だと伺いましたが、ここにはいらっしゃらないのですか?」
その名前が出た瞬間、壇上の大臣たちの顔色がサッと変わった。 スカーレットが不愉快そうに煙管をふかし、ネットが怯えたように股間を庇う。
「……彼らは現在、**『休職中』**だ」
サキョウが静かに答えた。
「ゼクス、エルモ、ルミの三名は、かつて我ら七閣僚を統率していた**『筆頭執行役員』だった。……だが、先の大戦において、敵(神)の放った『システム汚染(呪い)』**をその身に受けた」
「呪い……ですか?」
「ああ。その呪いは彼らの肉体と精神を蝕み、安定した業務遂行を不可能にしている。ゆえに、現在は役職を離れ、治療を受けながら『遊撃隊』として不定期に活動しているのだ」
私は思い出した。 エルモが言っていた「呪いのせいで本気が出せない」という言葉。 そして、ルミの記憶が欠落している様子。 彼らは、その身を犠牲にしてこの国を守った英雄であり、同時に**「いつ暴走して壊れるか分からない時限爆弾」**でもあるのだ。
(なるほど……。主力メンバーがダウンしているから、私たちに白羽の矢が立ったわけね)
人手不足の理由が深刻すぎる。
「彼らが復帰するその日まで、この国を支えるのが我々『七閣僚』の務め。……そして、その手足となって働くのが、貴様ら新人だ」
サキョウはバインダーを開き、無慈悲な辞令を読み上げ始めた。
「では、配属を発表する!」
【元・魔王軍四天王(イグニス、アクア、ウィンド、アース)】 配属:国土交通省・第1土木課 直属上司:ガンテツ大臣
「おう! お前らか! 俺の現場はキツイぞ、覚悟しとけ!」 ガンテツ親方が、イグニスの背中をバシバシと叩く。ドワーフの怪力に、四天王たちがよろめく。 「い、痛ぇ! なんで俺様たちが土方仕事を……」 「文句を言うな! 穴掘りは得意だろうが!」
【食卓の騎士団(アーサー、ランスロット、ガラハッド、他)】 配属:厚生労働省・衛生管理課 兼 防衛省・特殊部隊 直属上司:カルテ大臣 & ミナ・マナ大臣
「うふふ……。あなたたちの『頑丈さ』、前から気になってたの。たっぷり解剖させてね♡」 カルテが注射器を舐め、ミナ&マナが「キャハハ! 新しい肉壁ゲットー!」と空中で回転する。 アーサーたちの顔から血の気が引いていく。 「係長……。これは『労働』ですか? それとも『実験』ですか?」 「……両方よ。生き残んなさい」
【コーデリア】 配属:財務省・経理課 兼 内閣府・特別補佐 直属上司:イチヨウ大臣 & サキョウ長官
「あきまへんなぁ。こんなひ弱そうな小娘に、ウチの大事な金庫番が務まるとは思えへんけど」 イチヨウが算盤をチャキリと鳴らし、値踏みするような冷ややかな視線を送ってくる。 「1円でも計算が合わへんかったら、あんたの給料から引かせてもらいますえ?」
私は、引きつりそうな頬を抑えて、最高の営業スマイルで返した。
「ご心配なく。……数字合わせ(帳尻合わせ)は得意ですので」
金と権力の中枢。そこに入り込めれば、総理の計画を探るチャンスもある。 それに、経理を握れば、このブラック企業の「弱点」も見えてくるはずだ。
「以上だ! 各員、ただちに現場へ急行せよ! 今日から貴様らは、地下帝国の歯車だ! 死ぬ気で回せ!」
「「「イエス・ボス!!」」」
こうして、私たちの「無期限有給」という名の、地獄のダブルワーク(通常業務+世界の謎解き)が始まった。 最初のミッションは……それぞれの部署で、強烈な上司(大臣)たちに認められ、生き延びることである。




