ゼッキビ
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「これでいいのか?」
バルカスが持ってきたのは、甘味の植物であるゼッキビの苗床だった。ヤンが伝信鳥で帝都から仕入れてもらい、呼び寄せた。苗床は300本。なるべく品質がいい物の特徴を書いて揃えさせた。
「……ありがとう、いい感じよ」
「しかし、ゼッキビの品種改良なんてそんなに簡単にできるのか?」
ヤンはゼッキビの苗床を眺めながら首を横に振る。本来、品種改良は熟練の農家が数十世代も試行錯誤を経て行うものだ。ヤンに農務司で従事していたノウハウがあるとは言え、決して簡単なことではない。
しかし、それは魔力を使わない場合だ。
ヤンはゼッキビに魔力を込めて、強引に変異させる。すると、ゼッキビは即座により青く変色した。そして、そのゼッキビから甘味を取り出してバルカスになめさせる。
「どう?」
「ぺっ……なんじゃこりゃ! 苦みが大量に増したぞ!」
よほど不味かったのか、バルカスは即座に吐き出した。ヤンは懲りずに、もう1つの苗床に魔力を込め始める。すると、次は薄い緑に変色する。そして、甘味を取り出し、バルカスになめさせる。
「……苦みは減ったが、甘みも減ったな」
ヤンは、一つ一つの色と変化店を記録し、異なる種類の魔力を込めて次々と異なる色へと返却させていく。これが、ヤン流の品種改良だった。まずは、バルカスにどのゼッキビの味が帝都に受けるのかを探ってもらわなければいけない。
味の好みというのは、千差万別である。しかし、階層、民族、などで層別していけば、ある程度固まってくるものだ。そこから狙っている階層にウケれば、キチッと利益を確保していける。
「なるほどな……で、どの層を選ぶんだ?」
「天空宮殿の上級貴族層。できれば、皇族層がいいと思っているの」
「はぁ!? そんなの無理じゃねぇか?」
バルカスは、しかし、ヤンの瞳には迷いがない。
「味って言うのは、覚えていくものなのよ。高級品がこの味なんだと植え付けることができれば、貴族はステータス向上のためにドンドンそれを求めていくものよ」
貴族は見栄と建前で生きている。仮に皇族が美味しいといえば、不味いもの美味しいと言わざるを得ない。
「私たちの優位性は、イルナス様がいることよ。あの方は皇族が美味しいと感じる舌をすり込まれている。必然的に、あの方の好みに合う味を探せば、ゼッキビは間違いなく上級貴族からウケる」
苦いものや辛いものは歳によって、好みも分かれてくれるが、甘い物は幼い頃から好みが変わらないものだ。そして、皇室はどのような料理が美味しく感じるのかという食育の教育を取り入れているため、個人差による好みも少ない。
味のスタンダードを決めるのは、あくまで皇族であり、以下の上位貴族はそれに従っているだけだ。実際にゼッキビが人気なのは、皇帝陛下レイバースの大好物だからだ。彼がそれを追い求めているうちは、ゼッキビの値段は上がり続けるに違いない。
「でも、どうやって渡すんだ?」
「それは、天空宮殿にいるツテに考えてもらう。バルカスは、味の種類を全てチェックして、その中で不味くはないものをピックアップして。そこからイルナス様に選んでもらう」
うまいものだと、バルカスの主観が入る。珍味などは例外として除くが、不味いものは、大抵誰が食べても不味い。
「しかし、魔力で変異させたものを掛け合わせて、本当に同じゼッキビの苗床ができるのか?」
「できる。それは、天空宮殿内で実際に証明したの。正直、時間もお金もかなり掛かったから、あの場でできて非常に助かった。私は因子と呼んでいるけど、植物は魔力を注ぐことによって因子の変異が簡単なの」
ヤンの説明にちんぷんかんぷんのバルカスだったが、気にせずに続けることにした。
「味が決まれば、余った苗床に、追加した苗床を全て変異させる。そして、希望者にゼッキビを無償で渡して栽培をさせる」
「せ、せっかく変異させた苗床をタダで渡すのか?」
商売人のバルカスは目を見張りながら尋ねるが、ヤンはキッパリと頷く。むしろ、ここからの方が大変なのだ。この新しい土地でゼッキビの栽培が可能なように農家を指導していかなければいけない。
そして、彼らの力も借りて、どれくらいの水で、どれくらいの収穫時期で、どれくらいの肥料をあげれば意よいのか。土の種類はどうなのか。ゼッキビが病気にならないためにはどうすればいいのか。
むしろ、ヤンにとって難しいのは維持・管理をすることなのだという。
こちらの目的は品種改良したゼッキビを、スヴァン領の特産にすることである。それをするのは、ゼッキビの苗床をこのような形で簡単に入手させないことが重要だ。
あくまで製造方法は秘匿として、甘味だけを取り出して売る。今のように、ゼッキビをそのまま売るようなうかつな真似は絶対にしないようにする。
ヤンは自信を持って計画を説明した。




