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27 借り物→〇〇〇人

 「もーうっ……! あやちんの番はまだなのぉ……? あたしもう行かなきゃだよぉ……」


 借り物競走は既に始まっているのだが、杠葉さんは後半の方の組に割り当てられたのか、まだ出番は回ってきていない。

 そうこうしているうちに、春田も春田で出場する八百メートル走の待機場所に向かわなければならない時間が近づいているようだ。


 「あ、次が綾女さんの番みたいですよ」


 そんな春田に渚沙から朗報が舞い込んだ。渚沙がスタート地点に立つ杠葉さんを指差している。


 「ホッ……。ギリギリ間に合って安心したぁ」


 春田が胸を撫で下ろし小さく息を吐く。


 フィールド競技はトラック競技と違ってスタートの合図は笛らしい。

 ホイッスルが鳴り響くと同時に杠葉さんが走り出した。


 これまた本日、珍しく髪を束ねているけど、サイドポニーが良くお似合いで大変可愛らしいであります。

 揺れる髪に揺れない乳。絶妙なバランスに妙に興奮を覚えてしまうであります。


 そのまま杠葉さんは箱まで辿り着き、中から紙を取り出すと当たりをキョロキョロ見渡している。


 指定された物を健気に探す姿も癒しだなぁ。

 おっと、目が合ってしまった。いかんいかん、見過ぎて引かれてしまうかもしれん。


 と、さりげなく視線を逸らし、適当に選んだその他の参加者に目を向ける。


 「え? なんか綾女さんこっちに走ってくるけど……」

 「ん? ホントだ。まぁ、誰かに物を借りるわけだしもしかしたら俺たちの中の誰かの物かも――」

 「――佑紀さんっ……!」


 おっと、どうやら俺の持ち物のようだ。とは言っても、今俺が持ってる物はポケットに入ったお守りくらいだ。後方の辺りにカバンもあるが、その中にだってタオルと飲み物くらいしかない。


 「えっと、これかな?」


 と、ポケットからお守りを取り出し見せる。

 借り物競走でお守りを指定しててもおかしくはないし、杠葉さんは俺が常に携帯していることを知っている。

 だから多分お守りだろうと思ったのだが――。


 「――違いますっ! ちょっと一緒に来てくださいっ!」

 「――えっ?! ええぇっ?! ちょっ! どゆこと?!」

 「――い、良いからっ……! 来てっ!」


 杠葉さんは理由を言わず俺の腕を強引に引っ張り出した。


 な、なんだ……? 借り物、俺?

 ――まさかっ?! これは噂に聞く、借り物が『好きな人』とかいう超高難易度ミッションではなかろうか?!

 いやいやいや、でもそんな都合の良いことなんて――。

 期待せずにはいられないっ……!


 勘違いも甚だしいと笑われようがもはや構わない。何かやけに生徒用のテントの方が騒然としている気がするが、この際そんなことどうだって良い。


 大きな期待を胸に、俺は杠葉さんと共にゴール地点にいる審査員の体育祭実行委員の元に向かった。


 「えっと、あのぉ……、杠葉綾女さん? お題と解答が違うのですが……」


 杠葉さんからお題が書かれた紙を受け取った体育祭実行委員の女子生徒が、困ったような表情で首を傾げている。


 違うとはなんぞや。杠葉さんは借り物競走でお題と解答を間違えるほどバカじゃねーんだぞ? で、その紙なんて書いてあるの?


 「――違いませんっ! これで合ってますからっ……!」


 体育祭実行委員からの指摘に臆することなく、杠葉さんはきっぱりと言い切った。


 「――は、はいっ?! え、えと……、わかり、ました……?」


 杠葉さんの迫力に押されたのか、体育祭実行委員は一瞬、背筋をピンッと伸ばして少しばかりオロオロしながら解答内容を正解だと認定した。


 そしてこれにより、まさかの一着が決まった。

 おそらく、杠葉さんがお題を見てパッと俺だと思いついてキョロッと俺を探し、サッと行動したから成し遂げられた結果だろう。この結果に少しでもお力添えできた自分を誇りに思ってしまう。


 「ありがとうございます佑紀さん。おかげさまで一位でゴールできました。私、すっごく嬉しいですっ!」

 「いえいえ、どう致しまして。それで、あの紙に書いてあったお題って……?」


 俺にとって本題はここだ。これを聞かずにはいられない。


 「――おっ、お題っ?! あわわわっ! そ、それはですねっ……! ああっ……! だからそれはっ……!」


 杠葉さんは顔をブンブン振りながら慌てている。


 これは、ひょっとしてホントにもしかするかもしれない。そう思うと次第に心臓の鼓動がドクッ、ドクッと加速してしまう。


 その答えを、今か今かと待っていると――。


 「――た、『頼れる人』っ! だよっ……!」


 俺の期待していたものとは違う答えが返ってきた。

 嬉しい反面、ちょっとだけ残念といった何とも言えない感情が渦巻いてくる。


 ここまで観てきた借り物競走で、人が借り物であるパターンは初めてのことだった。だったら体育祭実行委員はどうして『頼れる人』というお題を選んでしまったのだろう。


 そこは『好きな人』にしとけよな……。まぁ、もしかしたら『好きな人』というお題も用意してるのかもしれないけどさ。


 仮にそうだったとして、杠葉さんがそれを引いていたらどうしていたのだろうか。俺を選ぶのか?

 いや、この子のことだから趣旨を勘違いして有紗とか陽歌辺りを連れて行きそう。


 でも、有紗は二人三脚に向けて今頃待機場所にいるだろうから、そうなると陽歌かな。陽歌は今どこにいるんだろ。まだマザーズと一緒にいんのかな? ま、何でも良いけど。


 というか、そこの体育祭実行委員っ! 最初解答が間違ってるとか言いやがったなっ?! どこが間違ってんだコラァッ!

 人を見かけで判断するんじゃねぇっ! 俺は見かけで判断するけどなっ……!


 何はともあれ、それでもやはり、杠葉さんからのこの評価は嬉しいものだった。


 「――っ?! こうしてはいられませんっ! 競技も終わりましたし、早く行かなくてはっ!」


 突如、杠葉さんが何かを思い出したように焦り出す。


 「行くってどこに?」

 「決まってるじゃないですかっ! 有紗さんの二人三脚がそろそろ始まってしまいますっ! あっ! そうだっ! 佑紀さんも一緒に行きませんか?!」

 「ああっ! そうだったっ! 行くっ! 行くけど先行っててっ! 渚沙をテントに置いたままだからちょっと連れてくるわ」


 多分春田は既に待機場所に向かった頃だろうし、となると渚沙は知り合い一人いないテントに今は一人でいることになる。流石にそこに放置するのは気が引けるし、したらしたでブチギレられそう。

 俺は一旦渚沙の元に戻らねばなるまい。


 「わかりました。じゃあ先に行ってますねっ! 急いで来てくださいね」


 杠葉さんはそのように言い残して一人、メイントラックの方に向かっていった。


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