第43話:その幹部会は、学級崩壊している
葛城総理の案内で、私たちは黒いビルの最上階へと通された。 エレベーターの扉が開くと、そこには壁を取り払った広大なフロアが広がっていた。 最新鋭のサーバー機器、積み上げられた資料、そして壁一面のモニター。 そこは、まさに《対・神戦争》の司令室だった。
「……遅かったじゃないか、出戻りの負け犬ども」
フロアの中央にある円卓に、5人の男女が待ち構えていた。 彼らこそ、裏国家を統べる**《五人の幹部》**たちだ。
「あらあら、ずいぶんとボロボロねぇ。ガラハッド一人に手も足も出なかったの? 『最強のエージェント』の名が泣くわね」
最初に口を開いたのは、深紅のスーツを着た派手な美女。煙管をふかしながら、ゼクスたちを小馬鹿にした視線でなめ回す。
「プッ、ざまぁないですね。リソースの無駄遣いですよ、君たちは」
その隣で、パーカーのフードを被り、眼鏡を光らせたオタク風の男が、キーボードを叩きながら鼻で笑った。
「キャハハ! 泣いて逃げ帰ってきたの?」 「オムツ変えてもらえばー?」
さらに、ゴスロリ衣装を着た双子の少女たちが、空中に浮かびながら煽り散らす。
「……やれやれ」
最後に、黒い執事服を着た長身の男が、呆れたように額を押さえていた。
「お前たち、総理とお客様の御前だぞ。少しは慎みたまえ」
執事服の男が嗜めるが、誰も聞く耳を持たない。 典型的な学級崩壊の図だ。 私は頭痛を覚えながら、隣のゼクスたちを見た。 彼らは――笑っていた。
「~♪ 手厳しい歓迎だねぇ、スカーレット」
エルモが流れるような動きで、美女幹部・スカーレットの背後に回り込んだ。
「でも、勘違いしないでほしいな。僕たちが本気を出せなかったのは……呪いのせいだからさ」
エルモは彼女の頬を、人差し指でツン、と突っついた。 その指先には、不可視の魔力が込められているのか、スカーレットが「ひゃうっ!?」と可愛らしい悲鳴を上げて飛び上がった。
「な、何をするのよこの糸目!」 「愛のスキンシップさ。肌が荒れてるよ?」
その横で、オタク風幹部がさらに毒づく。
「言い訳乙。呪い込みで計算できないとか、能無し(低スペック)の証明でしょ」
「……口が過ぎるぞ、ネット」
ゼクスが静かに歩み寄る。 彼は、ずっと顔を隠していた異端審問官のバイザーに手をかけ――ガシュッ、と取り外した。
バサァッ……。
バイザーの下から溢れ出したのは、流れるような銀の長髪と、陶器のように白い肌を持つ、絶世の美女の素顔だった。
「……えっ?」
私が驚く間もなく、ゼクス(女)は冷徹な無表情のまま、オタク幹部・ネットの股間を、ガシッ!! と鷲掴みにした。
「ヒッ……!?」
「男の急所というのは、システム防御が薄いな。……ここを潰されたくなければ、その減らず口を閉じろ」
「あ、あがががが……! ギブ! ギブですゼクスさんんん!!」
白装束の聖職者(しかも美女)が、男の股間を万力のような握力で締め上げる。 その装いからは想像もできない暴挙に、フロアが凍りついた。 ゼクスは平然と「汚いものを触った」という顔で手を離し、ハンカチで指を拭いた。
「……さて」
今度はルミの番だ。 双子の幹部が、ルミの周りを飛び回りながら囃し立てる。
「だーれだ? お前だーれだ?」 「記憶喪失なんでしょー? バッカじゃなーい?」
ルミは、虚ろな瞳で双子を見上げた。
「……だれ?」
「あはは! 自分の名前もわかんないのー?」
「ううん。……あなたたちが、だれ?」
ルミは首を傾げながら、すれ違いざまに双子のドレスのポケットへ、目にも止まらぬ速さで「何か」を滑り込ませた。 それは、道中の沼地で捕獲した、ヌルヌルの巨大ウシガエル。
「……?」
双子がポケットの違和感に気づき、手を突っ込む。
「ギャァァァァァァァッ!! カエルぅぅぅぅ!!」 「気持ち悪ぅぅぅい!!」
泣き叫んで逃げ回る双子。 ルミは「?」という顔で、私の後ろに隠れた。
「……おねえちゃん。あの子たち、うるさいね」
「……そうね(ルミ最強説……)」
カオス。 あまりにもカオスすぎる。 これのどこが、人類最後の希望たる組織なのか。
「……お前たち、いい加減にしろッ!!」
ついに、執事服の男が激昂した。 彼は素早く全員の間に割って入り、乱れた空気を整えると、葛城総理に向かって直角に最敬礼した。
「申し訳ございません、閣下! 部下の躾が行き届かず……! このサキョウ、責任を持って後ほど全員説教部屋へ叩き込みます!」
「カッカッカ! まあよい、まあよい」
葛城総理は、箒を壁に立てかけ、楽しそうに笑い飛ばした。
「若いというのはいいことじゃ。活気があってよろしい」
総理は私の方を向き、愉快な動物園を見るような目で言った。
「紹介しよう、コーデリア嬢。 ご覧の通り、一癖も二癖もある連中じゃが……腕だけは立つ」
総理が指差す。
スカーレット(美女):諜報・工作担当。
ネット(オタク):情報解析・ハッキング担当。
ミナ&マナ(双子):双子共鳴魔法・広域殲滅担当。
サキョウ(執事):組織運営・総理の補佐。
「そして、ゼクス、エルモ、ルミ。……彼らを含めた8名が、この裏国家の最高戦力じゃ」
総理の瞳が、鋭く光った。
「さて、本題に入ろうか。……君が持ってきたその『指輪』と、我々の持つ『情報』。これを組み合わせれば、カミの喉元に届くかもしれん」
空気、一変。 愉快な連中の顔つきが、一瞬で歴戦の戦士のそれに変わった。 股間を押さえていたネットですら、眼鏡の位置を直して真剣な表情になる。
「始めようか。……作戦会議を」
私は唾を飲み込んだ。 ここからが、本当の反撃だ。




