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さよなら愚かな婚約者様。私は愛する少女と幸せになります  作者: 花房いちご


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番外編三 ある侍女のひとりごと 中編

 私は寝台の上を転がった。


「リリさんは嫌だ~!勝てないよ~!無理だよ~!」


「ラヴェンナさん、さっきから何を唸ってるんですか?というか、私と手合わせでもしたいんです?」


「無理~!リリさんと手合わせしたら私なんて死んじゃいますよ~!……って、ええ!?リリさん!?」


 振り向くと、本当にリリさんが居た。寝台の脇に立ってこちらを見下ろしている。

 私は反射的に立ち上がり背筋を伸ばした。

 どうして?鍵はかけたはずなのに。


「ど、どうして私の部屋に?」


「ラヴェンナさんの独り言が大き過ぎたせいです。ノックしても気づかないし、ずっと私の名前を呼んでいるとかなんとかで、周りに泣きつかれた侍女長がマスターキーで鍵を開けて私を放り込んだんです」


「ああぁ!申し訳ございません!ご迷惑をおかけしました!」


「だから声が大きいですって。で、どうして私の名前をぶつぶつ呟いてたんですか?」


「そ、それはちょっと言えな……」


「言いなさい。これだけ周りに迷惑をかけておいて、黙秘するだなんて許しませんよ」


 あ。リリさん本気で怒っている時の目だ。いつだったか、不審者の腕を捻り上げて折った時と同じだ。

 リリさんは鏡台の前にある椅子を運んで座り、私に目線だけで『床に座りなさい』と命じた。


「……はい。説明します」


 私は大人しく床に座り、リリさんの取り調べを受けて洗いざらい吐いたのだった。

 ザックスさんに片想いしていることから、リリさんとシルビアーナお嬢様との関係を疑っていることまで赤裸々に。


 話終わると、リリさんの深いため息が響いた。


「前から思っていましたが、ラヴェンナさんは考えすぎて暴走したり、肝心なことを見落としがちですね」


「仰る通りです……」


 私は落ち込んだ。粗忽すぎる。リリさんほどではなくても冷静で優秀になりたいのに。

 二年経っても私は役立たずのまま。


「まあ、そこが良い所でもありますけどね」


「え?」


「ラヴェンナさんは、自分の頭で物を考えたり調べたりできる人です。行動力もありますし、やる事がとにかく早い。いつも頼りにしていますよ」


 まさか、そんな風に思ってもらえてたなんて。目頭が熱くなった。

 リリさんは困ったような顔をして、寝台に座らせてくれた。そのまま二人並んで座る。


「ラヴェンナさん、グレイ様とちゃんと話した方がいいですよ。想いは伝えてこそです」


「あ、でも、私なん……」


 私なんて。と、言おうとしてザックスさんの顔が浮かぶ。


「……はい。明日、ザックスさんとお話します」


 リリさんは日向に咲く花のように笑った。本当に綺麗な方だなあ。


「よかった。感慨深いですね。私たちは昔から、お二人を応援していますから」


「え?私たち?昔から?」


 リリさんは黄金色の瞳を悪戯に細めた。


「私と私の恋人です。ラヴェンナさんったら、とってもわかりやすいんですもの」


「こ、恋人って、それって」


 やっぱりシルビアーナお嬢様のことかしら?リリさんは意味深に笑うだけだ。


「明日は頑張ってください。なんだか他人事じゃない気分ですし。私も言葉が足りなくて、恋人を嫉妬させてしまったり、不安にさせてしまったりしたものです。……はっきり言うよう向こうにも言っておきましたし」


「ええ!?完璧侍女のリリさんでもそんな事があるんですか!?」


 前半が衝撃的すぎて、小声の後半が聞こえなかった。


「完璧侍女って何?……ええ、まあ、私も人間ですからね。好きな人の前では必死ですし、失敗もしますよ」


「ええ~?想像できませんよぉ。どんな事があったんですか?教えて下さい」


 リリさんは圧のある笑みを浮かべた。


「ラヴェンナさん、まずは両隣に謝るべきでは?」


「はい!行ってきます!」


「だから声が大きいですって」


 周囲に騒いだことを謝罪してから、遅くまで恋の話をしたのだった。

 相手のどこが好きだとか、喧嘩したときの原因だとか、どんな思い出があるのだとか。最終的には、今回私が調べた周囲の恋愛事情も話した。

 もちろん口止めした人の事は内緒だけど、結構な情報量になった。みんな、婚約者や恋人自慢がしたくてたまらなかったみたい。


 例えば、侍女仲間のティアナさんだ。

 彼女の恋人は、大きな商会の跡取りで、とても優しくてティアナさんを大事にしてくれるのだそう。

『でも嫉妬深いのよ。会えない日は何をしていたかしつこく聞いてくるの』と、幸せそうに愚痴っていた。いいなあ。


「へえ、あの商会の跡取りね……。それにしても、寡黙なティアナさんが良くそこまで話してくれましたね」


「え?ティアナさんは、話好きですよ?」


「……なるほど。ラヴェンナさんの前ではそうなのですね」


 どう言うことなのだろう?リリさんはにっこり笑う。


「ラヴェンナさんが聞き上手で話しやすいので、いろいろと打ち明けてしまうのでしょう。私には出来ないことです」


 だったら嬉しいし、自信もつくなあ。そんな風に思った。



 ◆◆◆◆◆



 翌日は休日だ。

 ザックスさんも同じで、二人で日用品を買いに行く約束をしている。

 待ち合わせ場所は正門の外。私はとっておきの、濃い灰色の生地にラベンダー色の花模様のワンピースを着ている。濃い灰色はザックスさんの髪に近い色。ラベンダー色は私の瞳の色だ。

 そして、金茶色の髪はオニキスをあしらった髪飾りでまとめた。もちろん、ザックスさんの黒い瞳を意識している。

 あからさま過ぎて恥ずかしいけど、昨夜リリさんに『形から入るのも大事ですよ!人間の感情や意識は自分の見た目や立場に倣うものですから!……まあ、良くも悪くもですがね』と、背中を押してもらったから何とか袖を通せた。

 朝挨拶した侍女仲間たちはなんだか生温かい笑顔だったし、偶然会ったドック様はニヤニヤしたし、門番さんたちは何か微笑ましそうだったけど、自分では似合ってると思う。


 でもやっぱり着替えようかな?


 そんな風に悩んでいると、声をかけられた。


「ラヴェンナ嬢、お待たせ……」


「ザックスさん!おはようございます!」


 ザックスさんだ。今日も素敵!笑顔が爽やか!

 服装もさりげなく洒落ている。生成色のシャツに焦茶色のズボン。濃い灰色のマントを、大きな紫色の宝石が付いたブローチで留めている。

 うっとり見つめていると、ザックスさんが目を見開いて固まっているのに気づく。


「……ザックスさん?」


「あっ!ああ、おはよう。……すまない。君があまりにも綺麗でびっくりした」


「ま、またあ!ザックスさんたら褒め上手なんだから!嬉しいですけど!」


「本心だよ。君は綺麗で素敵だ」


「っ!」


 嬉しい。ザックスさんは、いつも沢山褒めてくれる。

 でも、女性を褒めるのは貴族の嗜みだから本気にしないようにしなきゃ。これは社交辞令。他の方のこともこうやって褒めて……。


「ザックスさんが綺麗って言うのは、私だけならいいのに。……っ!」


 本音が出たと気づいた時には遅かった。慌てて口を押さえた手に、大きな手が重なる。

 ザックスさんが、近い。


「俺が、心から綺麗だと思うのは君だけだよ」


 見上げたザックスさんの顔が赤い。耳まで真っ赤だ。そして緊張しているのか、手が震えている。

 ああ、この人は心からそう思ってくれているのだと、素直に信じられた。


「ラヴェンナ嬢、俺は君が好きだ。どうか俺と結婚して欲しい」


「はい」


 何も考えずに返事をした。

 いつも間にかいたドック様と門番さんたちが『恋人も婚約も通り越していきなりプロポーズ!?』と、言っていたらしいけど聞こえなかった。


 結局、この日は買い出しどころでは無くなったのでした。



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