第46話 朝食バイキングの修羅場と、触れてはいけない「欠員」
地下帝国ホテル「ルートイン」の朝食会場。 かつて死闘を繰り広げた(一方的に食材扱いされた)勇者パーティと魔王軍四天王が、バイキング形式の料理を挟んで対峙していた。
「……ふん。よく見れば、どいつもこいつも貧相な顔をしおって」
作業着姿の炎の四天王イグニスが、トレイに大盛りの焼きそばを乗せながら鼻を鳴らした。 対する騎士王アーサーは、冷静にスクランブルエッグを取り分けながら、眼鏡の奥で鋭い光を放つ。
「君たちこそ、その作業着がよく似合っているよ。昨日は**『調理補助』として優秀な働きだったが、今日は『土木作業員』**か。潰しが効くようで何よりだ」
「なっ……!?」 「てめぇ、まだ言うかそれを!」
「事実だろう? 君の炎はステーキを焼くのに最適だったし、そっちの水野郎は冷やし中華のシメに丁度よかった。――我々にとって、君たちは**『便利な道具』**以外の何物でもない」
アーサーの強烈な皮肉(事実陳列罪)に、四天王たちの額に青筋が浮かぶ。 一触即発の空気。 しかし、イグニスはふと何かを訝しむように、騎士たちのテーブルを見回した。
「……ん? 待ちやがれ」
イグニスが箸で騎士たちを指差して数え始めた。
「眼鏡のリーダー(アーサー)、チャラい営業、堅物メガネ(ガラハッド)……。おい、一人足りねえぞ?」
その言葉に、騎士たちの動きがピタリと止まる。
「あの死んだ魚のような目をした魔法使い……トリスタンとか言ったか? あいつがいねえな」
四天王たちがニヤニヤと笑い始めた。
「ハッ、そういえば昨日も姿が見えなかったな。……まさか、**『消えた』**のか?」
風の四天王が、口元を歪めてノンデリ(無神経)な発言を投下する。
「あいつ、見るからに虚弱そうだったしなぁ。過労でくたばったか? それとも、戦力外通告にでもなって置いていかれたか?」 「ギャハハ! 違いない! 所詮は人間、ここに来るまでのダンジョンで野垂れ死んだんだろ! 弱い奴から消える、それが運命ってやつだ!」
「「「ギャハハハハハ!!」」」
下品な笑い声がレストランに響く。 彼らは気づいていない。 その瞬間、レストランの気温が氷点下まで下がったことに。
「…………取り消せ」
地を這うような低い声。 アーサーが手にしていたトングが、ミシミシと音を立てて歪んだ。
「あ?」
「今、我らが友を……『野垂れ死んだ』と笑ったか?」
ゆらり、と。 アーサー、ランスロット、ガラハッドの三人が立ち上がった。 その背後から立ち昇るのは、昨日の戦闘時とは比較にならない、ドス黒く濁った殺意の波動。
「トリスタンは……我々の進捗管理を守るため、その身を削って後方支援を続けてくれた!」 「彼の『納期厳守バフ』がなければ、我々はとっくに破綻していた! 彼は今、激務の反動で**部屋で泥のように眠っている(チャージ中)**だけだッ!!」 「それを……ブラック労働の苦しみも知らん貴様らごときが、軽々しく侮辱していい男ではないッ!!」
「ひっ……!?」
四天王たちの笑いが凍りついた。 目の前の騎士たちが、ネクタイを外し、アタッシュケース(凶器)を構える。それは「業務」ではなく、完全な「私闘」の構えだった。
「地獄へ送ってやる……トリスタンへの詫び状を書いてからなッ!!」 「総員、コンプライアンス解除! 殲滅するぞ!!」
「う、うわぁぁぁ!? 冗談だろ!? 目がマジだ!!」
イグニスたちが後ずさる。冗談抜きで殺される、そう直感した瞬間――。
カチャン。
硬質な陶器の音が、怒号を切り裂いた。
「――お座りなさい」
その場にいた全員の動きが、強制的に停止させられた。 テーブルの中央。 優雅に紅茶を飲んでいたコーデリアが、カップを置き、静かに微笑んでいた。 ただし、その目は一切笑っていない。
「コ、コーデリア様……しかし、こやつらがトリスタンを……!」 アーサーが血走った目で訴える。
「気持ちは分かります、アーサーさん。仲間の悪口を言われて怒るのは当然です」
彼女はゆっくりと立ち上がり、騎士たちの肩に手を置いた。
「でも、見てください」
彼女が指差したのは、アーサーの手元にある皿だった。
「そんなに興奮して揺らしたら……せっかくの『半熟スクランブルエッグ』が、こぼれてしまいますよ?」
「ッ……!?」
アーサーがハッとして手元を見る。 黄金色の卵が、皿の縁からこぼれ落ちる寸前でプルプルと震えていた。
「あ……危ない……! ホテルの朝食の主役を、床にぶちまけるところだった……!」 「なんてことだ……。怒りに我を忘れ、食べ物を粗末にするところでした……」
騎士たちの殺気が、急速に霧散していく。 彼らにとって「食事への冒涜」は、仲への侮辱と同じくらい重い罪なのだ。
コーデリアは満足げに頷き、今度は震え上がっている四天王たちに向き直った。
「それから、あなたたちも」
「ひっ、はい!」
「人の生死や不在を笑うような冗談は、感心しませんね。……もし次、私の大切なお客様を不快にさせるようなことを言ったら」
コーデリアは、テーブルナイフを指先で弄びながら、甘い声で告げた。
「葛城総理に言って、**『トイレ掃除永久担当』**に配置転換してもらいますからね?」
「「「そ、それだけは勘弁してくださいィィィッ!!」」」
四天王たちは涙目で土下座した。 彼らにとって、今の現場(配管清掃)よりも更にキツい部署への左遷は、死よりも恐ろしい宣告だったのだ。
「分かればよろしい。さあ、冷めないうちに食べましょう」
「は、はい……」 「いただきます……」




