22 杠葉雪葉は予感する〜今日は暑くなりそうね
「どうか神様お願いします。実力通り私が体育祭で活躍できるようにしてくださいっ! それが綾女の為でもあるから絶対お願いしますっ!」
体育祭当日早朝、杠葉神社にて有紗がお参りをしている。
昨日の夜、朝七時に杠葉神社に絶対来いと連絡があったから仕方なく来てやった。
当然陽歌にも連絡があったからここまで一緒に来たのだが、寝ぐずりが酷くて面倒だった。
「おいおい、実力通りだったら逆にダメなんじゃね?」
「――どうゆう意味よっ?! 言っとくけど、今の私の実力は花櫻一よっ!」
んなわけねぇだろと内心思ったが、何よりも大事なのはメンタルだ。
少なくともテニスはそうだから、きっと他のスポーツ、運動も同じなはず。
だからある意味、今の有紗はとても良い状態なのかもしれない。
「そっかそっかっ! 何か調子良さそうだな。俺も何か今日の有紗なら大活躍や気がしてきたわ」
「あったりまえでしょっ?! それよりあんたは何をお願いしたのよ」
「神様、良い加減俺に優しくしてください」
ここ最近の俺の切実な願い。
そろそろ神頼みしておかなくてはと思っていたのだが、本日無事達成した。
「はあっ?! 何よそれっ! 意味わかんないんだけどっ?! 人生に十回の貴重な神頼みをくだらないことに使ってんじゃないわよっ!」
「仕方ねえだろ? 最近誰かさんに上げて落とされてツライ思いばっかしてんだから……」
と、チラッと陽歌の様子を窺がうと――。
「どうしてこっち見るのかなぁ? 私、何かした?」
ニッコリと笑って俺を見ていた。
やべぇ、見るんじゃなかった……。めちゃ怒ってるわこれ。
「あ、いえ、何でもないです。――てかっ! 神社のお参りが有限とか聞いたことないんだけどっ?!」
人間、一生のお願いってよく使うものだ。
が、それが一生のお願いであることはまず無い。
翌日になればまた、前日に一生のお願いをしたばかりなのに当たり前のように一生のお願いをするのが人間だ。
そんな一生のお願いが無限であるのに、神社での神頼みが有限であるはずがない。
もちろんこれは俺理論だから、他人に通用するかは知らないけど。
「無限ですよ」
杠葉さんが一言、口を挟んだ。
「あ、綾女もお参りしてたわよね? 何をお願いしたの?」
いや、無限であることはしれっとスルーしたなこいつっ?!
「内緒です」
「えー、教えてよぉ~」
「ダーメーですっ!」
杠葉さんはお願いした内容を口に出すことを頑なに拒否している。
「はぁーいっ……。じゃあ、はるちゃんは?!」
「私は、誰かさんが今日の体育祭、真面目にやりますようにってお願いしたよ」
と、言いながら陽歌は俺を見た。
「あぁーっ! あんた、はるちゃんのお願いが叶うようにちゃんと真面目にやりなさいよねっ!」
「はいはい……、わーりましたよ」
「やる気が伝わって来ないわっ! もっと元気良くっ!」
「――はいっ! わかりましたでございます教官殿っ!」
「私を勝手に教官にするなっ!」
「はい、すいません……」
あ、朝からもう疲れた……。
姫宮有紗さん、体育祭だからか朝からアドレナリンが出ているご様子で、非常に興奮しているでありまする。
「じゃあ出発しよっか」
「それ行くわよぉっ!」
陽歌と有紗が並んで境内を出口に向かって歩いていく。
「佑紀さん、私がしたお願い事、教えてあげましょうか?」
「ん? 何をお願いしたの?」
「それは――」
杠葉さんの口元が俺の耳元にやってきて――。
「――有紗さんが笑顔で今日を終えられますようにってお願いしたんです。でもきっと、それは一番である必要なんてなくて。大事なのは、気持ち、だからっ……」
――ゆっくりとそう囁いた。
有紗の目標は一番になることで変わりはないだろう。
でも、どれだけここ最近練習を積んだからといって、元々無い運動神経を飛躍的に伸ばすことができるわけもない。
もちろん、それでも一番という結果を取れるに越したことはないが、もし取れなかったとしてもこの体育祭期間における自分の努力を認めてほしい。
誰が見ても有紗は良くやったと言える努力をしたと思うし、自分でそう思えれば自ずと笑顔になれるから。
「ちょっとー、何二人してヒソヒソ話してんの?」
「違うよ有紗ちゃん。あれは間違いなくヒソヒソ話に見せかけた巧妙な罠。佑くんがあやちゃんに強要したんだよ。だって見てよあの顔、あやちゃんの吐息が耳に吹き掛かってることに興奮して、話なんかまるで聞こえてない顔だよ?」
「罠じゃねえし強要もしてねえし興奮もしてねえしちゃんと話も頭に入っとるわっ! 何朝っぱらからくだらねえ想像してくれてんだテメェっ!」
神様への祈りは即効性が無いのか、陽歌の発言は未だいつも通りだった。
「がーんっ……」
何故か杠葉さんがあからさまに声を漏らして落ち込んでいる。
はて……? 一体どこに落ち込む要素があったのでしょう?
「あらあらみんな、朝から元気ですこと」
境内から石畳の階段に差し掛かろうとしたその時、ちょうど杠葉雪葉さんが階段を上がってきた。
「あっ! 雪葉さんおはようございます。見ててください、今日は私頑張っちゃいますんで、応援よろしくですっ!」
と、雪葉さんに向かって有紗はそのように言うが――。
「ん? 来るんですか?」
「ええ、母と一緒に行くわよ。佑紀くんも、また怪我しない程度に頑張ってね」
「フラグっぽいの立てないでもらえます? 結構マジで痛いんですよ? それより母って、やっぱり雪葉さんに似て美人なんですか?」
二人の母親なのだ。そんなの美人でないわけがないと思い、つい聞いてしまった。
「あら? 佑紀くんは私に興味お有りなのかなぁ? それは全然構わないんだけどぉ、うちの母狙いだと佑紀くんが私たちのお父さんになっちゃうわけでしょぉ? それはちょっと色々問題有りなんじゃないかなぁ? うちの父も許さないだろうしぃ」
ちょっとどころか物凄く問題大有りだよそれはっ……!
許さないどころか殺されても文句言えないし、そもそも狙ってるわけねぇだろが。
というか、聞いただけなのにこんな斜め上の回答をされると、もう杠葉さんの母親が美人だろうがそうでなかろうがどうでも良くなってきた。
「ちょっとお姉ちゃん……。佑紀さんがお姉ちゃんとかお母さんをそんな風に見るわけないでしょ……。変な勘違いしないで」
杠葉さんが雪葉さんをジトッと睨んでいる。
「佑紀くん、あれは嫉妬してるのよぉ? ほらっ……! 綾女も美人だって言ってあげてっ……!」
「――えっ?! はっ! はいぃっ?!」
突然そんなこと言えと言われても、困るんですが……。
大体、杠葉さんはどちらかというと俺の中では可愛い系だ。
だからこの場合可愛いと言う方が正しいのだ。
――って?! どちらにせよ言えるかっ……!
女の子に可愛いねっ! と本気で面と向かって言うとか色々恥ずかしすぎるし、何ならこんなあからさまに作られた雰囲気の中で言うとか余計無理だわっ!
「――ち、違うからっ……! そんなんじゃないっ……! もう良いっ! 私行くからっ……!」
杠葉さんは顔を真っ赤にさせて石畳の階段を下り始めた。
「あーあー、佑くんのせいであやちゃん怒っちゃった」
「いやいや、今のどう考えてもこの人のせいだろ……。何でもかんでも俺の責任にしとけば良いって風潮、良い加減やめない?」
「ふんふんふーんっ! 雪葉さん、また後で」
陽歌は誤魔化すように鼻歌を歌った後、雪葉さんに一度声を掛けてから階段を下り始めた。
「あっ、待ってよはるちゃーん」
続いて、それを追うように有紗も階段を下り始める。
「さてと、俺も行きますか……」
と、階段に足を踏み入れようとしたその時――。
「――椎名佑紀くん。今日は暑くなりそうね」
そんな言葉が掛けられた。
俺が今まで接してきた雪葉さんからは想像もつかない、それは本当に真剣な声音だった。
それでも、その言葉の意味はわからなくて、なのに俺の心をどこか揺らしてくる。
「日焼けするのは嫌だけど、半袖で行こうかしら? もし日焼けしそうで、あぁっ! もう限界っ……! ってなったら、佑紀くんからジャージとか貸してもらっちゃおうかな?」
今さっきの雰囲気は何だったのか、雪葉さんは突如として真剣味を欠いた態度に豹変した。
「持ってきてないですし……。妹に借りれば良いじゃないですか」
「それがねぇ、佑紀くんが今日はジャージは必要ないって考えてるように、それはみんな同じことだと思うわよ? だから綾女のジャージは家にあるわ」
その言い方、最初から俺がジャージ持ってきてないと思ってたような口振りだけど、じゃあ何で持ってるか聞いてきたんだ……。
本当に、よくわからない人だ。
「んじゃあ、家に置いてある杠葉さんのを持ってくるか、日焼け止めで何とかしてください。というか、雪葉さんが花櫻のジャージ着てたら流石に違和感アリアリなんですけど? なんなら、そもそも自分の羽織る物持ってくれば良いだけじゃないですか」
「ふふっ……! それもそうねぇ~!」
冗談抜きに何の時間だったのか。
今の会話に意味があったと思うことは物凄く難しい。
だが、何故か最初の一言にだけ真剣味があったことが、まだ心の奥をざわつかせていた。
「それじゃ、もう行きますね。また後で」
もう姿が見えなくなってしまっている三人を追いかける為に、雪葉さんに一言そう声を掛けてから階段を駆け下りた。
道路に出ると、少し前を三人が歩いていた。
まだ時間的には早朝だけど、雲一つ見当たらない空が青く輝いており、彼女たちが陽炎越しに揺れている。
今日は暑く、なりそうだ。




