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32 長縄~努力していたのは知っている

 時刻は十一時十五分。

 一年生の長縄が終わり、いよいよ二年生の長縄が始まる。それは良いのだが、ちょっとばかし膝が重い。

 よくよく考えてみたら、俺は今さっき千六百メートルも走ったわけで、どうしてそんな競技の後に長縄なんて競技を組み込んだのだとプログラムを決めた連中に文句を言いたい。


 何なら、この長縄が終わった後には学年種目が始まるわけで、一年生の大玉転がしが終わった後すぐに二年生の騎馬戦だ。尚のこと文句が言いたい。


 千六百メートル走に出場した人間からしてみれば、とんでもないハードスケジュールも良いとこだ。個人種目を終えた後だからこそ、それをひしひしと痛感している。


 まぁ、千六百メートル走に出場した一年生の方がキツイだろうけど……。

 俺も俺で、ラストスパートはマジで本気を出したわけだから普通にキツイ。


 だが、そんな俺の気持ちとは裏腹に長縄開始の号砲が鳴り響く。


 「せーのっ!」


 曽根の掛け声とともに縄が回り始める。何で曽根が掛け声の役を担っているかというと、体育祭クラスリーダーだから。


 『椎名くんよりわたしの方が声が通りそうだし、わたしが掛け声やるよ』


 という、何とも願ったり叶ったりの提案をしてくれたのだ。


 「「「一、二、三、四、五――」」」


 クラスメイト全員で、跳躍する度に数を数えていく。

 制限時間は五分。

 できれば、最初の一発目で最高記録を作りたい。膝が重いから……。


 だが、これまた俺のそんな願いとは裏腹に十六回目で縄が止まった。


 これまでの練習での最高記録は二十三回。その記録では恐らく余裕で学年最下位だろう。

 そして今回の記録は練習での最高記録にも及んでいない。このままでは他クラスに長縄において結構な得点差を付けられかねない。


 「せーのっ!」


 もう一度綺麗に並び直し、クラスメイトの息が整ったところで、後れを取り戻す為に曽根が声を出す。


 「「「一、二、三、四、五――」」」


 再びクラスメイト全員で数を数えて跳んでいくのだが、またもや十六回目で縄が止まった。


 また同じ記録かよ……。

 多分引っ掛かっているのは、有紗かな? もしかしたら他のクラスメイトかもしれないけど、みんなが呼吸を整えてる間に聞いてみよ。


 「おい、有紗。引っ掛かってんのお前?」


 有紗に小声で話しかけてみる。


 「そ、そうよ……。悪かったわね」


 有紗も小声で答えてくれる。


 「でも、なんっかちょっとしっくりこないのよね……」


 有紗が少しばかり首を傾げた。


 「何が?」

 「なんか、跳んでる間に狭くなっていくっていうか……」


 有紗のスペースが跳ぶ毎に狭くなっているわけか。

 周りを跳んでいるクラスメイトも毎度ピンポイントで同じ位置に着地できるわけでないし、それも起こり得ることだ。前方の、縄の高さが低い位置では尚更それも起こりやすいだろう。


 そもそも、曽根がこれで大丈夫って言うから口出ししてこなかったけど、有紗がこんな前方で跳んでる意味がわからない。

 そりゃ、有紗の前を跳ぶ曽根が、有紗がちゃんと跳べてるか様子をチェックしたいってのもあるんだろうけど、この状況でそんな悠長なことを言っている場合ではない。


 「有紗と陽歌、場所変わってくれ」

 「――ちょっ?! 椎名くん?! なんで勝手に決めてるのっ?!」


 聞いていたのか、曽根が何やら必死に止めに来た。


 「だって、その方が絶対回数伸びるじゃん。そもそも、陽歌がこんな後ろで跳んでる意味もわからないし。陽歌なら、有紗の位置でも引っ掛からず跳べるよな?」


 俺が陽歌にそう聞くと、


 「うん、大丈夫だよ」


 陽歌もすぐに答えてくれた。


 「――で、でもそれじゃ……! あーちゃんの努力が無駄になっちゃうじゃんっ!」

 「このまままともに跳べない方がよっぽど無駄になるだろ」


 今のままの回数で終わったら、それこそ努力も水の泡もいいとこだ。

 有紗が長縄を沢山跳ぶ為に毎日努力していたのは知っている。だからこそ、その為に最適な位置を用意してやることも必要だ。


 「わかったわ。私もちゃんと跳びたいし、はるちゃん、場所変わってもらっても良い?」

 「オッケーッ! 有紗ちゃん、頑張って最高記録、作ろうねっ!」


 有紗直々に陽歌に頼み込み、当然だが陽歌もそれを受け入れる。


 「――時間が無いっ……! 今はひとまず椎名の案でいこうっ!」


 二岡もどうやら賛同してくれているようだ。これならば曽根も文句はないだろう。


 「うゔ……、わかった。――じゃあみんな、いくよっ! せーのっ!」


 結構な時間を取ってしまった。もしかしたらこれが最後の挑戦になるかもしれない。

 曽根の掛け声とともに縄が回り始める。


 「「「一、二、三、四、五――」」」


 一回、また一回と跳んでいく。


 そして遂に――。


 「「「十七――」」」


 ――本日の最高記録も超えてもまだ、縄は回り続けている。


 「「「二十四――」」」


 いよいよ、過去最高記録を更新し――。


 「「「三十四――」」」


 ――ここで縄が止まった。


 記録は三十三回。これまでの最高記録だった二十三回を大幅に更新する記録。


 この記録でも、学年全体では真ん中辺りの順位、もしかしたら下から数えた方が早いかもしれない。だが、今までの記録を考えれば充分健闘したと言えるだろう。


 ここで、タイムアップの号砲が鳴り響いた。


 現在進行形で縄が回っているクラス以外はここで終了だ。つまり、うちのクラスの記録は三十三回で確定した。


 後は未だ縄が回り続けている三クラスの縄が止まるのを待つだけ。

 既に縄が止まっているクラスの結果、はたまた回り続けているクラスの結果はどうでも良い。


 必死に練習して少しずつ跳べるようになって、だからこそ本番で今までで一番跳べた。


 精一杯の努力をした。そんな自分を有紗が誇りに思ってくれれば、それで良い――。

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