第33話:神々の遊び(デバッグ)は、あまりに無慈悲で
『――排除対象ヲ確認。セキュリティレベル・クリムゾン』
塔の壁面が割れ、そこから這い出してきたのは、無数の黒いケーブルと機械のアームが融合した、醜悪な守護者だった。 その巨大な単眼がギョロリと動き、私たちをロックオンする。
「来るぞ! 総員、防御陣形!」
アーサーが叫ぶが、遅い。 ガーディアンのアームが、音速を超えて薙ぎ払われた。
「ぐあっ!?」
ライオネルさんが片手で剣を振るうが、半透明になった右手の力が弱く、弾き飛ばされる。 私も魔法障壁を展開するが、敵の質量が大きすぎて支えきれない。 全滅か――そう思った瞬間だった。
3人の「容疑者」たちが、同時に動いた。
◇
【容疑者A:異端審問官・ゼクスの場合】
「邪魔だ、ガラクタ風情が」
ゼクスは槍を捨て、素手でガーディアンの前に進み出た。 彼は空中に浮かぶ赤い警告ウィンドウを、まるで物理的な物体のように手で掴み、握り潰した。
「――権限行使。識別コード:Z-001。命令する」
ゼクスの瞳が、バイザーの奥で深紅に発光した。
「《ひれ伏せ(Shutdown)》」
ズガァァァン!!
彼の言葉一つで、巨大なガーディアンが目に見えない重力に押しつぶされたように、床にめり込んだ。 魔法ではない。システムの根幹にある「命令権」による強制停止だ。
「な……?」
私は絶句した。 「識別コードZ-001」? 「001」ということは、彼はこの世界の最初の登録者、つまり――?
ゼクスは冷ややかに私を一瞥した。
「勘違いするな。私はただ、掃除のために『鍵』を借りているだけだ」
その言い訳は、あまりに苦しい。 あの権限レベルは、GMクラスのものだ。
◇
【容疑者C:記憶喪失の少女・ルミの場合】
「うふふ。おじちゃん、乱暴だなぁ」
床にめり込んだガーディアンが、再起動しようと火花を散らす。 その頭上に、ルミがふわりと飛び乗った。
彼女は無邪気に笑いながら、ガーディアンの鋼鉄の装甲を、まるで粘土のように指先で捏ね始めた。
「痛いのはかわいそう。だからね……**『書き換えて(Rewrite)』**あげる」
ルミがポン、と手を叩く。
ボフッ。
次の瞬間、凶悪な機械の守護者が、大量の**「白い花」**に変化して弾け飛んだ。 鉄の塊が、一瞬で植物データに置換されたのだ。
「え……?」
アーサーたちが腰を抜かす。 破壊でも削除でもない。「定義の変更」。 敵を花に変えるなんて、創造主の気まぐれ以外の何物でもない。
ルミは花びらの中でクルクルと回り、銀色の瞳で私を見つめた。
「ねえ、おねえちゃん。綺麗な世界になったでしょ?」
その無垢な笑顔は、背筋が凍るほどに「人間離れ」していた。 善悪の概念がない。ただ、思い通りに世界を塗り替える全能感だけがある。
◇
【容疑者B:吟遊詩人・エルモの場合】
ゼクスの重力制御と、ルミの現実改変。 二つの強大な力が衝突し、塔そのものが悲鳴を上げ始めた。 天井が崩れ、巨大な瓦礫が私たちの頭上に降り注ぐ。
「きゃあっ!?」 「しまっ……間に合わん!」
ライオネルさんが私を庇おうとするが、瓦礫の量が多すぎる。 もはやこれまで――。
「~♪ はい、カーット」
軽い声と共に、リュートの音が**ジャン!**と響いた。
その瞬間。 世界が停止した。 落ちてくる瓦礫も、舞い散る花びらも、爆発の煙も。すべてが映像の一時停止のように空中で静止した。
動けるのは、吟遊詩人エルモただ一人。
「やれやれ。役者が勝手にアドリブを入れすぎだよ。これじゃあシナリオが台無しだ」
エルモは止まった時間の中を悠々と歩き、空中の瓦礫を指でツンツンと突いて、軌道を少しだけずらした。 そして、私の耳元で囁いた。
「大丈夫。まだ君の出番は終わらせないよ。……僕が観測している限りはね」
エルモが再び指を鳴らす。
「――アクション」
時間が動き出した。 ズドドドドッ! 瓦礫は私たちのギリギリ横をすり抜け、誰も傷つけることなく地面に突き刺さった。 あり得ない確率。ご都合主義の極み。 それはまるで、誰かが**「脚本を書き直した」**かのような奇跡だった。
◇
静寂が戻る。 残されたのは、花に変わった敵の残骸と、無傷の私たち。 そして、互いに牽制し合う3人の怪物たち。
私は震える足で立ち上がり、彼らを交互に見た。
「……嘘でしょ」
私は乾いた笑い声を漏らすしかなかった。 犯人捜し? バカバカしい。 ここには「カミサマ」級の化け物が3人もいる。 この中の誰が黒幕でもおかしくないし、あるいは……全員がグルという可能性だってある。
「さあ、第一関門は突破だ」
エルモが何事もなかったかのようにリュートを構えた。
「行こうか、愛しき主人公たち。この塔の最上階に、答えの一部があるはずさ」
3人の怪物が、私を促す。 私はライオネルさんの半透明な手を握りしめた。 この手だけが、私の唯一の現実。
「……ええ、行ってやるわよ」
私は覚悟を決めた。 神々がサイコロを振るなら、私はその盤面ごとひっくり返してやる。
最上階への階段が、地獄への入り口のように口を開けていた。




