クリスティアンの誤算と当惑
(なぜだ?どうしてこうなった?)
王族の居住空間にある部屋の一つに、廃王子クリスティアンは転がされていた。両脇は騎士が固めており逃れられそうもない。
(これはどういう状況だ?なぜ誰も助けに来ない?)
ここはおそらく謁見室の一つなのだろう。
豪奢なソファには父親である国王ライゼリアンと、机をはさんで対面に婚約者シルビアーナと……クリスティアンの最愛であるローズメロウが、シルビアーナにべったりと引っ付いて座っていた。
しかも、ローズメロウはクリスティアンを見もしない。
(なぜロージーはあの【悪役令嬢】の側に?はっ!さては脅迫して従わせているのだな!なんと卑劣な!……まあいい。
先程は何故か来なかったが、もう直ぐ来るはずだ。そのはず……)
ぐるぐると考え込むクリスティアンに、国王が冷ややかに述べる。
「元第二側妃ティアーレとガーデニア公爵一派は、全て殺すか拘束した」
(は?)
ティアーレはクリスティアンの母親である第二側妃の名、ガーデニア公爵はその父親の名だ。クリスティアンの最も強力な後ろ盾二人である。
ドッと冷や汗が出る。体が震える。
(ま、まさか気づかれていたのか?)
「もう一度言う。謀叛を企てた元第二側妃とガーデニア公爵とその一派は、一族郎党ことごとく殺すか拘束した。王城に潜んでいた者も、それ以外もだ。
だから誰も助けに来なかったのだ。残念だったな。愚かな元息子よ。どんな気分だ?
……ああ、それでは話せないな。外してやれ」
国王は冷ややかに述べ、近衛騎士に指示を出した。
口が自由になる。クリスティアンは慌てて言い募った。母や祖父の無事を確かめる為ではなく、保身の為に。
「む、謀叛とはなんのことでしょうか!?私には思いもよらないことです!母上と公爵が勝手に……!」
「茶番劇はもういい。全て把握済みだ。
【夏薔薇の宴】で婚約破棄騒動を起こして耳目を集め、潜入させた手先を使って王城を制圧する。
同時に国内の複数箇所で武力蜂起し、レオナリアンと第一側妃ら王族を始末する。余と王妃は、外遊から帰るのを待って幽閉する。
そして玉璽を奪い国王となり、ガーデニア公爵を宰相に任じる。
内政だの外政だのはガーデニア公爵とティアーレらに任せ、自分は愛しの男爵令嬢と結ばれる」
(な、何故ばれた?完璧な計画だったのに!)
「……馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、自分から傀儡の王になろうとするとはな。情けないとは思わないのか?」
「あ、貴方にだけは……下民に媚びる貴方にだけは言われたくない!」
「下民に媚びるか。貴様の言う下民が働き税を納めることで、国は維持され発展している。我ら王侯貴族が生きていられるのも、その恩恵ゆえなのだが?」
「そんな下らない……ひっ!」
クリスティアンは燃え上がるような怒りを浴びて固まった。怒号が落雷のように響く。
「彼らがより良く暮らせるよう努めずして何が王族か!
それでなくとも貴様はなんだ!公務を婚約者に押し付け!勉学も鍛錬もせずに遊び呆けては国庫を食い潰す!
余も周囲も諌めたというのに!全く成長も反省もしない!
挙げ句の果てには杜撰で愚かで穴だらけの謀叛を企て!国を乱さんとする始末!」
「ち、父上……」
「余を父と呼ぶな!やはり貴様のような愚物は!四年前に見限るべきだった!」
ぐらりと視界が揺れる。クリスティアンが信じていた全てが音を立てて崩れていく。
(父上に見捨てられた?この私が?)
その父を引きずり下ろそうとしていた自分を棚に上げ、クリスティアンは悲劇の主人公のような悲壮な顔になった。
「よ、四年前?なんのことですか?私が何をしたというのです?」
「はあ……。それすら忘れている。いや、自覚しなかったのか。情け無い……」
国王は苦く呟いた後、説明した。
エデンローズ王国の伝統に則り、クリスティアンの教育は生母である第二側妃に任せていたこと。
しかし第二側妃はクリスティアンを甘やかし、礼儀知らずの暴君に育ててしまったこと。
四年前。国内外の要人が集まる夜会に出たクリスティアンが、複数の要人を侮辱し激怒させ外交問題に発展するところだったこと。
だから国王と王妃はクリスティアンを廃嫡すると決めたこと。
だがしかし、元第二側妃とガーデニア公爵の嘆願と、国王の子が二人しかいなかったため見送られたこと。
「元第二側妃の教育をやめさせ、余が選んだ者たちによって再教育を施した。全ては貴様が、王族に相応しい教養と人格を備えられるようにするためだ」
「そ……そんな。し、知らない」
「余も教師たちも事あるごとに伝えていたが?はあ……貴様は耳も目も節穴ゆえ仕方あるまい。
……シルビアーナ嬢」
国王は、シルビアーナに向き合い頭を下げた。
「シルビアーナ嬢、済まなかった。そなたの四年を愚物の子守で無駄にしてしまった」
「陛下!私ごとき一臣下にそのような事をなさらないで下さい!」
クリスティアンは目を疑った。国王が臣下に頭を下げるなどあり得ない。シルビアーナも慌てた様子で叫んだ。
「私が力不足なばかりに!クリスティアン殿下のお守りも教育も出来ませんでした!陛下に謝っていただく必要はございません!」
「は?お守り?教育だと?何をほざいて……!」
それではまるで、シルビアーナはクリスティアンの乳母や教師ではないか!
クリスティアンは混乱した。
散々尻拭いをされて教育を受けていたというのに、この期に及んで何も理解していなかった。
「もー!シルビアお姉様のせいじゃないってば!この馬鹿王子、もう王子じゃないから馬鹿か。この馬鹿が何も考えてないし、何も見なかったせいだから!」
「は?」
聞き慣れた声よりやや低いその声は、シルビアーナの隣に座るローズメロウのもの。
ローズメロウはシルビアーナを抱きしめ、クリスティアンを見下した。
「え?ロージー?な、なにを言ってるんだ?」
ローズメロウは不快そうに顔をしかめた後、いつも通りの優しい笑顔を浮かべた。
(良かった!いつものロージーだ!)
「ああ愛おしいロージー!私のロージー!」
クリスティアンは歓喜し、主人に甘える犬のように擦り寄ろうとした。
「うふふ。ねえ、クリス。私のこと好き?」
「も、もちろん好きだ!」
「ふうん。どこが好き?どこが一番?」
「君の好きなところなら何個でも言える!愛らしい顔立ち!女らしい身体!優しい声と言葉!そして何より素晴らしいのは!ピンクブロンドの髪と空色の目だ!そして見た目だけではなく君の心の美しさも愛している!」
「じゃあ、これでも?」
ローズメロウは、ピンクブロンドの髪に手をかけて脱ぎ捨てた。さらに自らの目に指を伸ばし、小さな光るものを取り外す。
「は?え……ろ、ローズメロウ?」
ローズメロウのピンクブロンドのカツラの下から現れたのは銀髪、小さな色硝子を外された目は黄金色。
クリスティアンたちが嫌悪する、シルビアーナと第一側妃と同じ色彩。
「これが私の本当の姿だよ。これでも愛している?」
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