皇帝と女帝と太陽と
いらっしゃいませ!
ショウスケさんとブンプクさんの結婚式編、第二話です!
結婚式の会場でタロットの皇帝に相応しい人を選びなさいと言われたら、それは勿論新郎だ。タロットカードは色々な解釈ができるけれど流石にこの場で新郎と皇帝の座を争おうとする人はいないだろう。古い映画みたいな展開になってしまう。見たことないんだけど。
同じように女帝に最も相応しい人を選べと言われたら間違いなく新婦だ。
タロットカードにおいて皇帝が男性を強く表現し、男の中の男と解釈できるように、女帝のカードは最も強く「女性」を現す。
女帝が象徴するのは優しさ、豊かさ、深い愛、実り、母親。
皇帝と女帝が一緒にいるのはなんだかおかしいけれど、お嫁さんという最も祝福された立場にあって、さらにお母さんでもある今日のブンプクさんをタロットで表すなら、やっぱり女帝がぴったりだ。
お式が行われるのはチャペル風の会場。
中央には緑と白を基調とした、お花を持つ天使が描かれたステンドグラスが掲げられている。
ご親戚の方々が前の方にいるので私たちは真中くらい。しっかりお式が見える良い席だ。
「ご列席の皆様、お待たせいたしました。新郎の入場です! 拍手でお迎えください」
司会の人の声に続いて荘厳な音楽が流れる。
視線が集まる中、ばん、と扉が開いて新郎が入って来た。ショウスケさんだ。
おおお、かっこいい!
初めて見るショウスケさんは裾が長い白のタキシード、ウエストコートも白。
男の人の服はバリエーションは少ないけれど、その決まった形をしっかり着るのはそれはそれで大変良いものだ。そう言えば上のお兄ちゃんのタキシード姿もかっこよかったなあ。
ショウスケさんは拍手の中バージンロードをまっすぐ歩いていくけれど、途中一瞬だけこちらに視線を向けて私たちに微笑んだ。
嬉しくなってこちらからも拍手をちょっとだけやめて手を振る。ちょっとだけね。ショウスケさーん、コヒナですよー!
ショウスケさんが一番奥、青いステンドグラスの下について振り返る。
「では続きまして、新婦の入場です」
司会の人の言葉にわっ、と拍手が激しくなる。
新郎だってもちろん式の主役なんだけど、主役度で行ったらやっぱり新婦さんの方が上だ。
再び扉が開いて、そこに花嫁さんのブンプクさんがいた。
ほうっ、と大きな声ではないけれどみんなが思わず漏らしてしまったのは賞賛のため息。
会場の入り口でブンプクさんのお父さんがブンプクさんに掛けられていた白の長いヴェールをめくる。
そして嬉しそうな泣きそうな顔をして笑うとブンプクさんの手を取って、拍手の中をショウスケさんに向かって歩きだした。そう言えばお義姉さんのお父さんもこんな風な顔してたな。
主役であるブンプクさんを包むのは純白のウエディングドレス。ウエストの高い位置でふわりと広がって、豪華なのに重苦しい感じを受けない。天使の羽で作ったみたいなドレスだ。
沢山の人の祝福を受けて、今日最も幸せな人が歩いていく。
見た目からは全然わからないけれど、ブンプクさんのお腹には赤ちゃんがいる。もう大分落ち着いたみたいだけど、実は一時期はつわりで大変だったのだ。そのころのブンプクさんは「う~~気持ち悪い~~」って言う為にログインしてた感がある。
わあ!
ブンプクさんも私たちの方を見て、開いている方の手を振ってくれた。
当然振り返す。目が合った気がする。なんだかすごく得した気分。
私がコヒナだって気づいてくれただろうか。ブンプクさーん、コヒナですよー。披露宴ではお話しできるといいんだけど、お客さんも多いみたいだからなあ。結婚式の主役二人がとても忙しいのは上のお兄ちゃんの結婚式で良く知っているのだ。
ブンプクさんの手が、お父さんからショウスケさんに渡される。ショウスケさんが恭しくその手を取って、二人は一度両手を繋いでお互いの顔を見た後、片方を離してこちらに身体を向けた。
ぴたりと音楽がやむ。
「皆様、今一度盛大な拍手をお願いいたします」
司会のスタッフさんの言葉に、拍手が一段と大きくなった。私も思い切り手を叩く。ちょっと手が痛くなってきたけどお構いなしだ。隣の師匠も、ギルドの人たちも。そして私たちだけじゃなくって、ここにいるみんなが同じように二人を祝福している。
みんなの祝福を受けてショウスケさんとブンプクさんが微笑んだ。なんだかそっくりな笑い方だ。ずっと長い時間を一緒に過ごしてきたみたいな。
ブンプクさんとショウスケさんが出会ってからは三年くらい。おつきあいを始めてからはまだ一年とちょっと。不思議だね。でもきっとそれだけ密度の濃い時間を過ごしてきたんだろうな。
拍手が少し落ち着くと、二人が示し合わせたように頭を下げた。二人が頭を挙げて私たち列席者に笑顔を向けると、二人の後ろにあるステンドグラスから光が差し込んできて幸せな二人をさらに明るく照らしだした。
おお、素敵な演出。裏にライトがあるのかな?
「皆様、お気づきでしょうか。お二人が揃った時、強く光が差し込みましたのを。ただいまの光は、当式場の演出ではございません。自然光でございます。太陽もお二人を祝福するようでございました。」
ちょっと早口で興奮気味に司会のそんなことをいう物だから、会場がどよめく。
えっ? ほんと!? 今の演出じゃないの!? タイミング良すぎるでしょ。太陽やりおる。式場の人もびっくりしたんだろう。
そういえばタロットの太陽が暗示するのは希望、未来、成功、それに祝福。今の二人にぴったりだ。
ショウスケさんが驚いたように目を大きくしてブンプクさんを見て、ブンプクさんが嬉しそうにそれに笑い返して。
一度収まった拍手が、またわっと大きくなった。
■□■
お式が終わって次は披露宴。かなり大きな会場で偉そうな人たちも多い。でも私たちの卓はギルドなごみ家御一行様で締められているので安心だ。
友人席と言うことで少し離れているものの、高砂がはっきり見えるこれまた非常に良い席である。
あちこちの席で話題に上っているのはさっきのお式の事。あの太陽はやっぱりみんな演出だと思ったらしい。すごいね。確かにいいものを見た。
私たちのテーブルでもさっきはその話題で盛り上がっていたのだけど、今されているのは別の話題。式の前の師匠の私を男の人だと思っていた疑惑についてである。
「いやだから男だと思っていたわけじゃなくて、本当に女の子だったんだ、っていう意味でね」
私の隣の席で師匠が言い訳をする。それでフォローしてるつもりなんだろうか。
「どう違うんですか!」
師匠の反対側の隣で話を聞いていた猫さんがケラケラと笑った。
「うける。ナゴミヤ過ぎるだろ」
「いやナゴミヤ過ぎるって何!?」
師匠は反論するけど猫さんの言う通りだと思う。いくらなんでも師匠過ぎる。
「着いた時間もぎりぎりだったし。遅刻するんじゃないかって心配しちゃいましたよ」
「いやその、おばあさんが切符買えなくて困っててさ」
「もうちっとマシな言い訳すれや」
これも猫さんの言う通りだ。中学生の遅刻じゃあるまいし、もう少し説得力のある言い訳をして欲しい。
あっ、そういえばあの件! ちゃんと猫さんに報告しておかないと。
「猫さん聞いてくださいよ。師匠は猫さんの事も『普通に男の人じゃない?』って言ってたんですよ」
「何ぃ? ほんとかこっひー」
「わーっ、ごめん、ごめんって!」
「てめえ、オレはメスの猫だとあれほど」
「そっち!」
あっ、師匠が人って言ったかどうか自信ないや。まあいいか、黙っておこう。
そこでばん、と照明が落ちた。小さく流されていた音楽も止まり、会場が鎮まる。もっと師匠を問い詰めたいところだったがとりあえずはここまでだ。
「お待たせいたしました! 皆様、後方の入り口にご注目下さい。新郎新婦の入場です!」
披露宴会場に司会の人の声が響く。私たちはお式で見られたけど、ここから参加の人たちもいっぱいいる。その人たちはまだ新郎新婦を目にしていないのだ。ふふん。なんか優越感。
司会の人の言葉に、スポットライトと列席者たちの視線が入り口に集まる。何処かで聞いたことのある明るい外国の曲が流れて、新郎新婦が入場してきた。
一つ一つの卓をゆっくり回りながら。一人一人にショウスケさんがありがとうと声をかけて、ブンプクさんが微笑んで。
ヒールを履いてもまだ少し背の高いショウスケさんの腕にブンプクさんは体を預けている。
主役二人はこちらの席にも回ってきた。やっと直接お祝いが言える。
「ショウスケさん、ブンプクさん、おめでとうございますー!」
一番先に私がいうと、みんな口々にお祝いの言葉を送った。やっぱりみんな早く言いたかったんだね。
「皆さん、今日はお越しいただきありがとうございます」
「わ~、えっと、誰が誰? あ、言っちゃだめだよ。えーっとね」
席順でわかるはずなんだけど、それとは別なんだろう。ブンプクさんは難しそうな顔をして一人一人顔を見ていく。なんかブンプクさんってイメージ通りだな。ぽわぽわなしゃべり方だ。
全員を見渡した後、ブンプクさんは私に白いレースの手袋に包まれた指を向けて言った。
「コヒナちゃん~!」
「正解です! コヒナです~!」
「やっぱり。式の時からコヒナちゃんはわかったんだ~」
おお、やっぱり気づいててくれたんだ。このドレスにしてよかったな。
「ブンプクさんもイメージ通りです! すっごく綺麗です!」
「うふふ。ありがと~。えっと、それから~」
みんなそれぞれ自分が誰なのか言おうとするけど、ブンプクさんがそれを制した。
「駄目―。当てさせて~」
そういって難しい顔でみんなを見比べる。
「ほら、ブンプク。ここだけ長いしちゃまずいでしょ」
「ああわかった! あなたハクイちゃんでしょ~!」
「正解よ」
「やった。それからね~」
「ほらブンプク、司会の人困ってるわよ。あとでゆっくりお話ししましょ」
私たちだけで主役二人を独占するわけにはいかない。ハクイさんに促されるけど、ブンプクさんは尚も名前宛ゲームを続けたいようだった。
「え~、じゃあみんな絶対あとで来てね~。答え言ったら駄目だよ~」
「はいはい」
ブンプクさんはしぶしぶと言った様子で次の席に向かっていく。ブンプクさんが「ショウスケも答え言ったら駄目だよ」と言っているのが小さく聞こえた。
「なんつうか、ありゃあブンプクだなあ」
「うん、間違いなくブンプクだね」
猫さんの言葉に隣のリンゴさんが深く同意した。
「なあ、ブンプクのやつ、ショウスケのことショウスケって呼んでなかったか?」
「あっ! 私も聞こえました!」
ヴァンクさんが言う通り、ブンプクさんはショウスケさんのことをショウスケと呼んだ。ショウスケさんと言うのはアバターの名前だ。
本名は佑川 章彦さんと言う。名前の章と苗字の佑をくっつけてショウスケさん。中学校の時のあだ名らしい。私と一緒だ。ブンプクさん、ショウスケさんのことショウスケって呼んでるんだなあ。
「ショウスケ君はブンプクのことなんて呼んでるのかしらね」
「それな」
ハクイさんとヴァンクさんが言う。
そう、それそれ!
気になるのはそこだ。是非後で聞いて見なくては。
ブンプクさんの本名は服部 文音さん。骨董屋さんだからブンプクさんなのかと思っていたけど、名前の由来はショウスケさんと同じだそうだ。あだ名ではなく自分で考えたお名前みたいだけど。
お二人の名前は前もってしっかり憶えてきている。ショウスケさんとブンプクさんの結婚式に来ましたって言ったら受付の人を困らせちゃうからね。
お読みいただきありがとうございました。
続きは明日の夕方17時に更新いたします。珍しく、というか初めての更新予告。
長くなっちゃったので分けたというのが実のところです。
また見に来ていただけたらとても嬉しいです!




