第51話 デスマーチの再開と、絶対無敵のクソ仕様
「ここが……現実じゃない……?」 「嘘だ……。俺たちが流した、あの再会の涙は……」
アーサーたちが膝から崩れ落ちる。 無理もない。彼らにとって「元の世界に帰る」ことは唯一の希望だった。それが、管理者によって精巧に作られた「マップ:第13開発室」に過ぎなかったなどと、誰が信じたくなるだろうか。
絶望に沈む騎士たち。 盛り上がる管理者たち。
その喧騒の中で、私――コーデリアだけは、冷え切った頭で思考を回していた。
(……まずい)
私は、美青年に若返った葛城総理と、不敵に笑うアリスを見比べる。
この二人の目的は、私たちを駒にして「現実世界」の創造主を殺すこと。 聞こえはいいが、要するに**「終わりのない戦争」に私たちを強制参加させる**ということだ。
(ふざけないで。私が求めているのは、穏やかなスローライフと美味しいご飯。……神殺しの鉄砲玉になって、永遠にサビ残なんて御免よ)
このまま二人のペースに飲まれれば、私は一生、この「くだらない世界征服プラン」という最悪のデスマーチに付き合わされることになる。
(……出し抜くしかない)
私は拳を握りしめた。 このゲームをクリアし、その報酬としての権利を得た瞬間に、二人の想定をひっくり返す。それしか、私が本当の自由(定時退社)を手に入れる道はない。
「――それで? 具体的には何をすればいいんですか?」
私は努めて冷静な声を出した。 私の反応に、アリスが面白くなさそうに眉をひそめる。
「あら、意外と早いのね。パニックになって泣き叫ぶと思ったのに」
「泣いてもタスクは減りませんので」
「ふん、可愛げのない社員。……ルールは簡単よ」
アリスは空中にウィンドウを展開した。そこに映し出されたのは、魔王城の最奥に鎮座する、漆黒の玉座。
「今回の決戦の内容は、このゲーム本来のクリア条件……**『魔王の討伐』**よ」
「魔王……」 アーサーが顔を上げる。
「現在、魔王城は私のプロテクト(結界)によって守られているわ。まずはそこへ向かい、魔王を殺しなさい。……ただし」
アリスは意地悪く口角を上げた。
「私の作ったラスボスは、**『完全無敵』**よ。物理攻撃無効、魔法攻撃無効、即死耐性100%。あなたたちの規格外の攻撃力だろうと、ダメージは『0』しか通らない」
「なっ……!?」 イグニスたち四天王がざわめく。 「ふざけんな! どうやって倒すんだよ!」
「仕様書を読みなさいよ。……このゲームで唯一、魔王にダメージを与えられるのは、『聖剣に選ばれた勇者』の一撃のみ」
それが、このクソゲー(世界)の絶対ルール。 どれだけレベルを上げようが、どれだけ課金しようが、フラグ管理された「勇者」の攻撃以外は一切受け付けないという、旧時代の理不尽な仕様。
「つまり、お主らの役割は……」 葛城総理が、ニヤニヤしながら告げる。
「その辺をうろついている**『勇者』とやらを拾って、魔王の元まで護送し、お膳立てをして、最後の一撃を決めさせる……『接待プレイ(サポート)』**じゃよ」
「せ、接待……」
騎士たちの顔が引きつる。 彼らは最強だ。どんな敵もワンパンで沈めてきた。 しかし、「弱い味方を守りながら、トドメだけ譲る」という接待ゴルフのようなミッションは、最も苦手とする分野だ。
「期限は3日。……もし失敗すれば、あなたたちのデータは初期化。私の燃料としてリサイクルさせてもらうわ」
アリスが指を鳴らすと、オフィスの景色が歪み始めた。 強制転送だ。
「待ってください」 私は叫んだ。
「勝った場合の報酬は、『現実世界への反逆権』でしたよね? ……それに加えて、もう一つ条件を呑んでもらいます」
「何?」
「私の……いえ、私たちの**『完全なる退職(自由)』**を保証すること。今後一切、あなたたちの痴話喧嘩にも、神殺しにも関与させないこと」
アリスはきょとんとし、それから葛城総理を見て、二人で笑った。
「カカカ! 良い度胸じゃ! 呑んでやろう!」 「いいわよ。どうせ不可能だもの」
光が私たちを包む。 転送の直前、私は見た。 二人が「あんな雑魚勇者でクリアできるわけがない」と、嘲笑っているのを。
(……笑っていればいいわ)
視界が白く染まる中、私は誓った。 必ずクリアしてやる。そして、その時こそが、あなたたち「運営」への本当の反逆の始まりだ。
◇
「……着いたか」
光が収まると、私たちは見慣れた「死の森」の入り口に戻っていた。 空気は美味しい。鳥のさえずりが聞こえる。 だが、その場にいる全員の表情は、地獄の底のように暗かった。
「係長……。我々は、まだゲームの中にいるんですね」 ランスロットが力なく呟く。
「ああ。……だが、感傷に浸っている暇はない」 アーサーは立ち上がり、パンパンと膝の土を払った。
「コーデリア様の交渉、聞いたろう。クリアすれば、今度こそ本当の自由だ」
「はい……! やりましょう、接待プレイ!」
社畜騎士たちは、気持ちの切り替えが早い。 問題は、その「接待すべき相手」だ。
「おい、見ろよあれ」 イグニスが指差した先。森の街道を、一人の少年が歩いていた。
ボロボロの装備。サイズの合っていない兜。 そして、道端のスライム相手に、へっぴり腰で剣を振るっている姿。
「えいっ! ……あ、逃げられた! 待ってよぉ~!」
転んで泥だらけになり、半泣きになっている少年。 頭上には、システムによって表示されたマーカーが輝いている。
【勇者:ハルト(Lv.1)】
「…………」
私たち全員の間に、重苦しい沈黙が流れた。
「……あれか?」 「……あれですね」
あれが、世界を救う鍵。 唯一、魔王を殺せる聖剣の使い手。
「無理だろ」 イグニスが吐き捨てた。 「あんなの、魔王城に着く前に野犬に食われて終わるぞ」
「……いいえ」
私は眼鏡(伊達)の位置を直した。 元・プロジェクトマネージャーの血が騒ぐ。 無能なクライアント、使えない機材、足りない予算。それらをやり繰りしてプロジェクトを完遂させるのが、私の仕事だった。




