第47話 OJT(実地研修)と、世界の「底」にあるもの
「いいか、新人ども! 現場は『段取り八分』じゃ! 安全第一で動け!」 「「「は、はいぃぃッ!!」」」
地下帝国の最深部、拡張工事エリア。 葛城総理(現場監督モード)の怒号が飛び交う中、元・魔王軍四天王たちは、血と汗と泥にまみれていた。
「クソッ、なんで俺様が土木工事なんて……!」 炎のイグニスが悪態をつきながらも、指先から精密な火炎放射を放ち、鉄骨を瞬時に溶接していく。
「文句を言うなイグニス! 作業が遅れると昼飯の弁当が『のり弁』になるぞ!」 水の四天王アクアが、高圧水流カッターで岩盤を綺麗に切断しながら叫ぶ。
「チッ……。この俺の風魔法を、粉塵除去に使うとはな」 風の四天王がため息をつきつつ、トンネル内の換気を完璧にコントロールしている。
「……ふん。悪くない地盤だ」 土の四天王に至っては、もはや魔法を使わず、素手で岩を砕きながら楽しそうに整地していた。
彼らは不満タラタラだが、そのスペックは異常に高い。 本来、勇者パーティを苦しめるはずの強大な魔力が、ここでは「超高効率な重機」として機能していた。
◇
「ほう。進捗は順調のようだな」
視察に訪れたのは、ヘルメットを被ったアーサーたち《食卓の騎士》と、私だった。
「ゲッ、社畜騎士団……!」 イグニスが嫌な顔をする。
アーサーは手にしたバインダー(工程表)を見ながら、冷徹な目で現場を見渡した。
「溶接の継ぎ目が甘い。やり直しだ」 「なっ!?」 「ガラハッド、安全帯の使用状況を確認しろ。コンプライアンス違反があれば即刻報告だ」 「了解。……おい、そこの水色。ヘルメットの顎紐が緩んでいるぞ。死にたいのか?」
「う、うるせぇ! 細かいことグチグチと……!」 「細かいことではない。――現場での不注意は、即ち『死』だ」
アーサーの声色が、急に低くなる。 彼の胸ポケットには、あのネクタイがしまわれている。 トリスタンという犠牲を出した彼らにとって、「安全管理」は冗談ではなく、血の滲むような教訓なのだ。
その迫力に押され、イグニスたちは舌打ちしながらも顎紐を締め直した。
「……意外ね」 私は隣にいた葛城総理に話しかける。 「彼ら、もっと反発するかと思いましたけど」
「カカカ。魔族というのは単純での。今まで『破壊』しか教わってこなかった奴らに、『創造』の喜びと、働いた後の飯の美味さを教えれば、意外とハマるもんじゃよ」
総理はニカっと笑い、しかしすぐに鋭い目つきになった。
「それにの、嬢ちゃん。……掘り当てたぞ」
「え?」
「お主らが探している『システムの外側』への入り口じゃ」
総理が指差したのは、四天王たちが掘り進めているトンネルの最奥。 土の四天王が、困惑したように手を止めている場所だった。
私たちはそこへ向かう。 岩盤が崩されたその先に、奇妙な壁が露出していた。
それは岩ではない。金属でもない。 黒く、光を吸い込むような質感。そして表面には、微かに緑色の文字列が流れている。
《Error: Texture Not Found / Sector 99》
「……これは」 私が壁に触れようとすると、指先がビリビリと痺れた。
「おい、なんだこれ? 俺の『岩石溶解パンチ』が通じねえぞ」 土の四天王が首をかしげる。
その時だった。 アーサーの胸ポケットに入っていたネクタイが、淡い光を放ち始めた。
「係長……? ネクタイが、熱を帯びています」 「……共鳴しているのか?」
アーサーがネクタイを取り出し、黒い壁に近づける。 すると、壁に流れる緑色の文字が激しく明滅し、ノイズ混じりの音声が周囲に漏れ出した。
『……ザザッ……警告……ここハ……廃棄……データノ……墓場……』
「トリスタンの……声?」 ランスロットが息を呑む。
私は確信した。 第26話でトリスタンが消された時の現象。あれは「完全消去」ではなかった。 PCのファイルをごみ箱に入れるように、この世界のシステムは、不要になったデータやバグ要素を、地下深くのこの領域(セクタ99)に隔離・投棄しているのだ。
「……葛城総理」 私は振り返った。
「ここ、ただの地下帝国じゃありませんね?」
総理は箒を杖代わりにして、静かに頷いた。
「ああ。ここは、この世界の『ゴミ箱』じゃ。地上の運営共が捨てた、バグ、エラー、そしてお主らの友人のような『不都合な真実』が吹き溜まる場所」
だからこそ、四天王もここへ落ちてきたのだ。彼らもまた、敗北して「用済み」になったデータだから。
「……道は繋がったわ」
私は黒い壁を見据える。 この壁の向こうに、トリスタンのデータがある。そして、この世界を管理する「神(運営)」へのバックドア(裏口)があるかもしれない。
「イグニス、アクア、ウィンド、アース!」 私は現場監督の声で叫んだ。
「あ? なんだよ急に」
「あなたたち、魔王軍をクビになった恨み、晴らしたくないですか?」
四天王たちが顔を見合わせる。
「この壁をぶち抜けば、あなたたちを捨てた『上の連中』の喉元に届きます。……残業手当は弾むわよ?」
その言葉に、イグニスの目に怪しい光が宿った。 ブラック企業(魔王軍)への未練などない。今の彼らは、プライドを傷つけられた荒くれ者の労働者だ。
「……へっ。面白いじゃねえか」 イグニスがヘルメットのツバを上げた。
「おい野郎ども! 休憩終わりだ! この『わけのわからん壁』をブチ壊すぞ!!」 「「「おう!!」」」
四天王の魔力が一気に膨れ上がる。 食卓の騎士たちも、アタッシュケースを開き、戦闘(業務)モードへと移行する。
「我々も加勢する。……トリスタンを迎えに行くぞ」 アーサーがネクタイを腕に巻き付けた。
地下深く、世界の底。 かつて敵対していた勇者パーティと魔王軍幹部が、今、ひとつの「巨大な壁」に向かって、ツルハシと剣を振り上げた。
『警告。不正なアクセスを検知――』




