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24 大好きなんだ

 暇だ……。暇すぎる……。


 俺の出場する個人種目は十時五十分開始予定で、今の時刻は午前九時十五分。

 長縄とか学年種目の騎馬戦は俺の個人種目の後だし、リレーに至っては午後だ。


 テントの中で各競技を眺めていても良いのだが、陽歌とか相沢や涌井といった俺の親しい人たちはそれぞれ自分の出場する個人種目に向かってしまったし、有紗も曽根と二人三脚の最終調整に向かってしまった。

 その為、一人で競技を観戦していても盛り上がりに欠ける。


 今更ながら、自分の狭い交友関係が腹立たしくなってきた。


 なんて考えている間に、トラックでは男子二百メートル走予選と女子五十メートル走予選が終わり、男子百メートル走が始まってしまった。

 フィールド内でも涌井と臼井が出場する走り高跳びも既に始まっており、同時進行で行われるチーム対抗男子綱引きに出場する人たちもフィールドに姿を現している。

 ちなみに、綱引きはうちのクラスからは俺とそこそこ仲の良い佐藤が出場する。


 がんばれぇー。


 「ねぇねぇ椎名っち」

 「ん? なんだ春田か。どうした?」


 テント内にいなかったはずの春田がどこからともなく戻ってきて、やけに高いテンションで話しかけてきた。

 だがこれは助かる。悲しみの一人観戦を避けられるかもしれない。


 「百メートルが終わったらはるちんが出るハードル始まっちゃうよ? 呑気にこんな場所にいて良いの?」

 「は? どうゆうこと? こっから観るの、何か問題でもあんの?」

 「あのさぁ、もっと近くで応援してあげようとか思わないわけ? 使ってるトラック、目の前じゃなくてフィールド挟んで反対側でしょ? ここじゃ観にくいじゃん」


 ここまで言われてやっと気付いた。

 その手があったか。何もテントからではなく、一般の来客に混ざって応援してしまえば良いのか。


 「なるほど。んじゃ移動しますかっ! 行こうぜ春田」


 どさくさに紛れて春田を誘い、テントから足を踏み出す。


 「じゃあ急ごっか」


 先に歩き出す春田を早歩きで追いかけた。



※※※※※



 「あ、お兄ちゃん」

 「ん? うげっ、渚沙……」


 近くで陽歌の出場するハードルを観る為に移動してきたのだが、そこで偶然渚沙と遭遇してしまった。

 それと、何か当たり前のように杠葉さんも一緒にいる。

 運ゲーだから練習も何もない杠葉さんの出場する借り物競走まで、まだ後一時間もあるというのにどこにも姿が見えないと思ったら、どうやら考えていたことは同じだったらしい。

 いや、俺は春田に気付かされたようなものだから、杠葉さんは俺よりも遥かに賢いと言えるだろう。


 「母さんは……?」

 「彩歌おばさんと一緒にいると思う。それより、『うげっ』とは?」

 「あぁ、いや……、気付いちゃったかなぁ? と思って」

 「何に?」

 「な、何時に来たん……?」

 「お兄ちゃんが、仲良く芽衣さんとラジオ体操してる辺り」


 何故か、渚沙は俺を異常なまでに睨んでそう言った。

 だ、だが安心した……。それならまだ渚沙は昨日会ったイケメンが二岡だとは気付いていないようだ。


 ……結局今日気付くことになるというのに、俺は何を安心しているのだろうか。


 でもそれは、俺が考えなしに行動したことによって引き起こされてしまう未来の結果で、それを変えることはもうできない。


 だから今は、その結果の果てに渚沙が何を思うかがわかるまでは何も言えない。


 『三レーン、二岡真斗くん』

 「「「きゃっー! 二岡くーんっ!」」」

 「彼女も観てるぞ二岡ぁっー! ファイトーっ!」


 司会席から、百メートル走に出場する二岡の名前がコールされた。それと同時に圧倒的歓声が男女問わず沸き起こる。


 「ん……? 確かその名前って――」

 「うぐっ……」


 

 それを聞き渚沙がスタートラインの方に視線を流してしまう。


 次の瞬間、渚沙は右手の握力を強めたのか、手に持つペットボトルがミシッと音を立てた。


 「えっと……、どうかしましたか? 渚沙さん」


 渚沙の雰囲気が変わったことに気付いてしまったのか、杠葉が恐る恐るといった様子で渚沙に尋ねた。


 「いえ……、なんでもありませんよっ! それとお兄ちゃん、ちょっと来て……」


 渚沙は作り笑いを浮かべ杠葉さんの問いに答えた後、俺の腕を握り強引に足を動かした。


 「お、おい渚沙っ!」

 「もうっ……!」


 杠葉さんと春田から少し距離を取ったところで渚沙は俺の腕を離した。


 「あれ、昨日の人だよね? つまりあの人は敵だったわけだ」

 「いや……、別に渚沙が敵視することないんだぞ?」


 こんな会話をしてる間に、レースは終わったのか現時点で一番大きな歓声がグラウンドに木霊(こだま)した。


 「――するに決まってるでしょっ?! だってお兄ちゃんにとって……」


 何かを言い掛けて渚沙は一度黙り込む。


 「えっとな、渚沙――」

 「――なぎは、綾女さんが好きだからっ……! 綾女さんだけじゃない。陽歌ちゃんだって、有紗さんだって好きだし、だからこそ許せない」


 結局、行き着くところはそこだけなんだ。

 二岡と特に関わりのない渚沙にとっては、聞いた話のみで判断するしかない。

 そこから生まれるものは怒りだけだ。


 だが、実際に二岡と関わりのある俺にとっては、本気で怒り狂うほどの切っ掛けがない。


 初めて聞いた時こそ苛立ちを感じたのは事実だが、それは二岡とまともに関わる以前のもの。

 それ以後、俺の怒りに触れる何か決定的なものは無く、関わることで多少ながらも好印象を抱きつつあるのが現実だ。


 「お兄ちゃんは、どうにかしようって思わないの……?」


 思わないわけではない。

 それに関しては、できればどうにかしてあげたいとは何度も思った。

 けど、どうにかできる術が何も思いつかないのだ。


 だから、あまりそのことは考えないようにしていた。


 今はただ、杠葉さんが変わりたいと決心して努力をし、有紗がその為に奮闘し、陽歌がそれを支えているのを見ているだけに過ぎない。

 それで少しずつでも、風向きは変わっていくと思っていたから。


 でも気付いた。その風もやがては再び逆向きに吹き出し、スタート地点まで戻される。


 「お兄ちゃんはあの人たちのこと、好きなんじゃないの……?」

 「――っ?!」


 渚沙の言葉が胸の奥に深く突き刺さる。


 あぁ、そうなんだ。俺は結局あいつらのことが好きなんだ。


 毒舌フワフワ幼馴染に、大食いツンツンツインテールに、優しい隠れヘンタイ巫女。


 個性的過ぎるけど、全く憎めないあいつらのことが大好きなんだ。


 「ありがとな渚沙。危うく完全に傍観者になっちまうところだったわ」


 心からの本音で出た感謝だった。


 もうやめよう。

 渚沙の前で、たった一人の妹に偽るのはもうやめよう。


 「今はまだこの現状を変える方法は何も思い付かねえ。けど、いつか必ず変えてみせるから、ちょっと待ってろ」


 大好きなあいつらの為だったら、思い付いたら何とかしてみせる。

 例えそれが、どんな方法であったとしても――。


 「やっと、か……。やっぱ好きなんじゃん。期待してるよ、お兄ちゃん」

 「おう。それと渚沙、俺はお前のことも好きだぞ」


 まぁ、妹なんだから嫌いなわけがないのだ。

 本当のことだし、それをちゃんと本音で伝えてやろう。


 「うっわ……。知ってたけどシスコンきめぇ……。オェッ……」

 「おいコラァッ! たまには素直に受け取れやっ……! どうしてもそんな反応しなきゃ気が済まねえのかテメェって奴はっ!」


 まぁ、何となくそんな気はしてましたけどね。

 どうせ、そんな反応が返ってくるって知ってたけどね。

 本音で言ってやったってのに、お兄ちゃんちょっとだけツライよ?

 言ったことを後悔はしてないけどな。


 「そろそろ陽歌ちゃんの出番だし、なぎ先に戻るわ……。お兄ちゃんは後一時間したら戻ってきて良いよ」

 「いや、長えよっ! 一緒に戻るからっ!」


 そんな俺の言葉を無視して歩き出す渚沙の横に、小走りでくっ付いた。

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