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          *


「ここがスヴァン領ですかー。いい所ですねー」


 関所を無事に通過した後、ヤンは景色を眺めながらつぶやいた。帝都を出てから、馬でひたすら西へ向かった。さすがに町は危険だったので、小さな村を転々として食料を分けてもらったり、泊めてもらったりした。


「やはり、イルナス様の誘拐はそこまで公になっていないようですね。ここから、ゼ・マン候の城はかなり近いです。急ぎましょう」

「……ゼ・マン候に受け入れてもらえるだろうか?」

「難しいでしょうね」


 イルナスの問いかけにヤンはキッパリと答えた。なんとか安心してもらいたいが、どうせすぐにわかることだ。スヴァン領でイルナスを保護することはほとんど不可能に近いだろう。それは、領地の力関係が圧倒的に低いからだ。


「なんせ、バガ・ドがスヴァン領出身者の出世頭ですからね。天空宮殿の官僚にもほとんど食い込めていないので、中央の影響力はほとんどないんです」


 スヴァン領の格は、46ある領地の中でも下から3番目である。黄色肌のゼグサン民族が多く暮らしているが、50年前に起きた争乱で負け派閥についたスヴァン領は財も武力もこころもとない。


 気候は温暖で、平地も多い。鉱脈もあるとされているが、未だ魔石が出た試しはない。海に面しているが貿易はしていない。潜在的な能力はあるが、真面目に領地経営をやる気がないというのが正直な印象だ。


「だから、正直言って、スーがゼ・マン候を頼れと言った時、私はビックリしたんですよ。イルナス様はその方の人柄はお詳しいですが?」

「……いや、挨拶で何回か話したことはあると思うがよくは知らないな」

「……」


 ますますよくわからないなと、ヤンは思った。ヘーゼンがなぜ彼を頼れと言ったのか。あの人望がないスーが、ゼ・マン候と良好な関係を築いているとは思わないし、そもそも側近であった自分が気づかないのだから、そんなわけがない。


 確かにゼ・マン候は派閥的にどこにも属してはいない。だが、派閥に誘われれば喜んで飛びつく危険も十分にありそうだ。どうせならば、イルナスの母であるヴァナルナースの血縁を頼った方がいいように思うのだが。

 まあ、あの人のことだから、何かよからぬことでも考えているだろうとヤンは思う。


「最初から保護目的ではありませんからね。平民として生活する前提で匿って頂けるだけ、よしとしましょうよ……っと、見えてきましたよ」


 そう言ってヤンが指す。そこは、城と言うよりは大きな砦だった。ここらは情勢が安定しているので、若干不自然な気はした。

 もしかしたら、治安があまり良くないのだろうか。衛兵にイルナスのことを告げると、すでに情報が行き渡っていたらしく、すぐに取り次いでくれた。


「ヤン、僕はどのような態度をとればいい?」

「皇子として、謁見をこなした方がよいでしょう。その前に、ゼ・マン候が臣下の儀礼をすると思いますので、あまり悩まれなくてもいいと思います」


 イルナスの価値は皇子であること。そして、皇太子に内定されたことだ。ゼ・マン候がイルナスを受け入れた意図は間違いなくそれにあると言っていい。

 であるならば、将来的に彼を祭りあげるために彼は進んでへりくだった態度をとるはずだ。


 謁見の間に通されると、すでにゼ・マン候は玉座に座っていた。50歳前後だろうか、老人ではあるが、気力に満ちあふれている。

 どことなく、バガ・ドにも似ていて、ゼグサン民族の特徴なのだろうかとヤンは少し面白かった。


「イルナス皇子殿下、ようこそいらして頂きました。3度ほど挨拶させて頂きましたが、あらためて。皇帝陛下よりスヴァン領を任せて頂いているゼ・マンでございます。どうぞ、お見知りおきを」

「……このたびは、大義であった」


 ゼ・マン候は玉座を譲り、片膝をついてお辞儀する。イルナスは、ゆっくりと玉座の間に座り、威厳を込めて言い放つ。

 やはり、綺麗な服を着ると完全に皇子のオーラが出ている。そして、可愛いとヤンは思った。

 それから、数回世間話の応酬を行い、ゼ・マン候が言いにくそうにきりだす。


「……さて、今後の相談をさせて頂きたいのですが、よろしいですか?」

「それは、側近である私、ヤンが承ります。まず、ゼ・マン候に準備して頂きたいのは、平民籍と住居です」


 ヤンが先んじて要望すると、ゼ・マン候はホッとしたような表情を浮かべる。恐らく、皇子であるイルナスに『平民に墜ちろ』とは言いにくかったに違いない。

 なかなか気質の穏やかな老人であることがわかりホッとした。


「かしこまりました。名前などはどうされますか?」

「同じでよいでしょう。同性同名など星の数ほどいます。しかし、できる限り田舎の方が良いですね」


 さすがに、皇太子の立場になっていれば、平民でも気づく者はいるかもしれない。しかし、皇族の一人の名前など気にする平民はどこにもいない。


「では、スヴァン領の西部に位置するコシャ村などどうでしょうか? あそこは気温も割と高く過ごしやすいですし、村の人々も温和な気質の者が多いです。何より、私の故郷でもありますし」

「……イルナス様、どうされますか?」


 と聞くと、童子は考えることなく頷いた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] はてさて、これで落ち着けるのかな?(ニヤニヤ)
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