番外編一 元第二側妃ティアーレの過去と末路 前編
前後編です。かなり残酷なシーンが多いので、ご注意下さい。
次の番外編はほのぼのイチャイチャです
「ギャアアアアア!グアアアアアア!」
拷問部屋からガーデニア公爵の絶叫が響く。振動で天井から汚い雫が落ち、ティアーレの髪を汚した。
ここは、エデンローズ王国王城の地下牢だ。三面は石造りの壁で、残り一面は鉄格子と鉄の扉で構成されている。
周囲も似たような牢屋が並び、ガーデニア公爵とティアーレの【大義の協力者たち】が、収容されていた。
「話す!話すからやめ……ぎえええええ!」
拷問部屋は石造りの壁の向こうだ。さっきからティアーレの父であるガーデニア公爵の絶叫と、周囲の啜り泣きが響く。
ここに入れられてどれだけ経っただろうか?ティアーレの離宮に騎士たちが押し入り、ティアーレを叛逆の首謀者の一人と罵り、護衛たちが斬り伏せられたのはいつだ?
(どうしてこうなったの?私はただ国王陛下……ライゼリアン様をお救いしたかっただけよ!
叛逆だってそう!ライゼリアン様が下賎な女に誑かされて心を病まれたから!だからあの女とその子供を殺して、公務だなんて無駄な労働をしなくて済むようにしようとしただけなのに!
そして私の愛と献身で!ライゼリアン様を癒して、あの女から解放させて差し上げるはずだったのに!)
ティアーレは、この後に及んで何も理解していなかった。
本気で【国王ライゼリアンと自分は真実の愛で結ばれた夫婦】だと信じている。いや、むしろそれ以外の全てを信じずに今まで生きてき。
ライゼリアンに一目で恋に落ちたその日から、ティアーレはずっとそうだった。
◆◆◆◆◆
今から二十五年前。ガーデニア公爵令嬢だったティアーレは十三歳、第一王子であったライゼリアンは十四歳だった。
デビュタント前の貴族令息令嬢を集めた茶会で、ティアーレは眩い金髪の第一王子を初めて見て恋に落ちた。
(この方が私の運命!真実の愛に違いないわ!)
ティアーレは、甘ったるい恋愛話が好きな令嬢だった。自分の気に入りの物語に、自分とライゼリアンを重ねて同化するまであっという間だった。
自分にとって運命なのだから、相手にとっても運命に違いない。
そんな、砂糖菓子や蜂蜜より甘い発想でライゼリアンに付きまとった。
『ライゼリアン様!私のテーブルにいらして下さいませ。私、もっとライゼリアン様とお話しとうございます』
だが、ライゼリアンの反応は冷ややかだった。
『断る。ガーデニア公爵令嬢。君に私の名を呼ぶ許可は与えていない。即刻止めるように』
『え?でも私はライゼリアン様の……』
聞き分けないティアーレに、ライゼリアンの声がさらに冷ややかになる。
『デビュタント前とはいえ、君は令嬢としてこの場にいる。家名と責任を背負っている事を理解しているのか?』
『そんな。大袈裟ですわ。今日は楽しいお茶会ではありませんか』
『……話にならないな。帰りなさい。ここは、君のような最低限の礼儀も知らない子供が来る場所ではない』
けんもほろろ。取り付くしまもない。ティアーレは涙ぐみながら退出するしかなかった。
帰りの馬車の中、ティアーレは『どうしてライゼリアン様は意地悪を仰ったのだろう?』と落ち込んだが、すぐに『ライゼリアン様は照れていらしたのよ。きっとそうに違いないわ!』と、気を取り直してしまった。
しかも、その妄言をガーデニア公爵夫妻も信じてしまった。
『可愛い娘の恋だ!しかも相手は次期国王、正にティアーレに相応しい人物ではないか!お父様に任せなさい。きっと、殿下と婚約させてやるからな』
『ええ、私も助力を惜しみませんわ』
侍女たちや取り巻きたちも、ティアーレをおだててけしかけた。夢みがちで我儘な御令嬢のご機嫌を取るのも仕事のうちたし、万が一ティアーレが王妃になれば与えられる恩恵は計り知れないからだ。
なんといっても、ティアーレは財務大臣を父にもつ公爵令嬢なのだから。それに。
『ティアーレ様は素晴らしい美貌をお持ちです。第一王子殿下がお気に召さないはずはありません』
『そうですわ。国一番の美姫ですもの』
周囲が言う通り、ティアーレは同世代の令嬢の中で最も美しかった。
豊かなピンクブロンドは艶々と輝き、空色の瞳はぱっちりと大きい。ミルクにほんの少し薔薇色を加えたような肌も、愛らしく整った顔立ちも、豊かに実りつつある身体も、溜息がこぼれるほど美しかった。
『これで、お勉強が出来て我儘を言わなければ完璧なのに』と、囁かれてはいたが。
ともかく、ティアーレはガーデニア公爵の協力のもと行動した。
適当な用事を作って王城に通い、ライゼリアンを見かければ付きまとって話しかける。会えなかった日は、思いの丈をこめた恋文を書いて送った。
しかしライゼリアンは、決してティアーレとは二人きりにならず会話もしなかった。それどころか、姿を見れば明らかに顔をしかめる。
恋文もほとんど読まずに返された。たまに返事が届くが、例外なく迷惑行為への抗議だ。
ティアーレは『女性に慣れていないから、恥ずかしがっていらっしゃるのね』と、妄想した。
『照れ屋さんなライゼリアン様のため、私から歩み寄らなければ』
ティアーレは本気でそう信じて、自分が正しいと思う言動を繰り返していったのだ。
◆◆◆◆◆
(そうよ!私はいつだって正しかった!)
己の過去を振り返ったティアーレは、そう確信した。しかし、ティアーレはライゼリアンの婚約者に選ばれなかった。
(おかしいじゃない!至高の存在であるあの方に相応しいのは、ガーデニア公爵令嬢だったこの私だけだった!
あの凛々しいライゼリアン様に愛されていいのは私だけなのに!
なのにあの方と婚約したのは、インディーアの王妹と男爵令嬢だった!)
ティアーレにとって王妹はまだよかった。他国人とはいえ王族だ。
身の程を弁えて、国王の真実の愛であるティアーレに仕えるなら許してやれた。
(私の意を汲んだのか、輿入れ前に流行病で死んだのだから殊勝よね。まさか、何年も経ってから妹が王妃になるとは思わなかったけど。まあ、王妃は分を弁えているのか石女なのか、子を産まないでいるから許してあげましょう)
おかしなところしかない理屈だが、ティアーレは本気でそう思っていた。むしろ子の無い王妃へは、優越感と歪んだ庇護欲すら抱いている。しかし。
(あの下賎の女だけは許さない)
第一側妃エスタリリーへは、ひたすら憎悪をたぎらせていた。
今から二十二年前。エスタリリーが、ライゼリアンの婚約者に選ばれた。ティアーレにとって正に悪夢であり、未だに生々しい怒りの原点である。
◆◆◆◆◆
二十二年前。
ティアーレが何度も会いに行き、父を通して求婚してもライゼリアンはなびかなかったというのに、エスタリリーはあっさりと婚約者の一人となった。
しかも、エスタリリーは伯爵令嬢ではあったが生家は男爵家だ。おまけに寄親はなにかと目障りなゴールドバンデッド公爵家だ。
気位の高いティアーレにとって屈辱の極みだった。
『賤しい男爵令嬢がライゼリアン様を誑かしたに違いないわ!』
ティアーレは怒り狂った。
実際には、エスタリリーの有能さと王家の事情ゆえの政略だったのだが。
『あの女!低級貴族の出の分際で!私より先にライゼリアン様の婚約者になるだなんて何様よ!不敬極まりないわ!』
怒りのままエスタリリーに嫌がらせする。
『男爵令嬢ごときがライゼリアン様に近づかないで!』
流石に暗殺者を差し向けるようなことはしなかったが、取り巻きと共にエスタリリーを脅迫したり、養子先の伯爵家や生家に圧力をかけたりした。
賤しい男爵令嬢ごとき、少し脅せば婚約を辞退すると思ったからだ。
だが、エスタリリーとその周囲にあっさりやり返された上に、嫌がらせはライゼリアンの知るところとなってしまった。
『ガーデニア公爵令嬢。私は貴様を軽蔑する。私が貴様に好意を抱くことは永遠にない』
秘密裏に行われた断罪で、ティアーレはライゼリアンに拒絶された。
罪状はあくまで嫌がらせのみ。ガーデニア公爵家の権勢もあって、表向きは病気療養と称して領地での謹慎だけですんだ。
だが、ライゼリアンの憎悪に満ちた眼差しこそが、ティアーレにとって一番の罰だった。
(こんなのは間違いよ!悪いのはあの女なのに!ああ、だけどライゼリアン様はあの女に誑かされてしまわれた。説得は難しそうだわ。今はこの間違いを正せない。私は罪もないのに罰を受けるしかないのね……なんて可哀想な私!)
ティアーレは己が身に降り注いだ悲劇に涙し、酔いしれた。
(いいわ。今は甘んじて間違った罰を受け入れましょう。いつかライゼリアン様をお救いするために……)
狂気に満ちた誓いを胸に、ティアーレは領地にて雌伏の時を過ごした。二人が結婚したと聞いても大人しく耐えた。
娘を王妃にする夢を諦めきれないガーデニア公爵たちと共に、情報と手管を集めながら時を待ち……。
断罪されて二年後、その時が来てしまったのだった。
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番外編は一日一回更新予定です。




