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魔術師対逆位置の悪魔 ③

いらっしゃいませ!

ご来店ありがとうございます。

前回のお話。ナゴミヤさんはギルドの中にいる<悪魔>を探し始めました。

 一説によると、タロットカードの大アルカナは一人の旅人の物語を表しているとされる。


愚者(フール)≫という主人公=旅人が様々な≪アルカナ≫との出会いを経て、それぞれの結末である≪世界(ワールド)≫にたどり着くまでの物語であるとする考え方だ。


 この旅物語において、愚者が最初に出会うアルカナは≪魔術師(マジシャン)≫。愚者に知恵や加護を授け、旅の扉を開く人。


 魔術師は様々な物語に登場し、主人公を導く存在として描かれる。


<ネオデ>の語源になっているオデュッセウスの冒険に登場するキルケー、アーサー王伝説のマーリン、オズの魔法使いの北の良い魔女。シンデレラ、ラプンツェル、人魚姫などの童話の魔女、千夜一夜物語の魔術師たち。


 例を挙げて行けばキリがない。物語によってその存在は正位置だったり逆位置だったりするけれど、いずれにしても愚者と魔術師が出会うことで物語は始まるのだ。


 占いとして<魔術師>のアルカナを解釈する時には0から1への変化を表していると捉えるとわかりやすい。魔術師のカードが1の番号を振られているのはそのためだ。ここから解釈を広げて、創造力、能力の開花、変化、技術、才能、新しい可能性等を意味する。


 場合によっては魔術師はこの変化を愚者(主人公)に授けると捉えることもできるだろう。


 部活に誘ってくれるクラスメイトだったり、曲がり角でパンを咥えてぶつかってくる女の子だったり、怪物との戦い方をレクチャーしてくれる同じ能力を持つ先達だったり、転生先を斡旋してスキルをくれる神様だったりと、物語によってさまざまに形を変えて≪魔術師≫は主人公を導く。


 現実世界で言うならわかりやすいところだと学校の「先生」とか、習い事の「師範」とか、大工さんの「親方」なんかが該当するだろうか。場合によってはもっと身近な「友人」だったり、あとは、ネットゲームの「師匠」を意味することもあるかもしれない。


<ネオオデッセイ>の世界、ユノ=バルスムの神話に曰く。


 ここは正義が敗北し、邪悪が蔓延る世界。


 善性の化身たるボナは最期の力を使いこの世界に勇者を導く「門」(ゲート)となった。それはこの世界の外にある、様々な世界の、様々な時間と場所に繋がる門。いくつもの理を超えて、世界を渡ることを可能にする「世界の門(ゲートオブワールズ)」。


 ユノ=バルスムの世界はフィクションで、だからボナさんのお話はフィクションの中のフィクション。でも、私は「世界の門(ゲートオブワールズ)」の実物を知っている。この世界の扉が開いた瞬間をはっきりと覚えているし、なんだったらその扉を開いた魔術師のリアルの顔だって知っている。背が高くて、イケメン俳優のナントカさんにちょっと似てる。


『今からゲート作るけど、絶対に入ったらだめだよ。』


 私は言われた通りにその人の作った<ゲート>には入らなかった。でもその人の魔法は確かに私を冒険へと誘った。


『今日がこの世界初めてなんでしょう? だったらそんなの、もったいないじゃん! 』


 師匠が冒険の扉を開いたのは私だけじゃない。そのことは私個人としてはちょっとだけ残念だけど、弟子としては鼻が高い。


 私の師匠はそんな≪魔術師≫みたいな人だ。攻撃魔法はからっきしだけどね。



 □□□


 日中はまだ暑い日もあるけれど朝晩は過ごしやすくなってきて、やれやれと油断していると逆に寒さで目が覚めてしまう。


 来ない来ないと思っていた秋はいつの間にか始まっていて、それもかなり深い所まで来てしまっていた。以前私の住んでいた所では葉っぱの落ちる木は少ないので、一陣の風で茶色い葉っぱが一斉に枝から外れて空高く舞い上がる風景には驚かされた。天気のいい日は空に舞う落ち葉が陽の光を受けてきらきら輝くものだから花吹雪さながらの壮観だ。


 秋はしんみりと寂しい季節として語られるけど、私は秋自体に寂しいと言うイメージを持ってはいない。熱くも寒くもなくておいしいものいっぱい。実りの秋万歳。ずっと秋だったらいいのに。まあそれはそれで風情がないのだろう。葉が青く茂る時期がなければ枯葉の季節はやってこない。


 でもこの年の秋は私にとっても寂しい季節になった。


 ヴァンクさん、ハクイさんが正式にネオオデッセイを引退するのだ。


 ヴァンクさんはお子さんと一緒の時間を増やすため、ハクイさんはお子さんとお仕事の両立のため。寂しいけれど仕方ない。リアルは大事だ。


 出来るだけ参加できる人数の多い日を選んでということで、今日送別会が開催される。みんなが集まれる日はそうそうないのでギルドの送別会は旧メンバーの揃う日を優先してもらった。双方への配慮だ。


 ヴァンクさんとハクイさんの二人は送別会が終わると明日からもう来ないというわけではなくて、課金した分が切れるまではしばらく顔を出してくれることになっている。


 この日にログインしているからと言って送別会は強制参加というわけではない。ヴァンクさんやハクイさんと話したこともないと言う人だっている。ただ、ダーニンさんの一件でヴァンクさんとハクイさんはヒーローみたいな扱いになっていた。あれだけのものを見せられれば誰だってそうなると思う。そんなわけで送別会には随分と多くの人が参加することになった。


 例によってまだ来ない師匠、ショウスケさん、ブンプクさん、リンゴさん、レナルド君といったおなじみのメンバーに加え、マッキーさん、オンジさん、シーゲルさん、ボルテックスさん、すみれさん、ラムダさん、かおりんさん、たぐちくんさん、めりちょさん、ベシャメルさん、それに、クラウンさん。


 総勢十九人。残念ながらここにいるべき人が一人いない。猫さんはログインしているけど不参加ということになっている。


 猫さん曰く「けじめ」だそうだ。ダーニンさんはいなくなっても同じように思ってる人もいるだろうということだ。ヴァンクさんとハクイさんと猫さんの三人は今日とは別にさよなら会をするということで、日程が会えば私も参加させてもらうことになっている。


 ここしばらく悪いことが色々起きて、まだ全部は解決していない。でもその全部が綺麗に解決しても<なごみ家>は元には戻らない。


 リンゴさんもインできる日が凄く減ったし、ブンプクさんはいよいよ出産日も近い。それでも来るって言ってるけど、実際はどうなるか。ブンプクさんとショウスケさんが来なくなったらレナルド君だって寂しいだろう。


 旧メンバーのログイン率は低い。この先はさらに低くなる。新しい人の割合の方が多いしログイン率も高い。私たちは優しいこの世界とは別に、辛いぜ現世ライフをおくらねばならない現実があるのだ。変わっていくのは当たり前のことなんだろう。


 今日の送別会では十八人で不死王宮ハロスのボスを退治する運びとなった。ヴァンクさんとハクイさんの無限バーサーカー砲が見たいって言うリクエストが多かったためだ。ほんとは最古竜セルペンスが良かったんだけど、あそこだと見物も命がけだからね


 ノクラトスさんをみんなで倒し、ほんとのボスである死体で作られたぶよぶよの怪物、ぶよぶよ某に無限バーサーカー砲を発動。


 ハクイさんがわざと蘇生を遅らせてヴァンクさんが死んじゃって笑いが起きる場面もあったけど、その後はみんなでとどめを刺して無事終了。今日もリッチーになったレナルド君の火力がさえわたった。実に楽しい戦いだった。


 これが最後だと思うと寂しいね。


「ただいまー。おお、今日も凄い人数」


 ぶよぶよの討伐を終えて戦利品を山分けしているとやっと師匠が帰ってきた。


「お帰りなさい。今日も大変ね」


「おうナゴミヤ、おつかれ」


「切り上げて帰って来ちゃった。間に合って良かったよ」


 日によってログイン時間が変わるハクイさんはともかく、いつも落ちるのが早いヴァンクさんと師匠が顔を合わせるのも久しぶりだ。師匠は本当はリアルでも友達のヴァンクさんにギルドの事相談したかったんだろうけど、引退前ということで何も言わずにいる。今日は大事な日だ。このまま何事もなく終わればいいな。


「気持ちよく送り出したいんだけどやっぱ寂しいね」


「んだよ、らしくねえな」


「あはは、ごめんねえ。つい」


 ヴァンクさんと師匠は<なごみ家>をつくった最初のメンバーでリアルでも友達。長く深い付き合いであるだけに別れの寂しさもひとしおなんだろう。


「ま、お互い年食ってガキが大人になったら、また一緒に馬鹿やろうぜ」


「いいねそれ。うん。早く年取りたいと思ったの初めてかもしれない。楽しみにしているよ。ムーちゃんによろしくね」


 ムーちゃんと言うのはヴァンクさんの奥さんの名前だ。師匠は奥さんのことも知っていて、そもそもヴァンクさんとムーちゃんさんの二人をくっつけたのは師匠だそうだ。ブンプクさんとショウスケさんがくっついたのにも師匠の貢献度は高いわけで、師匠凄いなキューピットかな。


「あら、私は誘ってくれないの?」


 別れを惜しむ師匠とヴァンクさんの会話にハクイさんが拗ねて見せた。


「あー、ごめんごめん。もちろん一緒にやろう」


「おう。流石にネオデは無くなってるだろうけどな」


「そうね。流石にそうでしょうね……」


 ヴァンクさんが子育てを終えるころとなれば二十年近く先の話だ。既にかなり古いゲームであるネオデが無くなっているのは当たり前のことだ。


「いやいや、むしろその頃にはネオデ2とか出てるかもしれないよ?」


「出るかあ?」


 師匠達が十年も前からやっていて、その更に前から続いているゲームだ。続編、というのは考えにくい。


「もし出てるとしても仕様は変わっているでしょうね」


「それはそうだな」


 ゲームは現実とは違う。どこか別の世界でヴァンクさんとハクイさんが出会っても、ネオデ以外では「無限バーサーカー砲」は成立しないのだ。恐らくはネオデ2の中でもできないだろう。ヴァンクさんとハクイさんの無敵コンビもここまでだ。


「おい。その時には僕も呼べよ」


「私も! 私も呼んで下さいね!」


 リンゴさんに追従して同窓会に私も参加を表明した。


「ま、ネオデがなくなっちゃってたらその時には別のゲームで集まったっていいしね」


「ネオデ以外か……。服着なくていいヤツならいいぞ」


「無いわよそんなの。だいたいネオデでも着ないと駄目なのよ」


「そんなことねえだろ」


 ヴァンクさんはどうしても服を着たくないらしい。ちなみに今日はレナルド君がいるので上半身は裸のままだけど下は半ズボンを履いている。レナルド君グッジョブ。


「いやあ、わかんないよ? 二十年後だからね。パンツもいらないゲームも出てるかもしれない」


「マジか未来すげえな」


「嫌よそんな未来」


 そうですね。ハクイさんに一票。流石にパンツは履いててほしい。パンツは常識を守る最後の砦だ。


「ふむ。そのゲームでは殺人はできるだろうか。あとは毒の仕様だな。種類や効果が多いほどいい。ああその頃にはVRで味も再現できているといいな」


「リンゴちゃん、味って普通に食べ物の味の話よね?」


「……。無論だ」


 無論嘘だ。でもVRで味を感じられるようになったらリンゴさんの好物も安全に堪能できるようになるのかな? ちょっと興味ある。


「世間の流れ的には殺人とか残酷描写の規制はもっと厳しくなってそうだけど」


「何を言うんだマスター。二十年後だぞ。当たり前のようにVRで殺人が可能になっているに違いない」


「マジかよ未来すげえな」


 それはないんじゃないかな。物騒すぎますよリンゴさん。


「大丈夫だよ~~。20年後もネオデはあるよ~~。私はずっとここにいるから、ハクイちゃんもヴァンク君もちゃんと帰って来てね~~?」


「そうですね。ブンプクと一緒にここで待ってます」


 ブンプクさんとショウスケさんはこの場所で出会った。きっと私たち以上にこの場所に愛着があると思う。それにずいぶん昔からあってなんだかんだ今までなくなってないゲームだからね。二十年後だってまだあるかもしれない。


「レナルド君もいるよね~~?」


「うん。待ってます」


 ブンプクさんに言われてレナルド君も頷いた。ふふふ。よしよし。そーかそーか。でもレナルド君はどうなるかなあ。一区切りの突いた大人の私たちと違って、レナルド君はこれからいろいろあるからなあ。環境も変わってくだろうし、大変だと思うよ? でも離れている年が十歳くらいだとすると、その時には今の私より十歳も上の大人だ。二十年後にはそんなに変わんない感覚でお話しできるだろう。その時私は頭の中でレナルド君のことをなんって呼ぶんだろうな。


「まあそうだねえ。俺もずっといるからねえ。なんだかんだで同窓会の第一候補はここかな」


「そうだな。僕もログインは減るがやめる予定はない」


「私もいます!」


「そうかそうか。コヒナさんもかー。ふふふ、よしよし」


「なんでですか!」


 何故か師匠が微笑まし気に褒めてくれた。納得がいかない。


「ヴァンクさん、ハクイさん、ほんといいもん見せて貰ったじゃ。冥途の土産が出来たわい」


 オンジさんも新しいメンバーではあるけれどヴァンクさんやハクイさんとはもともとの知り合いだ。長い付き合いだったんだろう。


「おう。爺さん達者でな」


「お爺ちゃんも二十年後の同窓会くる?」


「ふおっふおっふお。二十年後は儂は生きとらんじゃろうなあ」


「いや絶対生きてるだろ」


「一番ぴんぴんしてるかもね」


「ふぉっふぉっ。その時にはお邪魔させていただくじゃ」


 オンジさんはお爺ちゃんキャラだけどそれもロープレなので実際にいくつかはわかんない。なんとなくだけど私より少し上、師匠達と同じくらいを想像している。


 なんだかんだ小さい頃遊んだゲームが今でも楽しかったりするんだから、二十年後にもまだあって。四十年くらいしたらネオデはオンジさんみたいな、おじいちゃんおばあちゃんの憩いの場所になっているかもしれないね。


「じゃあ、みんなで記念撮影しようかあ。ヴァンクとハクイさん真ん中にしてみんな並んでね~」


 は~い。


 師匠に言われてみんなぞろぞろと動き出す。できるだけ二人の側がいいなあ、という名目で。師匠の隣がいいなあ。こっそりぞろぞろ。


「コヒナさん、占い師の格好しないんですか?」


 ……。


 声をかけてきたのはクラウンさんだった。この人には思うところがあるけれど、その提案は魅力的だ。撮影後二十年後の<なごみ家>を占って見ましょうと言ってみるのも面白いかもしれない。二十年後なんてタロットではもやっとしか見えないけど、こういう時はそれでいい。


「そうですね~。着替えてきます~」


 お部屋に戻ってクローゼットにしまってある占い師用の緑のドレスを取り出した。アクセサリー類を身に着けて最後にお宝のマギハットを被ろうとして。


 いつも壁に掛けてあるマギハットがないのに気が付いた。


 あれ、バックに入れちゃったかな。バックを探ってみるけど入っていない。他の場所、クローゼットやタンスの中にもない。


 さっきまではあったのだ。ハロスに行く前に二人占いの依頼を受けたのでそこは間違いない。その後部屋に戻って着替えてからハロスに向かった。今日は死なずに切り抜けたのでモンスターに取られたと言うはずもない。


 ???


 …………。


 私のおっちょこちょいだと思う。きっと間違ってどこかにしまっちゃっただけだと思う。大事な帽子をなくすなんて、おっちょこちょいにもほどがある。ここは深く反省すべきところだろう。私が悪い。


 ……でももしそうじゃなかったら。


 そんな、嫌なことを考えた。


 この部屋には私と師匠しか入れない。だけどそれは鍵がかかっている状態だったらのこと。私が鍵を開けた瞬間にスキルやポーションで潜伏状態になって滑り込むのは理論的には可能だ。


 あの帽子は私にとってはお宝で思い出の品で、とても大切なものだ。とはいってもそこまで凄いという物ではない。売ればそこそこの値段にはなるけれど、わざわざ盗むほどの物ではないのだ。だからそんなことをする人がいるとは思えない。いないはずだ。でも。


 さっき、占い師の格好をしないのかといった人のことを思い出して、もしかしたらと考えてしまう。ただの先入観でありあの人が盗んだ証拠などないというのに。


 そもそもその先入観だってただの会話からの推察に過ぎないのだ。それも自分で考えたんじゃなくて、師匠に言われて思い至ったというだけの。


 あの人が、私におサトさんが私の悪口を言っていたと教えてくれたクラウンさんが<悪魔>だなんて証拠は何処にもない。もしも悪魔が他にいるのなら、悪魔狩りは悪魔の思うつぼだ。


「あれ、どうしたのコヒナさん」


 帽子を被らずにドレスだけを身に着けて戻った私に師匠が不思議そうに聞いてきた。


「それが、帽子が見当たらなくて~。何処かにしまっちゃったんだと思います。すいません~」


 嫌な想像を追い出して師匠に説明する。あの帽子に合わせて師匠がこのドレスを作ってくれたのだ。私が失くしてしまったのならとても申し訳ない。


「すいません、あとで探しておきます。写真撮りましょう~」


「ええ~、大事な帽子なんですよね? これは一大事だ。あれ、でもさっき被ってましたよね。何故急になくなったんでしょうね」


 クラウンさんがそんなことを言った。心配してくれているような口調。何も知らなければ私があの帽子を大事にしていると分かってくれていると感じるような。つい、そうなんですと同意したくなってしまうような。


 でも疑いの目で見はじめれば、その裏側にたっぷりと悪意を含んでいるようにも聞こえる。


「もしかして、誰かが盗んだんじゃ」


 盗んだ? ぬすんだ? 誰が? 一体誰がそんなことを?


 クラウンさんの言葉がこだまのようにギルドの中に広がっていく。おかしい。これはおかしい。


 私は「どこかにしまった」と言ったのだ。何故普通に考えれば可能性の低い、それどころかありえない「盗まれた」なんて話の方を信じる?


「いえいえ~、私がどこかに置き忘れただけです~。皆さんお気になさらず~」


「あの帽子はステータスも高かったですし、魔法使い系のアバター使ってるなら欲しくなってもおかしくないんじゃ。いや、もしかするとあるいはなにか別の理由で盗んだのかも」


 一度生まれればどんどん湧き上がってくる疑いの気持ち。でもそれこそが悪魔の仕業なのかもしれない。疑うことと疑わないこと。どっちが正しいんだろう。


「マスター、お話したいことがあります」


 師匠に話しかけたのはマッキーさんだった。


「ん、どうしたのマッキーさん改まって」


「コヒナさんの帽子は盗まれたんだと思います。私は犯人に心当たりがあります」


「えっ、ほんと? 」


 マッキーさんの言葉に、さらに緊張が深くなる。マッキーさんが何を言うのか、「犯人」は誰なのか。誰もがそれを考えている。


 私もそれを考えている。


 マッキーさんが私の思っていることを口にしてくれるのだと思い、私は少し安心してしまっていた。きっとこれだって正しいことじゃない。自分の思っていることを口に出すことと、胸の中にしまっておくこと。そのどっちが正しいのかもわからない。


 ただ、流れが自分に都合のいい方に進むことに身を任せてしまう。私は、ズルい。この間の占いに現れた<悪魔>の逆位置が示しているのは、ひょっとしたら私の事なのかもしれない。


「マスターにお伝えすべきかずっと迷っていたんです。でもこれ以上ギルドがバラバラになるのを見ていられません」


「えええ、どういうこと?」


「ここにいる皆さんも薄々感づいてるんじゃないでしょうか。犯人は誰なのか」


 緊張感が場を包んでいく。静まり返ったギルド拠点の庭に、マッキーさんの声だけが響く。マッキーさんの推理が「犯人」を追い詰めていく


「その人にはギルドに入るのを口添えしてくれた恩もあり、今まで言えずにいたんです」


 そうだったんだ。マッキーさんとクラウンさんの間にそんなことが。いやもしかしてそれもクラウンさんの戦略で……。あれ? クラウンさんってマッキーさんより後の入隊だよね。クラウンさんはマッキーさんが勧誘したんだと思ってた。どういうこと?


「私がこのギルドに来た時、最初にその人からコヒナさんの部屋に入るなと警告を受けました。言われなくても人の部屋に勝手に入るわけはないし、変なこと言うなとは思ったんですが」


 ……ん?


「今になってやっとわかりました。あれはコヒナさんを守る為じゃなかったんですね。その人はただ単に、他の人をコヒナさんの部屋に入れたくなかった」


 ……んん?


「その人は何かコヒナさんの持ち物が欲しくなってしまった。しかし一度部屋に入った結果、警戒して鍵を付けられてしまった。だからその後ずっと、侵入するチャンスをうかがっていたのでしょう」


 …………ん?……んんん?


 マッキーさんの推理はおかしなとこだらけだ。まず動機がおかしい。なんで私の物が欲しくなったの?欲しくなったから盗りましたなんて、小学生じゃあるまいし。


 そもそもこんな大勢の人数いる時に盗むのはおかしい。もっと狙いやすい時なんかいくらでもあった。どうしても欲しかったらその時を狙うべきだ。


 マッキーさん、何の話してるの? マッキーさんにはいったい何が見えているの?


「そうです。その人は、コヒナさんのことが好きだったんですよ」


 はぁあああああああ?


 私の困惑を他所に、マッキーさんは静かに一人の人物を指さした。


「コヒナさんの帽子を盗ったのは……レナルドさん、貴方ですよね?」


 ええっ、レナルド君が…………!?


 そうだったのか。私の部屋に侵入し、大事な帽子を盗ったのは……



 って、いやいや。



「それは違うんじゃないかと~」


「まさか。レナルドではないだろう」


「流石に無理があるんじゃない?」


「それはない。ありえないです」


「ええ~~、レナルド君じゃないよ~~?」


お読みいただき、ありがとうございました。

後半に近づくにつれ、考えなくてはならないことが増えてまいりました。今回も投稿しかけてはやめて書き直して、を随分繰り返してしまいました。ペースが遅くなってしまい申し訳ありません。


物語の展開、皆様にしっかり伝わっておりますでしょうか。上手く伝えられていますでしょうか。

困ったことに自分では何回読んでもそれが分からないのです。

折に触れて考えてしまいます。こんなことをここで申し上げても仕方がないのですが。


ここまでお付き合いいただいた皆様には届けられていると信じて、続きを書いてまいります。


また見に来ていただけたらとても嬉しいです。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 「マジかよ未来すげえな」 は、吹いた! ヴァンクいいキャラ♡ [気になる点] 悪が書ききれない、そんなとーか先生の一面を垣間見させてもらいました♡ いや、これは、なごみやのメンバーの…
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