誘い
夜になって。
赤い月を病室から静かに見つめる青年、榛登はため息を吐く。
『爆炎の妖魔』から解放されたのは良かったが、その後遺症は大きかった。……彼の力の一部が榛登の中に残留してしまったのだ。
そのせいで、トクタイの監視下に置かれたままだ。
(……迷惑なことだよ、まったく……)
あの日。
死にたさが限界を迎えた日、榛登は『爆炎の妖魔』に憑りつかれた。
大騒動に巻き込まれた挙句、死にたくても死ねない状態に陥ってしまってたことで、彼の心は更に闇に染まる。
「あぁ……死にたいなぁ……」
一人ぼやいたつもりのはずだった――。
【そんなに死にたいのなら、死なせてやろうぞ?】
「な!? だ、誰だ……!!」
声を荒げる榛登に対し、その声は静かに響く。
【どうした? 死にたいのであろう? この售月が死を与えてやると申しておるのだ。喜ぶがいい】
その言葉は、榛登にとって甘美なものだった。生唾を飲み込むと、ゆっくりと口を開く。
「……本当に、死ねるのか……?」
【あぁ、この售月に委ねるがいい。さぁ、開くのだ。門をな?】
そう言われたのと”門”が榛登の前に現れたのは同時だった。座っていたベッドから立ち上がると、榛登は……触れた。
今まで触れたことのない感触が、なぜだか心地よくて榛登は全てを委ねる――死ぬために。
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「はぁぁぁぁぁぁ!? 魅使榛登が姿を消しただってぇぇぇぇぇ!?」
夜も深まって来た頃、突如来訪してきた和沙により報せを受けた志修那が大声を張り上げる。
「そう。トクタイが保護していた彼は、その室内から出ることなく姿を消したわ。だから、ここにきた。緊急任務。魅使榛登を探し出し、早急に身柄を再度保護すること。以上」
こんな状況だと言うのに、いつもの調子で告げる和沙に辰真が珍しく反論する。
「あの、教官。俺達……今はライと伊鈴ノ宮先輩との三人だけで、浮風さんと初架さんが不在のままなのですが……」
その言葉に答えたのは――聞きなれない男性の声だった。
「そこについては安心しておくれよ。手筈は済んでいるからね……おっと、自己紹介がまだだったね? 僕はルッツ、しがない退魔師さ」
リビングの入り口付近を陣取っていた和沙の背後から顔を出したルッツは、そのまま話を続ける。
「さ、そういうわけで行こうか? 辰真君、志修那君? おっと、忘れてはいけないね? 辰真君の相棒のライ君?」
「ちょっ!? ルッツ……さぁんん!? 手筈ってなに!? なんなわけ!?」
またしても大声を上げる志修那に、ルッツは微笑みながら答える。
「大丈夫! 仲良くやれるさ!」
「ぜんっぜん大丈夫じゃあないいいいい!!」
嫌がる志修那を連れて、一同は家を出た。不気味な赤い月に照らされながら。




