第23話:新人研修は、地獄のデスマーチから始まる
決起集会の翌朝。 死の森に、私の冷徹な声が響き渡った。
「――おはようございます。これより、対運営プロジェクトの《キックオフ・ミーティング》を行います」
庭に整列したのは、元部下である《食卓の騎士》の4名。 そして、オブザーバーとして参加するライオネル公爵と、足元で欠伸をしている聖獣リュカ。
アーサーが一歩前に出て、ビシッと敬礼した。
「チーフ! 我々の装備は万全です! 何から始めますか? いきなり敵本拠地へのハッキング(突撃)ですか?」
「寝言は寝てから言いなさい」
私は冷たく切り捨て、一枚の羊皮紙を彼らに突きつけた。
「あなたたちのレベル(スペック)じゃ、運営の放つ高レベル・バグモンスター相手に3秒で即死します。まずは基礎体力の向上と、この拠点の要塞化。これが《フェーズ1》です」
「よ、要塞化……ですか?」
「ええ。30日後のアップデートで、世界は殺し合いの場になる。ならば、ここは最後の安全地帯にならなければならない」
私は背後のログハウスと、広大な畑を指差した。
「具体的には、この敷地周囲に《対・概念干渉防壁》を構築します。物理攻撃だけでなく、システム的な削除命令すら弾く絶対防御の壁です」
「そ、そんなものが作れるのですか?」
「材料はあります。……北の《鉄こぶの山》からミスリル鉱石を10トン。南の《嘆きの沼》から吸魔の泥をトラック5台分。これを今日中に調達してきなさい」
騎士たちの顔が引きつった。 ミスリル10トン? トラック(馬車)5台分? それを、今日中に?
「む、無理です! 移動だけで日が暮れます!」 「労働基準法(物理)を無視しすぎです!」
泣き言を言う彼らに、私はニッコリと笑い、大鍋から怪しげな紫色に発光する液体をカップに注いだ。
「安心してください。ここに特製ドリンク《無限活力・マックス》があります。これを飲めば、24時間は疲労を感じず、筋肉痛も即座に修復されますよ」
「「「「ヒィッ……!!」」」」
それは前世で私たちが常飲していた栄養ドリンクの成分を、異世界の錬金術で最悪の方向に濃縮還元した《合法ドーピング薬》だった。
「飲むの? 飲まないの? 世界、救いたくないんですか?」
「の、飲みますぅぅぅ!!」
涙目でドリンクを煽る騎士たち。 次の瞬間、彼らの全身から凄まじい湯気が噴き出し、目がカッと見開かれた。
「力が……みなぎる……! 残業の味がするッ!!」
「よし、行ってこい! ノルマ未達は許しませんよ!」
「「「「イエス・マム!!」」」」
彼らは残像を残して森の彼方へ消えていった。
◇
「……鬼だな、君は」
一部始終を見ていたライオネルさんが、少し引いている。 私は真顔で振り返った。
「鬼にならないと、守れないものがあるんです。……ライオネルさんには、別の仕事をお願いします」
「なんだ? 私もその怪しい水を飲んで岩を運ぶのか?」
「いいえ。あなたは、剣の腕を磨いてください。……ただし、普通の剣術ではありません」
私はポケットから、先日手に入れた《デバッグルームの鍵》を取り出した。
「この鍵の力を使って、ライオネルさんの武器に《管理者権限の一部》を付与します。これにより、敵のパラメータを無視してダメージを与える《固定ダメージ攻撃》が可能になるはずです」
「……よくわからんが、強くなれるのか?」
「ええ。ただし、副作用として魂への負荷がかかります。……耐えられますか?」
ライオネルさんは私の手を取り、その鍵ごと強く握りしめた。
「君が望むなら、魂ごとき幾らでも削ろう。……私は、君の剣であり盾だ」
その瞳に迷いはない。 胸が痛む。彼が《ウイルス》だという真実を知っているのは、私だけだ。 力を与えることは、彼の崩壊を早めることになるかもしれない。 それでも――戦うしかない。
「……お願いします」
その時だった。 空の色が変わった。 美しい青空が、ノイズが走ったように一瞬だけ《赤黒い色》に明滅した。
「グルルッ!!」
リュカが空に向かって吠える。 森の奥から、鳥たちが一斉に飛び立った。いや、逃げ出したのだ。
「来たわね……」
《アップデートの予兆》。 森の木々の隙間から、通常の魔物とは明らかに違う、目が赤く発光し、身体の一部が欠損した《バグ・ウルフ》の群れが現れた。 その数、およそ50体。
「新人研修にしては、少しハードルが高かったかしら?」




