皇位継承権第2位 エヴィルダース
皇太子内定。エヴィルダースはこの時を待ち望んでいた。日々、権謀を駆使し派閥の頂点へと君臨し、武芸や魔法の修練を絶え間なく行った。前回の真鍮の儀式で皇位継承候補第一位となったので、もう一度トップを取れば誰も異を唱える者はいない。
「エルヴィダース皇太子殿下、ご機嫌麗しく存じます。本日は、真鍮の儀式を執り行うために、内定順位をお伝えしたいのですがよろしいでしょうか?」
「わかった」
星読み兼家庭教師のシャバールの言葉に、エヴィルダースは満足げに頷いた。やっとこいつら星読みどもから解放される。次期皇太子を選ぶ権限があるからと、何かと意見する彼らに辟易としていた。
自分が皇太子となれば、もうシャバールなどには用はない。敬意を払う必要もなければ、礼を尽くす必要もない。
「内定順位は秘匿事項です。エヴィルダース皇子殿下の他に準備頂く2人を決めなければいけませんが、選定頂けますか?」
「……では、婚約者のマリンフォーゼと母様を」
エヴィルダースはそう答えて、もてなしの準備を始める。特に母親であり正室でもあるレセナプスは労ってやらなくてはいけないと思った。
ああ、あのイルナスも遊んでやらねばいけないな。
婚約者を奪ってやったときの情けない顔は見ていて爽快だった。
正室である母親が、皇帝の寵愛を受けていないという事実は苦痛そのものだった。あのヴァナルナースという身分の低い側室が、常に母親がいるはずの席にいるのが、耐えられなかった。
しかし、今回も皇太子となれば、もう大きな顔はさせない。
もう命のカウントダウンをしておけとでも言っておくか。皇帝が死ねば、ヴァナルナースに未来はない。その日中に牢獄に入れて、イルナスなど一生飼い殺しの玩具として使ってやる。いや、互いに別々の牢獄に入れて飼ってやるか。
そんな妄想をしている間に二人がやってきた。
「っと、来てくれたな。今日は祝いだ。我が皇太子となる瞬間をそなたと母様で祝いたいのだ」
「それは、嬉しいですわ」
マリンフォーゼは頬を赤らめて頷く。エヴィルダースは満足げに彼女の頬をなでる。彼は婚約者である彼女を本当に気に入っていた。
あのイルナスには過ぎた存在だと心の底から思った。
「……では、発表させて頂きます」
「少し趣向を凝らそう、シャバール。我の順位は最下位か?」
エヴィルダースは聞く前に、質問した。
「……いいえ」
「エヴィルダース皇太子殿下。そんなことあるわけないじゃないですか」
「そうか……あの席は最下位が大好きなイルナスの指定席だったな」
「フフフ……」
嘲るようなエヴィルダースの笑いに、マリンフォーゼは呼応する。今頃、イルナスは絶望に泣き暮れているだろうか。それを想像するだけで幸せだった。
「では……7位かい? 6位かい? それとも5位? 4位?」
「……いいえ」
エヴィルダースはニヤリと笑った。そんなことはあるわけない。自分ほどの実力があれば、移ろいやすい順位とは言えど、3位以外などあり得ない。
「そうか。それならば、3位かい?」
「……いいえ」
ジャバールの答えを聞いて、エヴィルダースは満足そうに頷く。もはや、確定。皇位継承候補第2位のベルクトールは、最近一つ失態を犯している。もはや、自分の順位が2位であるはずがない。その可能性はあり得ない。
「なら、もう2位と1位しか残ってないな。マリンフォーゼ、発表と同時にシャンパンを開けてくれないか?」
「はい、もちろんでございます」
マリンフォーゼは、シャンパンのコルク栓を抜く準備を始める。
「さてジャバール……我は……1位なんだろう?」
「……いいえ」
「……えっ」
ポン
シャンパンのコルクが吹き飛ぶ音だけが空しく響いた。
そして、コルク栓は地面へと落ちる。
そ一斉に沈黙が拡がった。マリンフォーゼも、レセナプスも呆然としているが、何よりエヴィルダースが呆然としていた。言っている意味が、まったくわからなかった。1位じゃないと言うことは、いったいどういうことなのだろうか。
「あの……ジャバール。1位じゃない……と聞こえたが?」
「……ええ、そう言いました」
「1位……では、ないのか?」
「はい」
「本当か?」
「ええ」
「だとすれば……いや、でもジャバール。冗談だろう?」
「エヴィルダース皇太子殿下……冗談ではありません」
「いや、冗談だ。ベルクトールが2位で我は1位。そうでなければあり得ない……ありえないのだ!」
「……エヴィルダース皇太子殿下。いえ、エヴィルダース皇子殿下」
「ふざけるなー―――――――――! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!」
そんなエルヴィナースの発狂を無視して。ジャバールは無機質な表情を浮かべながら宣言した。
「あなたがこのノルマンド帝国の皇位継承権2位です……エヴィルダース皇子殿下」




