第35話:その移動手段は、コンプライアンス的にグレーです
「……まずいわ。このペースじゃ間に合わない」
装甲馬車《マイホーム号》を暴走させながら、私は舌打ちをした。 助手席で地図を広げるアーサーも、青ざめた顔で計算をしている。
「チーフ。拠点まで最短ルートを通っても、あと12時間はかかります。……ライオネル様のマナ崩壊速度から算出すると、到着前に『足』と『声』が消滅します」
後部座席を見る。 ライオネルさんはシートにぐったりと横たわっていた。 彼の右腕はすでに完全に透明化し、左足の膝下も透け始めている。 それでも彼は、私を不安にさせまいと、気丈に微笑んでみせた。
「……平気だ。まだ、君の顔は見えている」
「強がらないでください。……こうなったら、手段を選んでいられないわね」
私は馬車の窓を開け、外の景色――荒野を並走している**《ある群れ》**に目をつけた。
それは、ダチョウと恐竜を足して2で割ったような魔獣、**《マッハ・ランナー》**の大群だった。 時速80キロで荒野を駆け抜ける、天然の暴走族だ。
「アーサー。馬車を乗り捨てるわよ」
「は? ……まさか、あの鳥に乗る気ですか!? 野生のマッハ・ランナーは気性が荒く、人が近づけば蹴り殺され……」
「ええ。だから**『交渉』**するのよ。……貴方たちが」
私は懐から、輝くミスリルのワイヤーを取り出した。 そして、邪悪な笑み(ヴィラン・スマイル)を浮かべた。
「総員、車外へ展開! 私がリーダー鳥を捕獲するまで、残りの鳥を足止めしなさい!」
「あ、足止めってどうやって!?」
「根性で止めなさい。社畜の耐久力を見せる時よ!」
「「「「そんなぁぁぁぁ!!」」」」
◇
数分後。 荒野には、地獄のような、しかしどこか笑える光景が広がっていた。
「ひぃぃっ! 来るな! 突っ込んでくるなァァ!」 「止めろ! 稟議書(物理)を通すんだァァ!」
銀色の鎧を着た騎士たちが、時速80キロで突進してくる巨大鳥の前に、決死のタックルをかましている。 鳥たちは「なんだこいつら?」という顔で、騎士たちを次々と撥ね飛ばしていくが、ドーピング済みの騎士たちはゴムまりのように弾み、すぐに立ち上がってまたタックルする。
ボヨヨンッ! ドガァッ!
「痛ってぇ! でも死なねぇ!」 「骨が折れた音がしたけど、3秒で治ったぞ!?」
不死身のゾンビ集団と化した社畜騎士たちが、鳥の群れの進路を無理やり塞ぐ。 その絵面は、巨大ボウリングのピンに自らなりにいく人間たちのようだった。
その混乱の隙を突き、私は群れの先頭を走るボス鳥の背中に、華麗に飛び乗った。
「ギャオッ!?(なんだ貴様!?)」
ボス鳥が暴れる。 しかし、私はその首にミスリルワイヤーを巻き付け、耳元で冷徹に囁いた。
「騒ぐんじゃないわよ、焼き鳥」
私の背後には、どす黒いオーラ(悪役令嬢の威圧+管理者権限の余波)が立ち上っている。
「選択肢をあげる。 A:私に従って死ぬ気で走る。 B:今すぐこの場で解体されて、今夜のフライドチキンになる」
私はナイフを取り出し、ボス鳥の喉元に突きつけた。
「さあ、どっち(Which)?」
「……クルックゥ(Aでお願いします)」
ボス鳥が涙目で敬礼(のような仕草)をした。 野生の誇りが、食欲という暴力の前に屈した瞬間だった。
◇
「よし、全員乗れぇぇぇ!!」
私の号令で、ボロボロになった騎士たちが、それぞれの鳥に飛び乗る。 ライオネルさんは、私が乗るボス鳥の背中へ、優しく引き上げた。 彼は透明になりかけた手で私の腰を掴み、驚いたように呟いた。
「……コーデリア。君は、時々すごく……男前だな」
「惚れ直しました?」
「ああ。……正直、少し引くくらい逞しいが、そんな君だから好きなんだ」
「減らず口は元気な証拠ね。……行けェッ!!」
私は手綱を振るった。 ボス鳥が絶叫しながら加速する。
ドドドドドドドドッ!!
荒野を爆走する鳥の群れ。 その背には、必死にしがみつくスーツ鎧の男たちと、優雅に髪をなびかせる悪役令嬢。 そして、私の後ろで青白く透けかけている公爵。
真剣な逃避行のはずなのに、傍から見れば**「ダチョウに乗った暴走族の集会」**にしか見えない。
「係長ぉぉ! 振り落とされますぅぅ!」 「歯を食いしばれ! これは通勤ラッシュ(満員電車)よりマシだァァ!」
騎士たちが悲鳴を上げながら、それでも隊列を組んでいる。 私は前を見据えた。
「見えたわ! 《死の森》よ!」
地平線の彼方に、鬱蒼とした森の影が見えてきた。 拠点まであと少し。 しかし、ライオネルさんの右肩までが、すでに透明になり始めていた。
「……急いで。お願い」
私はボス鳥の首を撫でる(フリをして急所を押さえる)。
「もっと速く。心臓が破裂するギリギリまで出しなさい」
「ピギィィィッ!!(ブラック企業だぁぁ!!)」
鳥たちの絶叫が、荒野に木霊する。 なりふり構わぬ悪役令嬢の暴走特急が、森へと突入していく。




