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さよなら愚かな婚約者様。私は愛する少女と幸せになります  作者: 花房いちご


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番外編二 真冬のバカンスは白猫と共に 中編

「シルビアーナ、朝だよ。起きて」


「やだ……さむぃ……」


 朝に弱いシルビアーナは、寝具の中に入り込んだ。リリ以外の前では、絶対に出さない甘ったれた仕草と声だ。


「駄目だよ。今日は出かけるって約束したじゃない」


 リリは容赦なく寝具をはがす。シルビアーナは力ではリリに勝てないが、体を丸めて抵抗を続けた。


「んんー……おきない……まだねるの……」


「駄目だよ。起きて」


 ちゅっと、頬に唇が触れる。


(幸せ……この起こし方、毎日して欲しい……あら?良い匂いがする?)


「シルビアーナ、早く起きて。私が作った朝ごはんが冷めちゃうよ」


「リリが作ったですって!?食べるわ!」


 シルビアーナは跳ねるように目覚めた。普段着姿のリリが噴き出す。


「あはは!必死すぎだよ!あ、寝台からは出なくていいよ。上半身だけ起こして。寝台の上で食べれるように、全部お盆に乗せて用意してあるから」


「まあ!素敵だわ!リリも一緒に食べましょう?出来たら、私と同じように寝衣姿で寝台に入って欲しいのだけど……」


「なにそれ最高!いいよ!」


 リリはシルビアーナのおねだりを叶えてくれた。目にも止まらぬ早着替えだった。


(私のリリは最高だわ!それに、寝台の上で食べるだなんて産まれて初めて!)


 シルビアーナは、浮き浮きそわそわしながら食べた。

 メニューは、離れから運ばれた焼きたてパン、厚切りベーコン、オムレツ、サラダだ。

 リリはベーコンとオムレツを焼いてサラダを作ったのだと胸を張る。


「リリ!貴女ったらお料理もできるのね!どれも美味しいわ!」


「えへへ。簡単なものしか作れないけどね。そんなに美味しい?」


「ええ、こんなに美味しいオムレツは初めてよ。柔らかくって、塩加減も丁度いいわ」


「褒めすぎだよ。シルビアーナは大袈裟だなあ」


 リリが少し頬を染めながら笑う。少し眉が下がるのは、照れている時の癖だ。


(きっと、私だけが知っている癖ね)


 シルビアーナは愛おしく見つめつつ、食事を楽しむ。


「ねえ、シルビアーナ。食事は頼んだら作ってもらえるけど、できるだけ私が作ったり外で食べたりしたい。いいかな?」


「私は嬉しいけれど、リリは大変じゃないかしら?片付けだってあるし……」


 リリは蜂蜜より甘い眼差しでシルビアーナを見つめた。


「シルビアーナに私の料理を食べて欲しいし、街歩きの楽しみを教えてあげたいの。お願い」


「っ!……そ、それなら、私からもお願いするわ」


 今度はシルビアーナが照れる番だった。ニヤニヤ笑うリリが憎らしい。


(もう。リリったら時々意地悪なんだから。……それはそうと、私もやってみたかった事があるのよね。リリばかりに任せるのも悪いし、いい機会だわ)


「私も料理をしたり、紅茶を自分で淹れてみたり、身の回りのことを自分で出来るようになりたい。リリ、教えてくれる?」


 リリの負担を減らすためにも是非やりたかったのだが。


「やだ」


「えっ?どうして?」


 リリはキッと強い眼差で睨む。


「シルビアーナは教えたらすぐ覚えちゃうからやだ!私がお世話出来なくなるもん!」


「えぇ?そんな理由で?」


「そんなじゃない!大事なことなの!シルビアーナのお世話は私の生きがいなんだから!」


「そんな……。リリ、お願いよ」


「可愛くおねだりしても駄目!き、キスしても駄目だってばもう!」


 なんだかんだでその後、リリは食器を厨房に下げるのを手伝わせてくれたし、紅茶の淹れ方も教えてくれたのだった。




 こうして、シルビアーナとリリの別荘生活が始まった。

 シルビアーナにとっては、初めての体験ばかりの日々だ。


 リリと二人で街まで出て屋台で買い食いしたり、レストランに入ってみたり、大浴場を楽しんだり、観光名所を巡ってみたりした。


「リリ!市場が出ているわ!寄っていきましょう!」


「いいよ。掘り出し物があるといいなあ」


 街中に出る時は、二人とも商家の令嬢風の服装だ。もちろん護衛騎士たちもいるが、彼らは邪魔をしないようかなり距離を取ってくれているし、平民に変装して街に溶け込んでいる。


「気を使ってくれていてありがたいわ。お父様の指示かしら?」


「ううん。護衛騎士のグレイ様だよ。シルビアーナがしっかり休めるよう、色々配慮してくれてる」


 ザックス・グレイは護衛騎士のまとめ役だ。シルビアーナは感心した。


「まあ。まだ若いのに、細やかな配慮もできるのね」


「ふふっ!あはは!」


「リリ?何がおかしいの?」


「うふふ……だ、だって、その年齢で国政に携わったシルビアーナがいうなんて……ふふっ……おかしい……!」


「ふふっ。言われてみれば確かにそうね」


 【公爵令嬢と専属侍女】である時よりはずっと気楽な街歩きは楽しく、無邪気に笑いながら戯れるのだった。


 もちろん、別荘の周辺を散歩するだけの日や、全く出かけない日もある。

 今日は、そんな一日だった。


 昨夜の二人は、雪も溶けそうなほど熱く触れ合った。流石のリリも早起き出来ないほどだ。


「シルビアーナ、おはよ……もうお昼近いね……」


「うん……」


「こら、二度寝しない」


 二人ともゆっくり目覚め、楽な格好に着替えてブランチを作った。

 シルビアーナはライラック色のブラウスに青紫色のスカート、リリは白いチュニックワンピース。街中で買ったお揃いのオレンジ色のエプロンが眩しい。


「動きに無駄がない……。やっぱりシルビアーナに教えるんじゃなかった」


「拗ねないで。普段は貴女に任せてるからいいじゃない」


 とはいえ、シルビアーナがしたのは食器を用意して紅茶を淹れただけだ。リリは残り物の野菜スープを温めたり、パンにあぶったチーズを乗せたり、スクランブルエッグを作ったりと大活躍している。


(私もスクランブルエッグを作れるようになりたい)


 リリが聞いたら確実に拗ねる目標を立て、出来上がった料理を食堂に運んだ。

 食堂のテーブルは大きい。最近では隣り合って座って食べている。


「シルビアーナ、今日はどうする?」


 本当は市場で朝食を食べる予定だったけれど、それはお互い昨夜の時点で諦めている。

 リリは「本屋とか雑貨屋を巡ってもいいし、森を散歩してもいいかも」と、提案した。

 シルビアーナは少し考えてから口を開く。


「出かけるのは止めましょう。私だけじゃなくて、貴女も疲れているでしょう?……痕も、貴女以外に見られたくないし」


 シルビアーナは、己の耳の下から胸元を指差す。胸元はブラウスに隠れて見えないが、耳の下と首筋には、赤裸々な痕が散らばっていた。


「うっ……!はい……ごめん」


「うふふ。謝らなくてよくってよ。私は嬉しいもの」


「ううぅ……」


「はぁ……素敵だったわ。昨夜のリリはいつも以上に激しくて……」


「恥ずかしいからやめて!」


 リリは真っ赤になって眉を下げたのだった。



 その後。シルビアーナはサンルームで読書、リリは厨房でマフィンを焼くことにした。

 焼き上がったらサンルームに持っていく約束だ。

 シルビアーナはリリを待ちながら、小説を読んで過ごしていたのだった。



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