表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過労死転生した最強悪役令嬢、追放されチートで聖獣とスローライフしてたら冷徹公爵に溺愛された件  作者: 限界まで足掻いた人生
第1章:虚構の箱庭 編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/86

第19話:絶品海鮮丼は、通信ラグの彼方に

「海だーっ!!」


私の歓声が、潮風に乗って響き渡った。 ここは東の港町ポルト・マリーナ。 活気ある魚市場、飛び交うカモメ、そして何より――新鮮な魚介類の宝庫として知られる美食の都だ。


「ライオネルさん! 見てください、あの磯の香り! あそこには絶対に極上のウニとイクラが待っていますよ!」


「ははは。元気だな、コーデリア。移動の疲れも見せずに」


馬車から降りたライオネルさんが、目を細めて私を見守る。 その足元では、リュカが初めて見る「カニ」に対して、へっぴり腰で「ガウッ(なんだこいつ)」と威嚇していた。


「さあ、まずは市場の食堂へ行きましょう! 『幻のトロマグロ丼』を食べるまでは帰れません!」


私は意気揚々と港へ向かった。 しかし。 市場に近づくにつれて、私の足は止まった。


「……静かすぎる」


活気があるはずの市場は、お通夜のように静まり返っていた。 漁師たちが網を抱えて、港の縁石に座り込み、うなだれている。 そして何より異常なのは、海そのものだった。


ザザ……ン。 ……ザザ……ン。


波の音が、変だ。 一定のリズムで打ち寄せているが、その動きが不自然にカクカクしている。 まるで、通信環境の悪い動画を見ているようだ。


「おい、あれを見ろ」


ライオネルさんが指差した先。 一隻の漁船が、沖へ向かって出港しようとしていた。


ブォォォォ……(汽笛)


船が波を切り、港から数十メートルほど進む。 と、その瞬間。


ヒュンッ。


船が「瞬間移動」して、元の桟橋に戻った。


「……は?」


私は目を擦った。 船長が「またかよぉぉ!」と叫びながら、再び船を出す。 進む。ヒュンッ。戻る。 進む。ヒュンッ。戻る。


「……ゴムバンド現象ラバーバンディングだわ」


私は頭を抱えた。 これはオンラインゲームでよくある、通信ラグが酷すぎてキャラクターの位置情報がサーバーと同期できず、数秒前の位置に引き戻される現象だ。 この海域、回線が腐っている。


「なんだあの魔術は? 空間転移か?」


「いいえ、ライオネルさん。あれは『世界が重すぎて動けない』状態です」


私は漁師の親父さんに声をかけた。


「すみません。今日は漁に出られないんですか?」


「ああ、見ての通りだ嬢ちゃん。3日前からこのザマだ。沖に出ようとしても、見えないゴムに引っ張られるみたいに戻されちまう。これじゃあ魚一匹捕れねぇよ……」


親父さんが深いため息をつく。


「新鮮な魚が入らねぇから、食堂も全部休業だ。……このままじゃ、この町は干上がっちまう」


ガーン。 私の頭に雷が落ちた。 食堂休業? トロマグロ丼お預け? そんなことが許されてたまるか。


「……許せない」


私はギリリと奥歯を噛み締めた。 私の食欲を邪魔するバグは、万死に値する。


「ライオネルさん。原因ボトルネックを特定して排除します」


「おお、やる気だな! だが、どうやって?」


「このラグの原因は、十中八九、この海域のデータ処理能力を超えた『何か』が居座っているせいです。……例えば、無駄に高解像度すぎる巨大生物とか」


私は桟橋の先端に立ち、海面に向かって《解析ピング》の魔術を放った。


『Ping送信……タイムアウト。パケットロス率98%』


「酷い回線環境ね。……ん? 反応あり!」


海底深く、港の入り口付近に、とてつもなく重いデータ反応があった。 私はライオネルさんに指示を飛ばす。


「そこにいます! ライオネルさん、私が海を割りますから、その底にいる『重たいヤツ』を引きずり出してください!」


「海を割る!? 相変わらず無茶を言う!」


「今日の夕飯、干物だけでいいんですか!?」


「……行くぞリュカ! 我々の晩餐を取り戻すのだ!」


「ワフッ!!」


ライオネルさんがリュカの背に飛び乗る。 私は両手を広げ、最大出力の魔力を練り上げた。 SEの怒りを知れ。


「――管理者権限行使。対象領域の水を一時退避(mv /ocean /tmp)!!」


ズゴゴゴゴゴゴゴ……!!


港の海水が、まるでモーゼの十戒のように左右に割れた。 現れた海底。そこでビチビチと跳ねていたのは、伝説の怪物クラーケン――ではなく。


全身が虹色に発光し、無数の触手から大量の「0」と「1」の数字を垂れ流している、巨大な《エラー・オクトパス》だった。


「なんだあれは!? 目がチカチカするぞ!」


「やっぱり! 無駄にエフェクトが派手すぎて処理落ちしてるのよ! ライオネルさん、やっちゃってください!」


「承知! 必殺、断空剣!」


ライオネルさんの剣が閃く。 しかし、タコはヌルヌルと動き、さらに自分の周囲に《高負荷処理の墨》を吐き出した。 その墨に触れた瞬間、ライオネルさんの動きがスローモーションになる。


「ぬぉぉ……体が……重……い……」


「ああっ! フレームレートが下がってる! このままじゃフリーズしちゃう!」


私は舌打ちをした。 物理攻撃だと、近づいただけで処理落ちに巻き込まれる。 なら、遠距離から「軽量化」するしかない。


「リュカ! あのタコに向かって《氷のブレス》! 凍らせて解像度を下げるのよ!」


「ガウッ!」


リュカが極寒の息吹を吐き出す。 カチコチに凍りついたタコは、虹色の発光が止まり、ただの「氷のオブジェ(低ポリゴン)」になった。


「今です! ライオネルさん!」


「……動ける! せいりゃあああっ!!」


ラグから解放されたライオネルさんの一撃が、氷のタコを粉砕した。 パリンッ! という軽快な音と共に、タコは光の粒子となって消滅。 その場には、キラリと光る金属片――《鍵の欠片B》が落ちていた。


「ふぅ……。回線復旧、完了です」


私が海を元に戻すと、停滞していた波がザザーンと勢いよく打ち寄せた。 沖へ出ていた船も、スムーズに進み始める。


「すげぇ……! 治ったぞ! これで漁に行ける!」 「ありがとう魔女様! いや、女神様!」


漁師たちが歓声を上げて駆け寄ってくる。 私はニッコリ笑って、彼らに告げた。


「お礼は結構です。その代わり……一番脂の乗ったマグロを、今すぐ私の目の前に持ってきてください」


数時間後。 私たち一行は、山盛りの海鮮丼を前に、涙を流して舌鼓を打つのだった。


「美味い……! ラグのない世界で食べる刺身は最高だ……!」


世界を救う旅は、順調に(胃袋を満たしながら)続いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ