第53話 物理演算の破壊者と、座標軸の裏口入学
「――さあ、移動時間を短縮するわよ」
私が聖剣エクスカリバーを掲げると、白銀の刃が禍々しいほどに輝いた。 本来なら聖なる光のはずだが、今の私(中身は真っ黒な元PM)が持つと、まるで社員を過労死させる「業務命令書」のような圧力を放っている。
「か、係長……。ハルト君のことは……」 アーサーが、まだ少し動揺している。
「彼は名誉の戦死を遂げました(事故死)。悲しんでいる暇はありません。納期は刻一刻と迫っています」
私は即座にメニューを開き、パーティ編成を弄った。 リーダー:勇者コーデリア(私)。 メンバー:食卓の騎士団。 そして、四天王たちを――【装備品】枠に無理やりねじ込む。
「はぁ!? 俺たちが装備品だァ!?」 イグニスが叫ぶ。
「パーティ枠は満員なのよ。あなたたちは『魔王城への鍵』としての属性があるから、インベントリに入っていて」
「ふざけんな! 俺たちをアイテム扱い……」
「文句があるなら、そこに埋まっているハルト君の隣に行く?」
私が聖剣の切っ先を向けると、四天王は「ヒッ」と息を呑み、大人しく私の亜空間へと吸い込まれていった。 これで荷物はまとまった。
◇
「さて。魔王城までは通常、馬車で一週間。徒歩なら十日」
私は地図アプリ(マップ)を見下ろす。 森を抜け、砂漠を越え、火山地帯を突破した先に、ラスボスがいる。 真面目に移動していたら日が暮れる。
「ランスロット」 「はっ」
「あなたのスキル**《ソニック・アクセル(超加速)》**。最大出力で何秒維持できる?」 「MPを全開放すれば……約3分間は音速を超えられます」
「上出来。……アーサー、ガラハッド。あなたたちはランスロットの背中にしがみつきなさい」 「え?」
「トリスタン(ネクタイ)は私が持つわ。……いい? 今から私たちは、このマップの**『読み込み速度』**を超える」
私は説明もそこそこに、ランスロットの背に騎士たちを団子状に積み上げさせた。 そして私自身は、聖剣の特殊スキル**《勇者の加護(物理ダメージ無効)》**を発動し、一番上に乗る。
「目標、マップ北北西、座標(X:999, Y:999)。――ランスロット、壁に向かって走れ!」
「壁!? 崖しかありませんが!?」
「いいから走るのよ! 処理落ちするくらいの速度で!」
「イ、イエス・マム!!」
ドォォォンッ!! ランスロットが音速を超えた。 景色が線になる。 目の前に迫る断崖絶壁。普通なら激突死だ。 しかし――
「今よ! 《座標固定》!!」
私は隠し持っていた「処理の重い魔法(大量のパーティクル)」を、自分たちの足元で一斉に炸裂させた。
移動速度(超高速) + 描画負荷(超高負荷) = ???
世界が一瞬、フリーズした。 「ガガガガッ……」という不快な音が響く。 そして、物理演算エンジンが「衝突判定」の計算を諦めた瞬間。
スルッ。
私たちは、崖の岩肌を**「すり抜け」**た。
「な、なんだこれは!? 岩の中を走っている!?」 アーサーが絶叫する。
「**『壁抜け(クリッピング)』**よ! ゲームの当たり判定なんて、速度と負荷をかければガバガバになるの!」
私たちは裏世界(ポリゴンの裏側)の亜空間を、音速で滑走していた。 地面はない。空もない。あるのは灰色の「未定義領域」だけ。 障害物など存在しないこの空間を、私たちは直線距離で突っ切る。
「見えた! 魔王城の座標よ!」
数秒後。 前方に、黒いテクスチャの塊(魔王城の地下部分)が見えてきた。
「と、止まれません係長! このままではめり込みます!」 「止まる必要はない! そのまま**『床下』**から突き上げるのよ!」
「正気ですかァァァァッ!?」
ズドォォォォォン!!
◇
魔王城、最上階「漆黒の玉座」。 そこでは、魔王が、玉座に座ってワイングラスを傾けていた。
「ククク……。アリス様からの連絡によれば、新たな勇者が生まれたらしいな。まあ、ここに来るまで一ヶ月はかかるだろう。今のうちにセリフの練習でもしておくか」
魔王は鏡の前でポーズを取った。 「ようこそ勇者よ、待ってい――」
バゴォォォォォン!!!!
轟音と共に、玉座の床が爆発した。 飛び散る瓦礫。ひっくり返るワイン。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」 魔王が慌てて立ち上がる。
濛々たる土煙の中から、ボロボロになった(しかし無傷の)スーツ姿の男たちが積み重なって現れ、その頂点から――眼鏡の女性が、優雅に着地した。
「――お疲れ様です(オツカレサマデス)。株式会社ユグドラシル、勇者事業部のコーデリアです」
私は名刺(手裏剣)を、呆然とする魔王の眉間に投げつけた。
「な……貴様ら、何者だ!? 正門の結界はどうした!? ダンジョンギミックは!?」 魔王が叫ぶ。
「あんなの、真面目に攻略するわけないでしょう」
私は埃を払い、聖剣を構えた。 背後では、騎士たちがアタッシュケースを開き、インベントリから吐き出された四天王たちが「おえぇぇ……酔った……」と嘔吐している。
「現在時刻、RTA開始から5分32秒」
私はニヤリと笑った。
「さあ、魔王様。……**『退勤時間』**よ。あなたの不死身設定、テストさせてもらうわ」
アリスが用意した「3日」という猶予。 それを「5分」で踏み倒し、私たちはラストバトルの舞台に強制エントリーを果たした。 そこに礼儀も、情緒もない。 あるのは、バグすら利用する社畜の「時短テクニック」だけだった。




