魔術師と糸車
いらっしゃいませ!
本日もご来店ありがとうございます。
ロッシー君に乗って辿り着いたのは大きな町だった。
「ここがマディアの城下町だよ。設定としては大きな川が流れる大穀倉地帯に隣接してて、経済的には一番発展している町ということになってる。王様がいるのもここだよ」
ナゴミヤさんが教えてくれた。
<ネオデ>というゲームの舞台は <ユノ=バルスム>という世界なのだそうだ。ユノ=バルスムには国という概念はなく、世界全体を一人の偉大な王様が納めている。その王様がここに住んでいるというわけだ。
王様に会ったら「ボナに導かれし勇者コヒナよ! 世界を救ってくれ!」とか言われるんだろうか。城下町ならお城があるんだろうな。 見てみたいな。
王様のご先祖様に当たる人がボナさんと所縁のある方らしい。
段々とボナさんの力が弱まって来て現在に至る、というのがユノ=バルサムの歴史だという。それは今の王様、さぞかし大変な思いをしていることだろう。お疲れ様です。
「まあ、この辺の話はゲームにはあんまり関係ないんだけどね」
さんざん解説しておいてからナゴミヤさんが言った。じゃあなんでその話したんだろう。ナゴミヤさん、さては解説厨だな。
「さて、ここが<冒険者ギルド>。荷物はここで預かってもらえるよ。量に制限はあるけど、このくらいなら全部いける」
「これって、使い道あるんでしょうか?」
拾っといてなんだけど。
「ううん」
ナゴミヤさんはごそごそとロッシー君の布袋の中を確認する。
「そうだねえ。あるようなないような……。正直言えば、持っていても意味はない、と思う」
「がーん」
なんていって、まあ予想通りだ。
「わかる。わかるぞ、その気持ち」
ナゴミヤさんがうんうんと頷いた。きっと同じ道を通ってきたのだろう。
「全くないというわけでもなくてね。さっきの鞍みたいにそれぞれ色々な物作れるんだ。ただ、素材にしても作ったものにしてもNPCのお店で買えるものも多くてね。たくさん仕入れてプレイヤー相手にまとめて売るとかなら需要もあるんだけど」
「つまり、この状態では」
「うん。プレイヤー相手には売れないだろうし、NPCに売っても二束三文だね」
「がーん」
「その上、NPCのお店は素材に関してはそれぞれ引き取ってくれる店が決まっている。何でも買い取ってくれるお店はない」
なんだって。それはかなりめんどくさいんじゃないか。二束三文で引き取ってもらうためにあちこちのお店に持ち込むのか。
「じゃあ、丸太は」
「家具屋さんとかだね」
「羊毛は」
「仕立て屋さんかな」
「岩は」
「………………だって、岩だよ?」
「がーん」
そうなのか。岩はやっぱりただの岩なのか。岩を買い取ってくれるお店はないのか。しかしそれだと矛盾が出てくる。リアルでは人間にとって価値のないものもいっぱいあるだろうけど、ここはゲームの中だ。
この岩って、何のためにあるんだろう。
「使い道がないわけじゃないんだけどね。ギルド戦の投石機の弾とか、家作る時の飾りとか。ま、そのうち使うこともあるかもしれないし、倉庫の容量ある間は預けっぱなしにしていてもいいんじゃない?」
それもそうか。
「わかりました!そうしてみます!」
「あ、そうそう。羊毛だったらNPCのお店の倍の価格で買い取るよ」
なんですと、倍⁉ これはお得じゃないか?
「でもそれは申し訳ないかと!」
しかし私は鉄の意志で誘惑を振り切る。お世話になった人に損をさせるわけにははいかない。
「あ、それは大丈夫。僕もNPCの店で仕入れるよりも安く買えることになるから」
「そうなんですか⁉」
そう言えばワインを買って全部引き取って貰ったら、そのやり取りだけでお金が五分の一くらいになった。なるほど、中間業者を介さないのでお安くできるのですと言うやつだな。通販番組にありがちな。お互いにメリットがあるならそれはよいことだ。
「まあ、言っても羊毛一個が3円ってとこだからなあ。倍でも6円だけど」
「3円!」
羊毛は3円にしかならないのか。となると全部で18個ある羊毛も全部で54円。となると無くなった初期費用の1000円は大金だな。いずれにしても3円が6円になるのはありがたい。
って。
「……いや、円て!」
「……いいね。ストレートでありながらしっかり間の取れたつっこみ。世界狙えるかもしれない」
「マジですか」
わーい褒められた。
「ではお願いします!」
「え、世界……目指すの?」
いえ、そうじゃないです。
「目指しません! 買取の方です!」
「あ、そうだった。了解。じゃあその前にちょっと仕立て屋まで行こう」
「仕立て屋さんですか? では先に他の物預けてきます!」
羊毛以外の持ち物を数回に分けて冒険者ギルドのNPCさんに預かってもらった後、ロッシー君に乗って私たちは仕立て屋さんへと向かったのだった。
「ここだよ」
連れてこられた仕立て屋さんには、鋏と糸と針とをモチーフにしたわかりやすい看板が掲げられていた。
「ロッシー、ちょっと待っててね」
ナゴミヤさんはリンゴを取り出し、ロッシー君に上げようとして私の視線に気が付き
「コヒナさんからあげる?」
と聞いてきた。
なんだかふれあい動物園に連れてこられた子供みたいな扱いをされた気がするが、あげたいなと思っていたので大人しくやらせて貰うことにする。
「はい!」
ナゴミヤさんがリンゴを渡してくれる。ロッシー君、はいどうぞ。
きゅいい、と声をあげてロッシー君がリンゴを食べる。おいしい? 可愛いなあ、ロッシー君。ジャイアントなんとかかんとか、私もそのうち飼えるのかな?
「羊毛持てるだけ持ってねー」
「はーい」
ナゴミヤさんに言われた通りロッシー君の布袋から羊毛を取り出す。
羊毛っていっても名前が羊毛なだけで羊色のびろーんとした塊なんだけど。羊さんが着ているうちはふかふかに見えたけれど、今はなんだかごわごわに見える。あまり顔をうずめたい気分にはならない。その上やたら重くて私では沢山は持てない。重量ぎりぎりまで羊毛を持ってナゴミヤさんと私はお店へと入った。
「わあ! 糸車!」
仕立て屋さんの中央には大きな糸車が設置されていた。
「え、糸車が好きなの?」
「はい! 写真とかで見たことはあるんですが、実物を見るのは初めてです!」
「実物……?」
実物ではないのはわかっている。画面の中だし、二次元だし、グラフィックだし。何だったら写真の方がリアルかもしれない。だけどこう、自分のアバターの前にあるとテンションが上がるじゃないですか。
運命の女神さまは糸車を持っているのだという。タロット占いに嵌るという学生時代を過ごしてきた私である。そういう話は大好物だ。
この女神さまをモチーフにしたとされるタロット<運命の輪>にも大きな糸車が描かれている。
運命の輪が示すのは常に変わりゆく人の運命。
占いで運命の輪が出たならば運命が変わりゆくまさにその瞬間だということだ。慎重に解釈しなくてはならない。
誰かの運命を変えるなんて言う大げさな話ではないのだけれど「あなたの物語は今まさに分岐点です」なんて所に立ち会えたなら、占いする方としてはやっぱりテンションが上がる。
まあ不思議と実際の占いではあまり見かけないカードなのだけどね。
「よくわかんないけど、その糸車使えるよ。やってみる?」
「ほんとですか!」
「おおう、食い気味。それじゃあ、さっきの羊毛を糸車に使ってみて」
リンゴをロッシー君にあげるのと同じ要領で使ってみる。かたかた音がして糸車が回り、羊毛が無くなって代わりにバックに糸の玉が入った。おおお、これは楽しい。
「どんどんかけて行ってねー」
ナゴミヤさんが羊毛の塊を持ってきて糸車の脇に置いてくれる。
かたかた、かたかた、と羊毛はすぐに同じ数の糸球になった
「じゃあ、つぎこっちねー」
糸の玉になると大分軽くなったようで全部まとめて持ち運べる。
ナゴミヤさんが呼んでいるところまで行ってみると、今度は手織り機が置いてあった。おおお。と、いうことは。
「やってみていいですか?」
「おー、いいねいいね。やり方は一緒だよ」
バックの中の糸球を手織り機に掛けてみると、かしゃんかしゃんと音がして糸球が<布>になった。
「毛糸なのに布なんですね!」
「うん。そのあたりはシステムの限界だね。毛糸も木綿も絹もみんな糸と布になるね」
ふむふむ。木綿や絹もある世界なのか。いや、無い世界と言うべきか? とりあえず布の素材は色々あるということだ。
「おし。じゃあできた布を買い取るよ。布だと一枚8円だ。倍で16円。18枚だから288円のところ、少々おまけの300円でどうだい?」
おおお。54円が300円に。まさに錬金術! しかしさすがに。
「それはナゴミヤさん大損ではないですか?」
「いや? お店でかえば360円だからね。僕も得してるよ」
いや騙されない。話はそう単純ではない。いや複雑な話でもないけど。
加工すると全部高くなるというのはよくわかった。
だが加工した、あるいはやり方を教えてくれたのはナゴミヤさんだ。その上でかかった手間賃を上乗せして払うというのはどういう了見なんだ。
小麦粉を持って行ってホットケーキとお金と交換してもらうようなものじゃないか。
「そういう話ではないんですよー!」
「まあまあ、あまり深く考えないで」
ナゴミヤさんはそう言ってお金を渡してくれた。
<system: ナゴミヤ がトレードを申し込んでいます>
「布、ちょうだい。これがトレード用のトレイね。代金引き渡しの詐欺を防ぐために、渡すものを乗っけてお互い確認してからチェックだよ」
言われた通りシステムで表示されたトレイの上に布を乗せて代金を確認する。最後にチェックボックスにチェックを入れる。
<system: トレードが完了しました>
なるほど。悪い人もいるかもしれないもんね。ボナさんが身を賭して召喚した善なるものが悪い人だというのもなんともひどい話だな。
だが悪い人がいればいい人もいるものだ。
「ナゴミヤさんは何故こんなに親切にしてくれるんですか?」
何か下心でもあるのだろうか。なんつって。まあ無いだろうな。今の布が私のほぼ全財産だからね。
「ん~、親切と言うのとはちょっと違うんだよなあ。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、下心もあるというか」
え、下心あるの⁉
「あ、いや変な意味じゃないよ?」
「変な意味……?」
何だ変な意味って。あれか。この間のゴブリンみたいに身ぐるみ剥がして売り払うとか。
いや、無いな。
私の身ぐるみ剥いでるくらいなら、羊さんの身ぐるみ剥がしてた方がよっぽど稼ぎになる。
尚ゴブリンが身ぐるみ剥がしたという事実はございません。御本ゴブの名誉のためにその辺は誤解がないようにしておかないとね。
「下心というか。僕みたいに新人さんに何か教えたり、案内したりするのが好きな奴はまあ、稀によくいるんだよ」
ナゴミヤさんはそこまでいって何故かえへんと胸を張って見せた。稀なのかよくいるのかわからない。
「古いゲームで新人さんも少ないからね。だから気を付けなさいな。人の多いところに行ったら、多分囲まれてしまうよ」
そうなのか? なんだかそれはちょっと楽しそうだな。
「いや、冗談じゃなくてね。何かしてあげたい人は多いから、親切も受け取るべきかどうかはちゃんと自分で判断するんだよ。なんて散々引っ張りまわした僕が言うのもおかしな話だけど」
なにをおっしゃるナゴミヤさん、である。確かにナゴミヤさんは解説厨なのかもしれないけれどそれもひっくるめて。
「とんでもないです! すごく楽しかったです!」
助けてもらったのももちろんだけど、ロッシー君は可愛かったし、本物の糸車は見られたし、集めてきたものはお金になったし。
何よりとても楽しかった。
ゲームだというのはわかっているけれど、本当に異世界に転生して親切な人に助けてもらった気分だ。
ステータス、オープン! おおう、これではゴブリンにも勝てないぞ困ったなあ、からの冒険の始まり。
「そう? それは嬉しいなあ。じゃあ、これは本当のプレゼントね」
ナゴミヤさんから何やらちょきちょきと音が聞こえる。
「でけた」
「こ、これは!」
ほい、とナゴミヤさんから渡されたのは上下一組のお洋服だった。
おおお、可愛い。かっこいい。今着ているNPCのような残念系初期装備とは雲泥の差である。
「コヒナさんの布で作ってみた。防御力とかは無いからね。街中用かな」
おおお、これさっきの布でできてるのか! 何でもできるなこの人。買い取ってもらった布で服を作って貰うってどうなんだって話だけれど、渡された服がかっこ可愛かったものだからつい受け取ってしまった。
「これ、着てみてもいいですかっ?」
「どぞどぞ。お店のカウンターのところに試着室が」
ナゴミヤさんが何か言っていたが、私はどぞどぞの時点で着替えを始めてしまっていた。
「うおいxっる⁉」
ナゴミヤさんが奇声を発してしゃらんと杖を振った。たちまち私の身体は半透明になる。おお、なんだこれ。
「これは何ですか?」
お、しゃべったら元に戻ったぞ?
「出てくるんじゃない! 」
ナゴミヤさんがまた杖を振って私の身体は半透明になった。
「透明化の魔法。こっちからは見えなくなってる」
?
ああなるほど。人前で脱ぐな、とそう言うことですね。これは失礼を。
「ありがとうございます!」
おや? また解けてしまったぞ。
すぐにナゴミヤさんから透明化の魔法が飛んできた。
「しゃべっttxたら解けkるから!」
そうなのか。すいませんお手数おかけします。でもアバターだし、そんな噛んでまで気にすることでもないんじゃないだろうか。さてはナゴミヤさん、ムッツリスケベだな。
まあわざわざかけて貰った透明化の魔法を、解除してまでお見せするほどのものでもない。大人しく無言で着替えることにしよう。
着替え終わったが自分から見ても半透明なのでいまいち見た目がわからない。
では、華麗に登場していただきましょう。新生コヒナさんです!
「じゃーん」
おお、可愛い!
「ああ、普通に出て来た。やれやれ」
ナゴミヤさんはしゃらしゃらと振っていた杖を下した。どうやら出てきたらまた魔法掛けようとしてくれてたようだ。
「あ、すいません。しゃべるなっていうの、フリでしたか?」
「違うわ!」
違うのか。難しいね。
まあそんなことより。
「どうですか?似合いますか?」
ナゴミヤさんがくれたのは冒険者風の上着とズボンのセットだった。
丈夫そうな布地で露出が少ない防御と機能性重視。虫や草からの危険もしっかりガード。
肩や膝は厚手の布で補強されていて、上着にはフードもついている。砂やほこりの多いダンジョンでも安心の設計だ。
全体としては茶緑の目立たない地味な色合いだけれど、それでいて所々に鮮やかな色が使われていて野暮ったさがない。
冒険者のおしゃれここに極まれり。女性冒険者の間で話題の雑誌、「冒険ガール」の表紙も飾れそうだ。そんな雑誌があればだけど。
まあただそれは見た目だけの話で。実際のステータスとしては今ナゴミヤさんの言う通り、初期装備の服より物理防御が少し高い程度。虫や草でダメージを受けたりはしないからね。それがモンスターでもない限り。
でも見た目は段違い。これは大事なことですよ。綺麗な服を着てると内側までなんだか誇らしくなる。おしゃれっていいよね。 着るタイプの魔法です。
「ふむ見立て通り。流石は僕」
ナゴミヤさんは満足そうにうなずく。ふむ。ナゴミヤさんのおっしゃる通り。流石のお見立て。間違いない。
しかしナゴミヤさん、貰っといてなんですが、ここは普通、服ではなく私を褒めるところですよ?
「こちらの服のお代はどうしたらいいですか?」
「いや、それはほんとにプレゼントで。自分で手に入れた素材で作った装備って、なんかよくない?」
「はい! 最高です!」
自分で釣ったお魚を食べるのと一緒だな。お兄ちゃんたちがヤマメとかイワナとか焼いてくれたっけ。ただお塩振って焚火で焼いただけのやつ。おいしかったな。
「さて。時間も大分遅いのだが、コヒナさん大丈夫?」
む? いやそうはいってもナゴミヤさんと会ったの、晩御飯のすぐ後だったし、10時過ぎってとこじゃ
うわあい!
1時近い!
「やってしまいました! まずい時間です!」
「おおう、わりい」
また謝られた。
「今日は色々ありがとうございました! とても楽しかったです!」
「いやいやこちらこそ。楽しかったです。ありがと。んじゃね。また見かけたら声かけてー」
「ありがとうございましたー!」
仕立て屋さんの外、ナゴミヤさんはまたロッシー君に乗って何処かへ走っていった。
ナゴミヤさん、まだ寝ないのかな。明日お休みとかだろうか。それなら明日、帰ってきたらまた会えたりするかな?
私はネオデからログアウトして寝る準備を始める。
起床時間に合わせて目覚まし時計と携帯のアラームの両方をセット。携帯の方は念のため十分おきに三回セットした。
気が付けばだいぶ眠い。だいぶ疲れている。
あー、失敗しちゃったなあ。明日の朝はキツいんだろうなあ。
でも。
眠くもないのにベッドに入って無理やり寝るのに比べたら、ずっといいな。
本日もありがとうございました!
大変うれしいことがありまして、活動報告に詳しく書いたのですが、
屍従王という作品を書かれているシギさん、いつも大変お世話になっているのですが、屍従王の主人公さんがコヒナさんに会った、というお話を書いていただきまして。
それが凄く素敵な話でして。
エタリリ内、某イケメン勇者とコヒナさんが登場します。
https://book1.adouzi.eu.org/n3424ha/
このお話は屍従王の幕間⑤として豪華三話で構成されています。
シギさんの描いたコヒナさんを是非ご覧ください。
さらに、そのお話をコヒナさん視点で書いてもいいという許可を頂きました。
どこか別の世界の主人公を見ているコヒナさんを書きたい、というのは私の夢でして。
こんなに早く叶ってしまっていいのかなと震えております。
ちょっと時間がかかるかとは思いますが、本編と並行して作成してまいります。
シギさん、本当にありがとうございました!
次の更新、休みの都合で間が空いてしまうと思います。毎度すいません。
また来ていただけたらとても嬉しいです。




