第16話:孤高のグルメ
王都、王城の謁見の間。 普段は堅苦しい空気が流れるこの場所に、今日は芳醇な香りが漂っていた。
「陛下。これが、北の地で発見された奇跡の霊酒でございます」
商人カルロが、恭しくボトルを差し出した。 玉座に座るのは、この国の国王陛下。威厳ある髭を蓄えているが、無類の酒好きとして知られている。 陛下はグラスに注がれた透明な液体を光にかざし、ゴクリと喉を鳴らした。
「ふむ。見た目はただの水だが……香りが違うな。どれ」
陛下がグラスを口に運ぶ。 一口、煽った瞬間。
カッ!!
陛下の目が大きく見開かれた。 時が止まる。 BGMが消え、陛下の脳内だけに、軽快なハードボイルド調の音楽が流れ始めた。
(……うん。これだ。こういうのでいいんだよ、こういうので)
陛下は心の中で独りごちた。
(喉を通った瞬間、ガツンと来る衝撃。まるで食道が溶鉱炉になったようだ……。だが、嫌な感じじゃない。芋の甘みと香りが、鼻腔を抜けて脳天を直撃する)
陛下はグラスを置き、ボトルを見つめる。
(アルコール度数40%……。いいじゃないか。この凶暴な数値。迎え撃つ私の肝臓も、武者震いしている)
彼は二口目を飲み、ほう、と息を吐いた。
(うおォン! 俺はまるで人間火力発電所だ!)
陛下は無言のまま、猛烈な勢いでグラスを空にし、カルロに「おかわり」のジェスチャーをした。 周囲の側近たちが「へ、陛下? 無言の圧がすごいですぞ?」とざわめくが、彼の耳には届かない。彼は今、孤独なグルメ(ドランカー)として、酒との対話に没頭しているのだから。
「……美味い」
長い沈黙の後、陛下が重々しく口を開いた。
「余は感動した。これほどの酒、王都の職人では作れまい。カルロよ、これを作ったのは何者だ?」
カルロが冷や汗を流しながら答える。
「は、はい! それが……北の『死の森』に住む、ある女性でして……」
「死の森? あそこには魔女が住むと聞くが……」
陛下は髭を撫で、ニヤリと笑った。
「面白い。その生産者、余が直々に礼を言いたい。……お忍び(インコグニート)の準備をせよ!」
「へ!? へ、陛下が直接ですか!?」
「うむ。美味い酒と肴があるなら、どこへでも行く。それが余の流儀だ」
こうして、国一番の権力者が、国一番のトラブルメーカー(のんべえ)として、私の家へ向かうことになってしまった。
◇
一方、その頃。 私の家では、自動農業ゴーレムの試作機が暴走していた。
「あーっ! ストップ! それは雑草じゃなくて薬草!」
【コマンド確認:全テヲ、刈り取ル】
「違う違う! 条件分岐(if文)が間違ってるのよ!」
私が慌ててゴーレムの背中の停止ボタンを押そうとしている横で、ライオネルさんが優雅にお茶を飲んでいた。
「平和だな」
「どこがですか! 手伝ってください!」
「すまない。だが、君が作ったゴーレムの動きが、あまりに前衛的で……」
ライオネルさんが笑った瞬間、私の鼻がむず痒くなった。
「……くしゅんっ!」
「おや、風邪か?」
「いえ……なんだか、ものすごく嫌な予感(寒気)がしただけです」
私は身震いした。 この悪寒は、納期直前に「仕様を全部ひっくり返したい」と言い出すクライアントが現れた時の感覚に似ている。 あるいは、上司が「飲みに行こう」と誘ってくる金曜日の夕方のような……。
「……まさかね」




