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さよなら愚かな婚約者様。私は愛する少女と幸せになります  作者: 花房いちご


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さよなら愚かな婚約者様。私は愛する少女と幸せになります

「シルビアーナ!来てくれたんだな!」


(あら?様子がおかしいわね。来てくれた。だなんて。今度こそ反省したのかしら)


 シルビアーナは冷めた眼差しでクリスティアンを眺めた。クリスティアンは、すがるように牢屋の鉄格子を掴んで、媚びた眼差しでシルビアーナを見ている。

 先ほどより近づいたから、より一層いまの(みじ)めさがよくわかった。遠目で見た以上に痩せていて、目がぎょろぎょろしている。くすんだ髪や土気色に近い肌、ボロボロの服からすえた匂いが漂っている。


(北の塔で最も劣悪な部屋に入れられ、食事も充分に与えられていなかった。とは聞いていたけど、酷い状態ね)


 シルビアーナは眉をひそめて一歩引いた。


【北の塔に戻る前に、一目でいいからシルビアーナに会いたい】


 それがクリスティアンの願いだった。


(国王陛下への貸しになりますし、それぐらいなら叶えて差し上げてもいいと思ったけれど……面倒になってきたわね)


 クリスティアンは、シルビアーナの様子に気づかず言い募る。


「シルビアーナ!私が悪かった!孤独な日々を過ごしてようやく気づいた!私はずっと間違えていたんだ!私が愛しているのは君だ!君こそが私の真実の愛なのだ!だからやりなおそう!」


 予想外の言葉。思わず強い声が出る。


「はあ?やり直すもなにも、私たちの間には王命での婚約関係以外何もありませんでしたよ」


「そ、それは……。その通りだ。全ては私が悪かった。君が好きなのに素直になれなかったんだ。やり直して、今度こそちゃんとした婚約者として過ごしたい」


 しおらしく俯くクリスティアン。


(やり直したい。婚約者として……ああ、なるほどね)


 シルビアーナは納得した。


「なるほど。また北の塔に収容されずに済むよう、私から国王陛下に恩赦(おんしゃ)を求めさせたいのですね。そしてゴールドバンデッド公爵令嬢である私と再び婚約を結べば、生活の保障がされるとお考えなのでしょう。

 そのために心にもない嘘をついている。納得いたしました」


「ち、違う!愛しているんだシルビアーナ!」


 必死に叫ぶクリスティアンだが、シルビアーナは全く取り合わなかった。


「はあ……。助かりたいからと嘘ばかり。貴方はいつも私を(ののし)り、(ないがし)ろにしていました。醜女(しこめ)と言われたのも何度かわかりませんよ。おまけに最後は、悪役令嬢と罵しり婚約破棄したではありませんか」


「本当は君を美しいと思っていた!母上の手前素直になれなかっただけだ!悪役令嬢だと言ったのは、その、冗談という言葉の(あや)というか、君に関心を向けて欲しかったんだ」


「はあ。さようでございますか」


「わ、私は本当に済まないことをした!反省している!許してくれ!北の塔での過酷な日々を経て、私は我が身を振り返った!今度こそ真の愛に気付いたのだ!

 シルビアーナ!結婚しよう!愛してる!君も私を愛し……!」


「愛していません」


 炎のように情熱的な声は、氷よりも冷たい声を浴びせられた。


(北の塔での過酷な日々を経て我が身を振り返った。ねえ?私や国王陛下や教師の皆様方の言葉は何一つ聞かなかった癖に)


「相変わらず、私の言葉を聞く気も覚える気もないご様子。時間の無駄ですね。ですが、はっきり申し上げておきましょう。

 先ほど確認出来ましたし」


「へ?確認?」


「半年前、私は愚かなまま全てを失った貴方を憐れだと思いました。今の貴方には何も感じません。路上に落ちた石か何かが、そこにある。と、思うくらいです」


「そ、そんな……どうしてだシルビアーナ……?」


 なぜ自分を愛さないのか?そう言いたげなクリスティアン。シルビアーナは心の底から軽蔑した。

 先ほどから自分でも信じられないほど冷たい声が出ているが、さらに温度が下がった。


「貴方が私をどう思っていようと関係ない。

 私は自分の欲望と願望のまま行動して、なんの責任も負おうとはしない貴方が嫌いだし、どうでもいい。貴方がこれからどうなろうと興味がない。

 そして何より、私が愛しているのは貴方じゃない」


「嘘だ!私以外の誰を愛しているというのだ?!ま、まさかインディーアのアジュナか!?それともレオナリアンか!?」


「ああ、ちゃんと誰を愛しているか言ってなかったですね。ではあらためて、お別れのご挨拶をいたしましょう。

 リリ、いらっしゃい」


 黙って控えていたリリがシルビアーナに身を寄せる。眼差しが交わった瞬間、意図がわかったのだろう。

 リリは少し背を伸ばしてシルビアーナを抱き寄せ、クリスティアンを挑発的に見下してから、シルビアーナと唇を合わせた。

 クリスティアンだけでなく、近衛騎士たちの間にもどよめきが走る。


「んっ……ふふ……」


 最初は触れるだけ、徐々に深くなり舌と唾液が交わっていく。


「は?し、シルビアーナ?一体何を……?」


 呆然とするクリスティアンを無視し、二人は甘く熱い口付けを交わし合う。


「はぁ……リリ……」


「ふふ。シルビアお姉様……」


 やがて名残惜しく互いの唇が離れた。

 シルビアーナがクリスティアンの方を見ると、クリスティアンは牢屋の床にへたり込んでこちらを見上げていた。

 シルビアーナは己の唇を指でなぞりながら、嘲笑を浮かべた。


「さよなら愚かな婚約者様。私は愛する少女と幸せになります。

 永遠にお目にかからぬよう、心から祈っておりますわね」


 もはやクリスティアンは何も言わず、ただ呆然も去っていくシルビアーナの背中をいつまでも見上げていた。




 ◆◆◆◆◆◆




 その後、クリスティアンは北の塔に戻された。ただし、これまで収容された部屋よりも待遇のいい部屋になっていた。

 服装も簡素だが上質な物に代わり、食事もカビかけたパンと薄いスープではないまともな食事が出された。掃除だって定期的にされるし、本など娯楽品もある。


「シルビアーナ……愛してたんだ……」


 けれど、最早なにをする気も、考える気も、鉄格子の向こうの景色を見る気すら起こらなかった。

 そもそも、自分で何かを考え行動したことがあったか怪しい男ではあったが。


 こうして、廃王子クリスティアンは歴史の表舞台から姿を消した。





ここまでお付き合い頂きありがとうございます。

次回。本編最終話です。番外編も更新予定です。三連休中に執筆して、今月中に更新予定です。

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