29 本当の私とは何だろうか?
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「これで良しっと」
「ありがとう綾女。これで残りの競技も頑張れるわ」
転んだ時こそちょっと痛かったけど、本当にただの擦り傷だったからその後はあんまり痛くなかった。それでも綾女は手当てをしてくれて、そのおかげで痛みは全く感じなくなった。
あくまで身体的な意味で、だけど。
心は痛い。
あれだけ練習して、その甲斐あってこんな私でも一位でゴールするまで後一歩のところまで迫っていて、それなのに無理だった。あの努力は一体何だったのかと、付き合ってくれた紫音への申し訳なさも相まって、正直泣きそうだった。
けど、レース後の紫音の言葉で泣くに泣けなかった。
『まだ体育祭が終わったわけじゃないからっ! 騎馬戦も同じチームだし、リレーもあーちゃんから私にバトンを繋ぐわけだし、それで巻き返そうっ!』
そんな言葉を掛けてもらってしまったからには、涙を引っ込める他になかった。
『――そういうことなら、これを使ってくれ。こういうこともあろうかと、昨日買っておいたんだ』
引っ込めた涙も、二岡の言葉で枯れ果てた。
紫音は二岡のことを悪い奴じゃないなんて言うけど、いくら紫音の言葉でも私にとってそれだけは譲れない。
あれを信じることだけは絶対にできない。どれだけ周囲から反感を集めようとも、それだけは譲れない。
さっきのだって、私の怪我を自分の好感度アップに利用しようとしているだけ、そう思うことにしている。
私は自分のことを素直じゃないと思っている。
けど、今回ばかりは別で、意地を張って拒んだのではなく、素直に拒んだ。
そのことに関しては、良くやったっ! 私っ! って思っている。
けど、ぬか喜びなんてしていられない。私はすでに二人三脚で失敗している。紫音の言うように、取り返さなければならない。
だからまずは、次の長縄でちゃんと跳ばなくちゃ。それでその後の騎馬戦、午後のリレーで何としても結果を出すんだ。
「綾女、私頑張るから」
「……有紗さん、私は有紗さんには笑顔でいてほしいんです。だから、その……」
「うん、わかったわっ! その為にも、結果を出さないとねっ!」
私が今日、笑顔でいる為には結果を出す必要がある。
これだけ練習してきたのだ。それで上手くいかないんじゃ楽しいわけがないし、笑顔でなんていられない。大丈夫、私なら出来る。二人三脚だって後一歩のところまでいけたのだから、自信はある。
「有紗ちゃーんっ! 大丈夫?」
保健室の窓の外からはるちゃんが声を掛けてきた。なぎちゃんも一緒にいる。
校舎の中に入ってこないのは、なぎちゃんがいるからだろう。
もうそろそろ椎名の競技が始まる頃だというのに、わざわざこんな場所まで来てもらって、三人には頭が上がらない。
「うんっ! 大丈夫っ! なぎちゃんもありがとね」
「いえいえっ! 有紗さんにはお世話になっておりますので、当然のことですよっ! 無事で何よりですっ!」
なぎちゃんはほぼ間違いなく猫被ってるけど、そんなの関係なく良い子なのだ。
でもいつかは、私にも椎名やはるちゃんに対しての素の姿で接してもらいたいなと野望を持っている。そんな日を近づける為に、今からでも積極的に関わらなくては。
「そろそろあいつの競技始まるわよね?! 急いで向かおっかっ! なぎちゃんっ!」
「はいっ! 私も有紗さんと綾女さんと観に行きたいですっ!」
「――だからっ! さりげなく私を省かないでくれるっ?!」
「陽歌ちゃんは勝手について来て良いよ」
なぎちゃんに雑に扱われるはるちゃん。そんな関係性が羨ましい。
「ほうほう……。渚沙も有紗ちゃんみたいにツンデレ化しちゃっかぁ。素直じゃないなぁ」
「――はるちゃんっ?! 私はデレたりしないわよっ?!」
私がデレたりする瞬間なんて無かったはずだけど、いつからはるちゃんの中ではそうゆう認識になっていたのやら……。昔だって、本当に仲の良い人じゃなきゃ俗に言うツン要素すら発揮しないただの人見知りだったっていうのに。まぁ、はるちゃんにこそ発揮していたけど。
そういった意味で、本当の意味で私が素でいられる相手は綾女とはるちゃん、それから弥生に最近では紫音。
後は椎名――。
あいつには、どうしてか初めて会ったその日から素の姿を出してしまった気がする。
まぁ、それはともかく残すはなぎちゃん。
私が素で接することができれば、必死に頑張る姿を見せれば、きっとなぎちゃんも素を見せてくれるはず。
だから早く――。
「さっさとグラウンド戻ろっかっ!」
――戦いの舞台に戻らなければ。本当の私を見せる為に。
いや、本当の私? それって何だろうか? 体育祭で結果を残すのが本当の私?
少しばかり、胸の奥に引っ掛かりを覚えた。
でも、後には引けない。今更、私には無理なんて簡単に投げ出せない。
だって、私は私の目的の為に今日まで頑張って来たんだから――。
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