魔術師との再会
いらっしゃいませ!
本日もご来店ありがとうございます!
紫の魔法使いさんがゴブリンに追いかけられていった後、私はしばらく呆然とその場にたたずんでいた。
ゴブリンもその人もいなくなってしまったので残っているのは私と羊さんたちだけだ。
何だったんだろうあの人。すごく変な人だった。
わざわざ着替えてたし。違う世界の詠唱してたし。詠唱したくせに魔法弱かったし。そもそも羊の群れの中から出てきたように見えた。一体何をしていたんだろう。
ただ、変な人だったけど、優しい人だったと思う。
私がゴブリンを持て余しているのを察して何処かに連れて行ってくれたのだ。
流石にそれくらいはわかる。次に会ったらお礼を言わなければならない。名前、なんて言ったっけ。
チャットのログを確認してみる。魔法使いさんの最後の言葉は「おおわあぁああ~~~~!!!!?」だった。その前のセリフは魔法の詠唱。最初の言葉は「え、え!? なにごと!?」だ。つくづく変な人だな。しかしこれがどうやら私のツボに入ったらしい。くすくすと笑いがこみあげてくる。
ログによると「おおわあぁああ~~~~!!!!?」と叫びながら逃げて行った魔法使いさんの名前は
<ナゴミヤ>
となっていた。
ナゴミヤさんか。この世界、<ネオデ>がどれくらい広い世界なのかわからないけれど、同じ世界にいるのならまた会うこともあるかもしれない。その時には必ずお礼を言わなくては。向こうが覚えてくれているかはわからないけど、それはそれ、だ。あの時助けて頂いたコヒナでございます、なんてね。
私の周りにはナゴミヤさんが隠れていた羊さんの群れがいる。羊さんたちはみんなもこもこだ。おー。触ってみたいな。触らせてくれるかな? 怒ったりしないだろうか。
おや。みんなもこもこだと思ったけれど、何匹かそうでない子もいる。つんつるてんのすってんてんだ。名前の表記はみんな<羊>なので違う種類というわけでもない。
これはもしかすると。
恐る恐るもこもこの子に触ってみると、
<system : 羊毛を採取しますか?>
おお、やっぱり。
はいと選択すると羊毛を刈り取られた子はすってんてんになった。もこもこも可愛いけどすってんてんも可愛い。そして面白い。私のバックにはもこもこの羊毛が追加されていた。
どれどれ、じゃあ君も。
面白くなってしまったので手近にいた羊をつぎつぎとすってんてんにしていく。
結果バックにはどんどん羊毛が溜まっていき……。
私はまたも重量オーバーで動けなくなった。羊毛って軽そうに見えるけど結構重いんだね。
どうしよう。何を置いて行こうか。
羊さんたちからむしり取った毛を置いていくのは忍びない。人道的にもやってはいけないことのような気がする。となるとやはりこの重い藁の束だろうか。でもなー。高く売れるかもしれないしなー。なにか特別な使い道があるのかもしれないしなー。藁束が欲しくて仕方ないNPCがいて、もっていくと何かいいものと交換してもらえる的な。わらたば長者みたいな。
ほかにはこの<丸太>かな。重いし。多分そんなに価値はないと思う。丸太だし。でもなー。まるた長者とかあるかもしれないしなー。
あと重いものだと<岩>かな。流石に岩はいらないか。でもなー。「この岩の形は素晴らしい!ぜひウン百万ゴールドで譲ってはいただけないだろうか!」っていうお金持ちが
動けないまま悩んでいるとざしざしと草を踏む足音が聞こえてきた。またゴブリンでも出たかと思って焦ったけれど、現れたのはさっきの紫魔法使いのナゴミヤさんだった。
おっと、予想外にお早い再会ですね。
「こんにちは! 先ほどは助けて頂きありがとうございました!」
感謝の気持ちを込めて丁寧にお礼を言う。
「あ、いや。助けたっていうか。なんか逆にすいません」
謝られた。
「そんな。死んじゃうかと思ったので、本当に助かりました。ナゴミ屋さん」
おおっと、ナゴミヤさんの文字変換おかしくなったの、そのまま発言してしまった。これは失礼極まりない。
「そうそう、ナゴミ屋。ナゴミいかがですか~、つってね。どっすか、ナゴミ。安くしときますよー。ってナゴミってなんだよ。何に使うんだよ」
言いながらナゴミヤさんはびしっびしっと空中に突っ込みを放った。おお、ノリつっこみ。
「すいません! とんだ失礼を!」
「あ、いや。こちらこそ初対面の人にノリつっこみとかしてすいません」
また謝られた。
「どっちかっていうと矢なんだけど、それはいいとして。ええとコヒナさん、ですね。コヒナさんはこんなところで何を? 」
「私は迷子です!」
「なるほど。それは重要案件だ。もしかして初心者さん?」
「そうです! 新人です! 今日から来ました! よろしくお願いします!」
「いや新入社員か! ビックリマーク多いわ! フレッシュか! 元気か!」
この人びしびしつっこみくるなあ。元気アピールというわけではなくて、感謝していることをなんとかチャットでも伝えようとしただけなんだけど。
「ありがとうございます! 前職でも元気だけはいいねって褒められました!」
「いやほんとに新入社員か! そして多分褒められてないわそれ!」
「そうなんじゃないかなって薄々感じてました!」
「気づいてたんかい!」
わかってても元気そうにしてないと、お仕事教えてくれる人にも申し訳ないからね。
「ああ、すいません。打てば響くのでつい。ほんとに今日始めた人ですか?」
また謝られた。打てば響くのはナゴミヤさんの方だと思うんだけど。
「ほんとに今日始めた人です! できたら町への行き方など教えていただけると!」
「行き方って言ってもすぐそこ……。良かったらご案内しましょうか。もし良かったらですが」
「ほんとですかっ! 是非!」
「おおう、食い気味……」
もし~の後が出る前に答えたら引かれた。でも仕方がない。最初はゲートという現在地の目印があったからいいが、今は目指すべき方向すらわからないのだ。もし良かったら、も何も願ったり叶ったりだ。
そういえば上京する時に、知らない人にはついて行ってはいけないよ、とお父様から言われたな。私は小学生か。
ナゴミヤさんは知らない人で変な人だけど、悪い人ではないだろう。悪い人だったとしてもついて行って乱暴されるってこともないだろうし。
「じゃあ、早速」
とナゴミヤさんは言ってくれたが申し訳ないことにそう簡単にはいかないのだ。
「あのすいません。実は今ちょっと動けなくて」
「あ、リアル事情ですか? それならそちら優先で」
ナゴミヤさんは私の動けないという言葉を勘違いしたようだ。いい人だな。変な人なのに。
「いえ、リアル事情ではなくて、重量オーバーで動けなくて」
「ああなるほど。それじゃあ」
ナゴミヤさんがしゃらんらんと長杖を振る。
<system : 筋力が上昇しました>
おお、魔法だ。ステータスに力こぶの形のアイコンが点灯している。
「これで大丈夫かと」
「ありがとうございます!」
歩き出そうとしたけれどまだ動けない。
「すいません、まだ重いみたいです!」
「あれ、そんなはずは……。今重量の所どうなってます?」
「ええと……」
重量、重量。あったあった。
「重量 1465/500 ユニットってなってます」
「1465⁉ なんで⁉」
「なんでと言われましても……。成り行きと言いますか」
「だって1465って、もうずっと前に動けなくなってるはずなんだけど……」
なるほど。この分母の500が持てる重量なんだな。三倍か。ナゴミヤさんがびっくりするわけだ。
「多分、動かないまま近寄ってくる羊さんの毛を狩りつづけたせいではないかと」
「羊? おわあ! よく見たら羊の群れ一つが全部まるはだか!」
おわあ、ほんとだ。いつのまにかすってんてんの子ばっかりになってる!
しかしこの人いちいちリアクション大きいなあ。ネットゲームってそういうものなのかな。初めてやるわけだしこれが普通ということもあり得るだろうけど、何故だろう違う気がするな。
「むむむ、それだと僕が半分持っても動けないな。ああ、どうしようまずいな。そろそろ来ちゃうんだよな。もっと遠くまで連れて行っておくんだった」
ナゴミヤさんは当事者の私よりも困った様子でうろうろしながらつぶやく。何が来ちゃうのかわからないけれど、うろうろするのに意味はあるのだろうか。
いや、なくてもいいのか。リアルでもうろうろすることに意味なんてないもんね。
何かおいて行かなくてはならないのはわかっている。重量を見る限り、羊さんの毛だけでも全部は持っていけないだろう。だからこの会話の間ずっと、いらない持ち物を捨てて重量を軽くしろと言われるのを覚悟していたし、言われたら素直に従う気でいた。
でも、ナゴミヤさんはそれを口にすることは無かった。
「ええい。ちょっと反則だがいたしかたない。コヒナさん、今からゲート作るけど、絶対それに入ったらだめだよ!」
え、なに? げーと?
「はい! わかりましたっ!」
とりあえず返事を返す。なんだか知らないけれど、ここから一歩も動けない私にゲートに入るというのは無理なので安心して欲しい。
ナゴミヤさんがしゃらしゃらと長杖を降ると、ブーンという音がしてゲートがあらわれた。
ボナさんが開いたゲートやマップ上に設置されていたのと同じ、空中に現れる光る四角形。色だけが違ってオレンジ。魔法でゲート作ることもできるんだね。どこでもゲート~! 便利そうな呪文だな。どこに繋がっているんだろう。
ナゴミヤさんは自分で作ったオレンジ色のゲートの中に入っていって私は一人取り残された。
動けないで一人というのは不安なものだね。さっきまでずっと一人で動けずにいた時には別に不安とか感じなかったのに、一度誰かと話してしまうと心細さを実感する。不思議なものだ。
ナゴミヤさんはすぐに戻ってきた。
見たことのない大きな二足歩行の生き物と一緒だ。ダチョウとなんとかサウルスを足して二で割った感じで、羽はなく、ついている手は小さい。
代わりに大きな体を支える二本の脚は太く長く、先についている爪ががっちりと地面を掴んでいる。走ることを得意とする生き物なのが伝わってくるデザインだ。
ひょろっと長い首の先には体の割に小さな頭と大きな目。
大きいけど、優しい顔つき。なんだか可愛い。
その子にはロッシーという名前が付けられていた。
背中には鞍、両脇に大きな布袋が備え付けられている。騎乗、運搬用の動物なのだろう。
「可愛い! ナゴミヤさん、この子は?」
「ジャイアント・ストラケルタのロッシー君。可愛いでしょ。これ、あげてみてくれる?ダブルクリックからロッシー君をターゲットで」
ナゴミヤさんから何か渡された。リンゴだ。
言われた通りにしてみると、ロッシー君はひょいんと長い首を伸ばして私の手からリンゴを食べた。おお、可愛い。
<system : ロッシーはあなたをサブマスターとして認めました!>
お、おお? 何だい、私がサブマスター? いいのかいロッシー君。可愛いやつめ。リンゴ、他に持ってなかったかな。確か何かの果物を拾った気がする。ごそごそ。お、オレンジ持ってた!
「ナゴミヤさん、オレンジあげてもいいですか?」
「お、いいよ。ありがとう。大食いだから助かる。じゃあオレンジあげたらとりあえずこの子に荷物預けて。ドラック&ドロップでOK。そろそろ急がないとまずい」
何だかわからないけど急がなくてはいけないらしい。
「わかりました! ロッシー君、よろしくね!」
私の手からオレンジを食べると、ロッシー君はぴゅい、と思ったよりも高い声で鳴いた。
ロッシー君の布袋に荷物を入れる。私の持てる限界の三倍の重量を預けても平気な顔をしているロッシー君、凄いね。
「それと、その辺に丸太落ちてないかな。普通ごろごろしてるんだけどな。探そうとするとないんだよな。やっぱ斧も持ち歩かないとだなあ。」
お、丸太が必要らしいぞ。やったね。まるた長者の出番だ。
「丸太持ってます!」
「え? 丸太だよ? なんで持ってんの? いや、ナイスだ。貰ってもいい?」
「はい! どうぞ!」
よし、役に立ったぞ。流石はまるた長者。実は丸太が落ちてなかった理由もまるた長者のせいだけどね。
丸太を渡すとナゴミヤさんはそれを使って何か作り始めた。とんてんこん、と音が聞こえる。
「おし、できた。これをロッシー君に。リンゴと同じ要領で」
渡されたのは<簡易鞍>というアイテムだった。凄い。このゲーム、丸太から鞍作れるんだ。
鞍をダブルクリックして出たカーソルをロッシー君に当ててみると、ロッシー君の背中に鞍が二つ、前後に並んでついた。これはもしかして。
「お、付いたね。んじゃ、後ろに乗って。ロッシー君ダブルクリックね」
ひょい、っとナゴミヤさんが先に乗る。紫の魔法使いさんが凄く高い位置からこっちを見ている。
おお。やっぱり私が後ろに乗るのか。
な、なんか緊張するな。そういうのじゃないのはわかってるんだけどさ。
「あ、やっべ! 来ちゃった!」
え、来ちゃったって何が。
そう思った直後、びいいん、と音がして近くの草むらに何かが突き刺さる。
矢だ。
と、言うことは。
わあ。
さっきナゴミヤさんが何処かに連れて行ってくれたゴブリンさんたち!
こんにちは。ええと、お早い再会ですね?
「コヒナさん、早く乗って!」
「はい!」
それでは、おじゃましますよ。
ロッシー君をダブルクリックすると私の身体はひょいと後ろの鞍の上に落ちついた。
うおお、高い、高い! どうやって乗ったんだ。すごいな私。
「乗った? よし。ロッシー、行け!」
ぴゅいい、と大きく一声鳴いてロッシー君が走り出す。徒歩とは比べ物にならないスピード。後ろでぎゃあぎゃあと叫ぶゴブリンさんたちがぐんぐん小さくなっていく。
ロッシー君の操作はナゴミヤさんがしているのだろう。RPGの騎乗生物というのはそういう物だ。
だから、「よし。ロッシー、行け!」も、さっきの呪文の詠唱と一緒で必要のない言葉。
なのにそれは、なんだかとても様になっていて。
ナゴミヤさんの指示を受けてロッシー君が自分で走っているみたいだ。
「いや~、間に合わなかったらどうしようと思ったー。んじゃこのまま町に向かっちゃうね。本当は徒歩で連れてきたかったんだけど、ごめんよ」
ナゴミヤさんは、何故かまた謝ってきた。
「とんでもないです。助かりました! さっきのゲートの魔法、凄いですね。ロッシー君を迎えに行ってたんですか?」
「うん。移動用の魔法でね。町にある厩舎まで行ってきた」
へっ? 町?
「え、町の厩舎ですか? じゃあ、もしかしてゲートに入ったら町に行けた?」
「あ~、気づいちゃった? まあ、そう言うことだねえ」
「じゃあなんでわざわざこんな手間を……」
動けなかった時のことは別にしても、ロッシー君に荷物を積んだ後、ゲートで町へ向かえば手間はずっと減ったはずだ。
「だってコヒナさん、今日がこの世界初めてなんでしょう?」
いつの間にか森を抜け、地面は石畳で舗装された街道へと変わっていた。
町へと続く広い道を、ロッシー君を疾風のように駆りながらナゴミヤさんが言う。
「だったらそんなの、もったいないじゃん!」
お読みいただきありがとうございました。
二章、しばらくこういった形で進んでいきます。
また見に来ていただけたらとても嬉しいです。




