第40話:その権限(パワー)は、愛すらも却下(リジェクト)する
「おおおおおおっ!!」
ライオネルの咆哮が、無機質なサーバー室を震わせた。 彼の全身から噴き出す青い閃光は、単なる魔力ではない。 システムが定義した「限界値」を、彼の意思が無理やり突破しようとする際のエラー光だ。
「消えろ、ガラハッドォォッ!!」
ライオネルが踏み込む。 その速度はテレポートに近い。 半透明の魔剣が、空間ごとガラハッドを両断すべく振り下ろされた。
キィィィィィン!!
甲高い音が響き、衝撃波が周囲のサーバーラックをなぎ倒す。 ゼクスたちが腕で顔を覆い、私もコンソールにしがみついて耐える。
土煙が晴れる。 そこで私たちが目にしたのは――絶望だった。
「……素晴らしい出力です」
ガラハッドは、一歩も動いていなかった。 彼は、ライオネルの渾身の一撃を、左手の人差し指一本で受け止めていたのだ。 剣先と指の間には、薄い、しかし絶対に破壊できない「金色の膜」が展開されている。
「ですが、所詮はバグ。正規の管理者の前では、その抵抗も処理落ち(ラグ)の一瞬に過ぎません」
「な……ッ!?」
ライオネルが愕然とする。 腕に力を込めるが、剣は岩に突き刺さったように微動だにしない。
「アクセス拒否(Access Denied)。……あなたの攻撃権限を剥奪します」
ガラハッドが指を軽く弾いた。
パァァァン!!
ただそれだけの動作で、ライオネルの魔剣が粉々に砕け散った。 さらに、不可視の衝撃がライオネルの腹部を直撃する。
「がはっ……!!」
ライオネルが吹き飛ばされ、壁に激突する。 その体は、激突の衝撃でさらに薄くなり、向こう側の景色が完全に見えるほどに希薄化してしまった。
「ライオネルさん!!」
「コーデリア……逃げ……ろ……」
彼は床に這いつくばりながらも私を見ようとするが、首を持ち上げる力すらない。
「無駄ですよ。この空間において、私は絶対的なルールそのものなのです」
ガラハッドが眼鏡の位置を直し、冷徹に歩み寄る。
「裏国家の皆様も、ご苦労様でした。ですが、呪い持ちの旧世代ユニットでは、最新のセキュリティには傷一つつけられません」
ゼクス、エルモ、ルミの3人も、呪いの激痛に耐えながら立ち上がろうとするが、ガラハッドの威圧の前に膝を屈していた。 圧倒的すぎる。 これが《カミ》の力。 努力や根性、愛や絆といった不確定要素を、冷酷な数値だけでねじ伏せる絶対的な暴力。
「さて、掃除の時間です」
ガラハッドが右手を掲げる。 天井に巨大な魔法陣――いや、**《削除コマンドのプロンプト》**が展開される。 その照準は、動けなくなったライオネルと、コンソールの前にいる私に向けられていた。
「バグ・ライオネル。及び、不正アクセス者コーデリア。……あなた方を、この世界から永久にパージします」
「……っ!」
私は唇を噛み締め、背後のモニターを振り返った。 解析率は98%。あと少し。あと数秒あれば、メインシステムへの接続が確立する。 だが、その数秒が永遠に遠い。
「さようなら、元・上司」
ガラハッドの手が振り下ろされる。 黒い閃光が放たれた。
「――させないよ!」
その時。 私の懐から、あの**《デバッグルームの鍵》**が勝手に飛び出した。 鍵は空中で回転し、まばゆい光を放って展開する。
【System Intervention: Backdoor Open】
鍵が形を変え、ひとつの巨大な「盾」となって、ガラハッドの黒い閃光を受け止めた。
ズドォォォォォン!!
「なっ……!? その鍵は……!」
ガラハッドが初めて動揺を見せる。 盾の陰から、聞き覚えのある、生意気で懐かしい声が響いた。
『――ったく、世話が焼ける先輩だな! ギリギリだぞ!』
空間が裂け、そこから眼帯をした青年――**タナカ(仮)**が、ノイズまみれの姿で飛び出してきた。
「タナカ!?」
「ようチーフ! 助っ人に来てやったぜ! ……と言いたいところだが!」
タナカは冷や汗を流しながら、展開した盾を支えていた。 その盾には、すでに亀裂が入っている。
「こいつ(ガラハッド)、俺の予想より権限レベルが高い! 正面からやり合ったら俺たち全員消し飛ぶぞ!」
「じゃあどうするのよ!」
「逃げるんだ! メインコンソールへの接続は諦めろ! 今すぐ『緊急ログアウト』用のゲートを開く!」
タナカが指を鳴らすと、私の足元に黒い穴が開いた。
「ライオネルを連れて飛び込め! どこの座標に出るかわからねぇが、ここにいるよりマシだ!」
「で、でも……!」
私は倒れているライオネルさんを見た。 彼はもう、光の粒子になりかけている。動かすだけで崩壊してしまうかもしれない。
「迷ってる暇はねえ! ガラハッドの次弾が来るぞ!」
ガラハッドが再び手を掲げている。今度はさっきの倍の出力だ。 私は決断した。 勝てない。今はまだ、絶対に勝てない。
「……ゼクス! エルモ! ルミ! ライオネルさんをお願い!」
私は叫んだ。 3人は顔を見合わせ、即座に動いた。 ゼクスの《断》がライオネルを拘束していた重力を切り、ルミの《影》が彼を優しく包み込み、エルモの《歌》が彼を私の元へ弾き飛ばす。
「受け取れ、チーフ!」
飛んできたライオネルさんを、私は抱きしめた。 ほとんど重さがない。
「……逃がしませんよ」
ガラハッドが無慈悲に光を放つ。 タナカの盾が砕け散る。
「飛べぇぇぇぇッ!!」
タナカの絶叫と共に、私はライオネルさんを抱えて黒い穴へと身を投げた。 視界が暗転する直前、ガラハッドの冷たい瞳と、崩れ落ちるサーバー室の映像が焼き付いた。
――私たちは敗北した。 最強の管理者の前に、手も足も出ずに。




