リリの現在と過去 現在 リリの愛しい人
時は戻って現在。
ゴールドバンデッド公爵閣下の執務室にて。
執務室には、私とゴールドバンデッド公爵閣下と侍従しかいない。
かしこまって跪いたと同時に、重々しい声が響く。
「リリ・ブランカ。お前は我が強すぎる。間諜としては欠陥品だ。だが、人心を操り謀叛を早めた手腕は認めてやろう。あの場で婚約破棄をさせたのも、お前の筋書きなのだろう?」
どうやらお褒め頂いているらしい。
「やはり、ご存知の上で私を放置されていたのですね」
「ふん。……無駄に責任感の強いアレを、さっさと解放させてやりたかったからな」
相変わらず娘思いで微笑ましい。
公爵閣下がさっきから殺意を込めて私を睨んでいるのは、シルビアお姉様が心配だからだ。
「女同士というのは気に食わんが、アレの連れ合いとしては及第点だ」
やはりそれもご存知でしたか。それとも、先程のお茶会でのやり取りを【影】を通して知ったのかな。
シルビアお姉様が、ゴールドバンデッド公爵閣下を説得した時に告白したのかもしれない。誠実な人だから。
「アレはどうしようもなく甘い。恋敵を徹底的に破滅させたお前と違ってな」
その通り。私は口角を上げて同意する。
シルビアお姉様は誠実で優し過ぎる。あんな馬鹿な王子……いえ、廃王子クリスティアンにすら真剣に向き合ってしまうほどに。
だからこそ、クリスティアンは無意識のうちに好意を抱いたのだろう。それに気づいたから、国王陛下はシルビアお姉様をクリスティアンの婚約者にしたのだ。
「お二人が結婚するような事態が起こらぬよう、わずかな可能性も潰したかったのです」
クリスティアンが改心していたら、シルビアお姉様は本当に結婚させられていたかもしれない。
シルビアお姉様は『血が近過ぎるからあり得ない』と言っていたけど、それは甘い考えだと思う。
国王陛下はお優しい。特に親としては甘いと言って差し支えない。けど、為政者として非道な判断を出来る方だ。
国王陛下はクリスティアンに仰った。『貴様の成長次第では、王太子に指名するのもやぶさかではなかった』と。あの言葉は本気だった。
万が一、クリスティアンがレオナリアン王太子殿下よりも有能に育っていたら。
国王陛下はクリスティアンを王太子に指名し、シルビアお姉様とは子を作らないよう、白い結婚を命じたのではないか。
優秀なシルビアお姉様を王家に取り込み、クリスティアンを支えさせるために。
だけどそれはもう不可能。いかに廃嫡されたとはいえ、クリスティアンは間違いなく王族だった。
【王族に婚約破棄された者は、永遠に王族と婚姻することは出来ない】
エデンローズ王国の法律だ。
人前で恥をかかされたシルビアお姉様には申し訳なかったが、婚約破棄するよう誘導したのはこの法律があったから。
ゴールドバンデッド公爵の顔が皮肉に歪む。
「自覚のない恋敵など敵ではないだろうに」
「ええ。元第二王子殿下が愚かで助かりました」
クリスティアンのシルビアお姉様への過剰な暴言は、自分に感情を向けて欲しいから。
令嬢を侍らせていたのも嫉妬されたかったから。
公務を押し付け勉強から逃げたのは、自分に構って欲しいから。
醜いと罵り婚約者に相応しくないと言いながら婚約解消を言い出さなかったのも、シルビアお姉様を愛していたから。
本当に下らない。馬鹿な男だ。
しかもあのクリスティアンは、茶番劇で婚約破棄をした上で、シルビアお姉様を側妃にするつもりだったのだ。謀叛が成功すれば法律を変えるのも容易いと言って。
『あの女に己の立場をわからせた上で、これからも公務をさせるためだ!』
とか言っていたけれど、結局はシルビアお姉様に執着し、恋焦がれていたからだ。
この半年間。私はクリスティアンが自覚したり、シルビアお姉様が気づかないよう立ち回った。そして、シルビアお姉様のクリスティアンへの嫉妬と怒りと嫌悪をあおった。
クリスティアンといいインディーア王国のアジュナ王太子殿下といい、シルビアお姉様に群がる虫のなんて多いこと!
シルビアお姉様は私の愛おしい人。
白百合のようなあの方に恋をしていいのは私だけ。
私は誰にも奪われないよう、これからもありとあらゆる手段を使うだろう。
「嫉妬深いことだ。アレもお前のどこがいいのか……」
「それは私も不思議です」
素直な本音だ。シルビアお姉様は私のどこがいいのかな?あんな素晴らしい方と想いが同じだなんて、今でも信じられないの。
「知るか。精々アレに愛想を尽かされないよう励むことだ」
「お言葉を胸に刻み精進いたします」
その代わり、シルビアお姉様は二度と貴方の元に返しませんけどね。
無言の誓いが伝わったのか。ゴールドバンデッド公爵閣下は、最後まで鋭い眼差しで私を睨んでいた。
◆◆◆◆◆◆
シルビアお姉様の自室に戻る頃には、もう夕方になっていた。
「シルビアーナ様、リリです。入室してよろしいですか」
「どうぞ」
中に入りドアを閉めた瞬間、シルビアお姉様が抱きついてきた。
「リリ!」
嫋やかな腕が私を包む。頬を銀糸の髪が撫でる。
花より甘く芳しい香りが私の身体に火をつけた。
「シルビアお姉様」
少し身体を離して目を合わせる。
そしてどちらともなく唇を合わせた。
初めての口付け。シルビアお姉様の唇は柔らかく、唾液は蜜より甘い。互いの唇を夢中で味わいながら、ソファにもつれこんだ。
晩餐に呼ばれるまでの短い間。私たちは夢中で口付けあい、舌を絡めて互いの唾液を味わい吐息を吸ったのだった。
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