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33 危機迫る①~橘からの知らせ

 「あんたの機転もたまには役に立つものねっ! 三十三回も跳べちゃったわっ!」


 長縄を終えてフィールドから引き上げる際、有紗がご満悦な様子で話しかけてきた。


 「逆に、たまにはもっと素直に感謝してくれても良いんだけど?」

 「学年で一番跳べたわけじゃないんだから、それはお預けね」


 またの機会ということだろうか? それって、一年後なんですけど?


 学年で一番跳んだクラスが何処のクラスかは知らないが、最後まで跳んでいた虹チームの二年八組は七十八回跳んでいた。余裕でうちのクラスの倍以上の数だ。


 長縄では四十ポイント以上の差を付けられてしまったわけだが、うちのクラスからは男子百メートル走で二岡が決勝に、女子六十メートルハードルで陽歌が決勝に進んだわけだし、その他にも杠葉さんが借り物競走で一着だったり、障害物競走では反町弟が一着だったらしい。それと、涌井と臼井が走り高跳びで男女別で仲良く三位だったようだ。

 何より、俺が千六百メートル走で一位を取ってやったのだ。


 長縄で付けられた四十ポイント差なんて、巻き返すのなんて楽勝どころか、既にリードだってしているかもしれない。だから、そんなに悲観することでもない。


 ちなみに、相沢の男子八十メートルハードルは惜しくも予選で全体の十位だったらしく決勝には進めなかった。

 ついでに女子玉入れは五位で、もっとついでに言うと佐藤の綱引きはビリだった模様。


 まぁ、みんな精一杯やった結果だろうし、特に文句はない。


 「紫音にもちょっと謝っとかなきゃ――って、あれ?」


 有紗が曽根を探しているが、テントにもいなければ、近くにも姿は見えない。

 トイレでも行ったのだろうか? 大分駆け足で戻ったんだな。


 「騎馬戦、同じ騎馬なんだろ? そん時声掛けときゃ良いんじゃね?」

 「それもそうね~。――あっ! 綾女っ!」


 有紗はテント内にいる、春田や臼井、反町姉と楽しげに会話している杠葉さんを見つけ、そのまま駆け足で近づいていった。


 「――っ?!」


 突然誰かに背中を叩かれ振り返ると、そこには陽歌がいた。


 「ちょっと遅すぎる判断だったんじゃないかなぁ? 本番当日、それもラスト一回の前なんて、このウスノロっ……!」


 何かと思えば、毒を吐いてきやがった。


 「でもまぁ、ちゃんと判断してくれたみたいで良かったよ。私が言っても、体育祭クラスリーダーじゃないだろ? で、終わってたと思うし」

 「じゃあ、ちゃんと判断したことを評価して、罰ゲームを全部無しに――」

 「――ダーメーでーすーっ! それは、この後次第かなぁ~!」


 そもそも、なんで俺だけ罰ゲームありきなんだよ。ちゃんと一位を取ったではないか。結果は残してるんだけど?


 「じゃあお前も、ハードルの決勝でぶっちぎって一位を取らなかったら罰ゲームな。内容は、これから最低一日一回死ぬまで俺をイケメンと褒め続けろ」

 「――ハードル高っ! ハードルだけに。主に、罰ゲームの内容が」

 「聞かずともわかる、俺をイケメンではないって言ってるような言い方だな」

 「『ような』じゃなくて、断言してるんだよ。だからその罰ゲームは無理」


 俺もその拒否権を行使したい。罰ゲームなんて内容問わずどれも無理。


 「はぁ……、それより、突然場所チェンジさせて悪かったな。何せ、クラスの女子じゃ、お前くらいしか運動神経良い人を知らないって言うか、何というか。狭くなかったか? スペース」


 有紗は場所が狭まると言っていた。

 陽歌ならそれでも難なく跳べるだろうが、それでも本番ぶっつけであることには変わりない。少なからず、多少の無理を強いてしまっていた可能性だってあると思う。


 「ううん、全然。特に問題ないよ。ちょっと狭くても楽勝だから」


 流石は陽歌。心配も杞憂だったみたいだ。


 「なら良かった。さてと、ちょっくらしょんべんでもしてくっかな」

 「いちいち口に出さなくて良いから。さっさと行けば? ヘンタイ」


 はい、すいません……。

 お前だけには、あ、あと杠葉さんにも、もはやヘンタイ呼ばわりなんてされたくないけど、ごめんなさい。


 と、心の中で謝罪して、トイレに向かった。



※※※※※



 「――あっ! 椎名先輩っ!」


 トイレに向かっていた途中、橘と遭遇した。


 「こんなところで何してんだお前。もう学年種目の集合時間になってね?」

 「――そ、それはっ! ちょっとお花を摘みにいくのを我慢できなかったので……」


 あー、なるほど。確かに、こんな過密スケジュールじゃ用を足すタイミングだってそう上手くはいかないよな。納得。


 「そっかー、じゃなあ」


 俺も早くトイレに行きたかった為、そのまま一言だけ言って歩き出したのだが――。


 「――待ってくださいっ! 椎名先輩に、どうしても知らせておかなきゃいけないことがありますっ……!」


 ――橘がそんな俺の足を止めにくる。


 「ん? なんだよ」

 「近くのお花畑が空いてなかったんで、わざわざ遠くの、今日は人気のない第二体育館裏のお花畑まで行ったんですけど――」


 トイレをお花畑とは、遠からず、近からず、どちらとも受け取れる言い回しですね。


 「――お花を摘みに行って、ここに戻る途中っ……! 第二体育館横で見ちゃいけない場面に遭遇しましたっ……!」


 体育館横、今日は人気が無い。

 ――それってつまりっ?! いやいや、まさかね。こんな真っ昼間の学園、それも外でおっ始めるバカップルなんているわけがない。多分……。

 そういったことは映像の中だけの世界の話であってだな――。


 「――衝撃的過ぎて、ぶっちゃけ内容は頭に入ってないんですけどっ……! 大急ぎでスマホで動画を隠し撮りしておきましたっ……! ちょっと今は時間がないので、後で見に来てくださいっ……!」


 ――ちょっと待てっ! お前、そんなシチュエーションに出会(でくわ)して隠し撮りしたものを、俺に見せる気か? しかも、やたら真剣な表情で言ってくるときた。

 他人の、それも同世代のリアルなシーンなんて見たくは無いのだが――。


 「――危機が迫ってますっ……! それじゃ、芽衣は急ぎますのでっ……!」


 だが、橘の最後の一言で、そんなふざけた内容の事柄ではないことはすぐに理解できた。


 橘はいつになく真剣な表情で必死にそれだけ言い残し、集合場所に向かっていった。もう既に、遅れてるけど。


 一度整理しよう。

 橘によると、第二体育館横で何か問題があったらしい。それも、橘にとってはあまりの驚きでその内容が頭に入ってこないほどの何か。

 それなのに危機が迫っていると知らせてきた。ということは、少なからず触りの部分の理解はしているようだ。


 ……わからん。橘が何を言いたかったのか全く理解できねぇ。


 そもそも、誰に危機が迫っているというのだ。

 俺か? いや、今のところ全くそんな感覚はない。なら橘に? だったらどうして今、無事なのだ。

 もし、第二体育館横で何かがあったとしても、十中八九俺とは関係ない知らない人の話ではないのか? だって、長縄を終えたばかりの俺たち二年三組、陽歌も有紗も杠葉さんも、それと春田に相沢や涌井たち、みんなテント付近に今はいる。


 つまり俺の近しい人は誰も巻き込まれてなどいない。


 ――いや、待てっ?! 渚沙かっ?!


 「あ、お兄ちゃん」

 「ん?」


 頭を整理しながらトイレに向かって歩いていた時、渚沙とバッタリ遭遇した。


 「なんだ、違ったか……。ホッ……」


 ひとまず、渚沙が無事でいてくれて安心する。


 「は? なに? 誰と間違えてんだコラッ」


 どうしてか、他人と間違えたと思われてしまったようだ。間違えるはずなんて無いのに。


 「あ、いや、誰かと間違えたわけじゃなくて……。それより渚沙、なんか変わったことはなかったか?」

 「はぁ? 別に何もないけど。急になに? どしたの?」


 渚沙はジトッと俺を怪しむように見てくる。純粋に心配してただけなのだが、そう警戒されるとちょっぴり切ない。


 「なんかよくわかんねーんだけど、橘が危機が迫ってるとか言ってきてよ。俺も俺のクラスメイトも特に変わりはないし、だとしたら渚沙に危機が迫ってるのかと思って」

 「なぎに危機が? んなわけないでしょ。ん? まさか心配でもしてくれてんの?」


 これまた渚沙は、怪しむように俺を見てきた。

 だから、そんな風に警戒されると、悲しいんですけど。


 「愛する妹を心配しないわけないだろ」

 「うぅ、寒気が……。ある意味これが危機かも……」

 「――どうゆう意味だよっ! とにかくっ! 俺はしょんべんに行くから、渚沙はとりあえず母さんの近くにでもいてくれ」


 俺が危険人物みたいな言い方をしないでもらいたい。

 別に、禁断の愛に目覚めたとかそういうわけではなく、ただの兄妹愛ですよ?


 「はいはい…」


 渚沙は気怠げに返事をした後、来客の中に紛れていった。


 あぁ、急がないと漏れるし遅れるし早くせねば。


 と、駆け足でトイレに向かっていた時――。


 「あ、椎名くん。どしたの? そんなに慌てて」

 「もう集合時間になるけど……」


 ――曽根と二岡と遭遇した。


 「そうなんだけど、漏れそうだからじゃあな。すぐ戻るからっ!」


 もはや爆発寸前まできているから、構っている暇はない。事情だけサラッと説明して大急ぎでトイレに向かった。


 用を足し、トイレから出た時、ふと頭を過った。


 曽根紫音――。


 仮に俺に危機が迫っているとしたら、可能性としてはこいつが絡んでくることも一応あり得る。

 だが今のところ、というかあれ以来そんな様子も全く無いし、そもそも色々あって俺自身今ではそこまで警戒しているわけでもないし、なんならついさっき出会した時は二岡と一緒にいた。


 その二岡に至っては、俺に危害を加えてくることは想像もつかないし、俺以外の人に対しても――いや、わからない。

 だが、二岡がわざわざ誰かに危害を加える理由も見当たらない。だって、そんなことする必要なんてあるわけがないから。

 逆に、加えた際のデメリットの方が遥かに大きいとさえ思える。もしそれが表沙汰になれば、花櫻生もそこまで異次元のバカではないはずだから、築き上げた地位が崩れてしまってもおかしくはない。

 だから、二岡自身が誰かに危機をもたらすことはないだろう。


 まぁ、何にせよ騎馬戦が終わった後すぐに、橘が撮ったらしい動画を見れば何のことかわかるはずだ。

 橘はあれほど真剣だったが、もしかしたら大したことではないかもしれないわけだし、そこまで深く考える必要もないか。


 と、大急ぎで集合場所に向かった。


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