第44話:その契約は、悪魔との合併(M&A)に等しい
「さて、単刀直入に言おう」
葛城総理が、湯呑みをコトリと置いた。 その音だけが、広い司令室に響き渡る。 先ほどまでの学級崩壊のような騒ぎは嘘のように消え、幹部たちの纏う空気が、鋭利な刃物のように変質していた。
「我々《裏国家》に入れ。そして、君の持つ『管理者権限の鍵』と『聖獣』、そして『ウイルス・ライオネル』の全データを我々に譲渡せよ」
総理の瞳は、笑っていない。 それは好々爺の目ではなく、一国の、いや世界の命運を背負う最高責任者(CEO)の目だった。
「対価として、君たちの身の安全は保障する。カミを倒した暁には、君たちが望む『スローライフ』ができるよう、世界を再設計してやってもいい」
それは、あまりに魅力的な提案だった。 もう戦わなくていい。逃げなくていい。 だが、私の《社畜センサー》が、警報を鳴らしている。 これは「保護」ではない。「吸収合併」だ。 全ての主導権を渡し、生殺与奪の権を握られる。
「……お断りします」
私が即答すると、幹部たちの空気が一変した。 殺気ではない。もっと重い、概念的な圧力が私を襲う。
執事服のサキョウが、静かに一歩進み出た。
「愚かな。我々の戦力を理解していないのですか? ここにいる幹部は、カミに対抗するために選抜された、概念武装を持つスペシャリストたちですよ」
サキョウが冷ややかな視線を向ける。 その背後に控える6人の幹部たち――ゼクス、エルモ、ルミ、スカーレット、ネット、ミナ&マナ――からも、尋常ではないプレッシャーが放たれている。 彼ら一人ひとりが、単騎で国を落とせるレベルの化け物だということは、肌感覚で理解できた。
「我々と敵対して、生き残れるとでも?」
「……壮観ですね」
私は冷や汗を流しながらも、口元に不敵な笑みを浮かべた。 ここで引けば、ただの駒として使い潰されるだけだ。
「ですが、総理。これは『脅し』ですか? それとも『商談』ですか?」
私は総理の目を真っ直ぐに見据えた。
「もし脅しなら、私は今ここで鍵を破壊し、聖獣リュカを自爆させます。あなた方の切り札である『管理者権限へのアクセス権』は永遠に失われる」
「ほう……?」
「ですが、商談なら――対等なパートナーシップ(業務提携)をご提案します」
私は虚空にウィンドウを開き、自分の要求を提示した。
【提案:対等同盟】
データの譲渡は拒否する。鍵とライオネルの所有権は私が保持する。
戦力の選抜。最前線に向かうのは、私を含めた《精鋭4名》のみとする。
残りの仲間の保護。私の部下(社畜騎士団)、ドワーフなどは、この地下都市で保護し、生活を保障すること。
「……なんだと?」
サキョウが眉をひそめる。
「戦力を絞る? 全員でかかった方が勝率は高いはずですが」
「いいえ。多すぎる人員は、ステルス任務(潜入)においてはリスク(負債)にしかなりません」
私は、かつての大規模プロジェクト失敗の教訓を語った。
「船頭多くして船山に登る。特にカミとの戦いは、物理的な数ではなく『権限』と『概念』の戦いです。連れて行くのは、以下の4名のみ」
私は指を立てた。
① コーデリア(私): 「管理者権限の鍵を持ち、コード改変が可能な唯一のエンジニア」
② ライオネル(指輪): 「今回の作戦の要。ウイルスとしてシステム深部へ侵入する鍵」
③ リュカ(聖獣): 「システム守護者としての防御壁。物理・概念攻撃の無効化担当」
④ アーサー(騎士代表): 「物理的な盾兼、雑務処理。……あとの騎士たちは、ここで待機させます。彼らが人質(保険)になれば、あなた方も私が裏切らないと安心できるでしょう?」
理路整然としたプレゼン。 自分の価値を最大限にアピールしつつ、相手の懸念点(裏切りリスク)もケアする。 そして何より、「弱い仲間たちを安全な場所に逃がす」という真の目的を、合理的な理由で包み隠す。
沈黙が流れる。 幹部たちが顔を見合わせる中、葛城総理が膝を叩いて爆笑した。
「カッカッカ! 痛快じゃ!」
総理は身を乗り出した。
「気に入った。ただの小娘かと思ったが、腹の中にタヌキを飼っておるな。……よかろう。その条件、飲もうじゃないか」
「閣下! よろしいのですか!?」
サキョウが慌てるが、総理は手を挙げた。
「今の我々に必要なのは、従順な兵隊ではない。カミの想定外を引き起こす『ジョーカー』じゃ。……彼女の采配、信じてみようではないか」
総理は私に右手を差し出した。
「交渉成立じゃ、コーデリア代表」
「ありがとうございます、葛城総理」
私はその手をしっかりと握り返した。 握手した瞬間、背後の幹部たちの「敵対的な影」が霧散し、頼もしい(けれど油断ならない)仲間としての顔に戻った。
「さて、契約は結ばれた」
執事のサキョウが、厳かに告げた。
「我々裏国家は、あなたの仲間を命に代えても守り抜きます。……その代わり、あなたは必ずカミの首を獲ってきなさい」
「ええ。納期厳守で納品してみせます」
こうして、私は最強にして最悪の組織と手を組んだ。 残された仲間たち――騎士団やドワーフたちをこの地下都市に残し、私たちは決戦の地へ向かう選抜メンバーを編成する。
だが、私はまだ気づいていなかった。 この幹部たちが持つ「力」の真の意味と、彼らがかつて何を裏切ってここに来たのかという、悲しい過去を。




