19 体育祭前最後の休日
「なんでお前らまでいんの……?」
翌朝、予定通り図書館横の公園に向かったのだが、そこに昨日の話し合いの時にいなかった人たちがいた。
相沢に春田に、それから反町姉の三人だ。
「私が呼びましたっ! 他にも、臼井さんや涌井さん、反町弟さんも呼んだのですが、部活があるみたいで断られてしまいました」
なるほど、杠葉さんが声を掛けたというわけか。
まぁ、問題ないけど。
なんなら、やっぱ成長してるんだなと感心してるけど。
「よぉ渚沙、久々じゃねーの」
「あらまぁ、相沢先輩。お久しぶりです。お元気そうで何よりです。あ、私椎名佑紀の妹の椎名渚沙です。よろしくお願いしますね。えっと……」
渚沙が反町姉を見てから俺を見て、困り顔をしてくる。
妹の困り顔とか求めてないんで、やめてほしい。というか、なんだそのお嬢様口調は。似合わな過ぎて笑っちゃいそう。
けど、仕方ないからアシストしてやろう。
「反町希だ」
「反町希さん」
「うん、よろしくね、渚沙ちゃん」
渚沙から自己紹介されて反町姉はちょっとご満悦の様子だ。
「ん? お前頭でもぶつけたか? それとも向こうにいる間に精神的に大人になっちまったのか?」
昔から渚沙を知っている相沢は、首を傾げつつそんなことを渚沙に問う。
「コホンッ……。相沢先輩? 何をおっしゃいますか? なぎは大昔から何も変わっていませんよ?」
渚沙はニコッと笑って相沢を見ている。
が、流石に目は全く笑っていない。普通にキレてそう……。
「お、おい椎名……。お前の妹、一体何があったんだ?」
そんな渚沙の態度を見て、相沢は俺に耳打ちしてきた。
「いや、言ってることは何も間違ってねーよ? 今も昔も相変わらずただのクソガキだからな。けど、なんか知らねーけど新しい知り合いの前では猫被ってやがるんだわ。まぁ、ほっとけ……」
「なるほどな……。てことはまぁ、その内剥がれるな」
「間違いない」
いつまで続くのか見ものだ。
ちょっと楽しみにしてる自分がいた。
「ちょっとそこっ! ヒソヒソ話してないで、早く始めるよっ!」
やけに張り切っているではないか俺の幼馴染は。
元々運動神経は良い方だが、かといって自発的に運動するタイプじゃないからここまでやる気を見せるのも珍しいなと思う。
「ではっ! まずは――」
杠葉さんの気合の入った一声にみんなの視線が彼女に集中する。
一体、何をやろうと言い出すのか期待が膨らんでいく。
「――準備体操ですっ!」
ほんの数秒、静寂が訪れた。
「えっと……、私また何か間違えちゃいましたかね……?」
その静けさが杠葉さんを襲ったのか、杠葉さんはバツが悪そうな表情を浮かべている。
「全然間違ってないよあやちゃんっ! さっ! 早く準備体操やろっ!」
そう、陽歌の言う通り間違ってなどいない。
怪我とかしたら困っちゃうからね。
ただ、あんなにも気合を入れていたものだから、とんでもなく凄い練習を提案してくると期待してしまったのだ。きっと、この場にいる全員がそうだったに違いない。
その期待との差が、先程の静寂を生んだのだ。
けど、杠葉さんらしいなと思う。
準備体操一つであんなにも気合いを入れられるんだから、きっとその後の練習も気合いを入れてやるに違いない。
結構不器用だけど、それでも一つ一つ真剣にこなそうとする姿は、いつかきっとクラスメイト一人一人の目に映ってくれると信じたい。
だから今は、既にその姿を知ってるこの場にいるメンバーで今日の練習を一つ一つ真剣にこなす。
それが今の俺たちに出来る精一杯の後押しなんだ。
※※※※※
昨日の段階では、ランニングくらいしかできなくね? とか思っていたのだが、追加メンバーもいたことで逆にランニングはしなかった。
バトン練習をしたり、はたまた女子メンバーは丁度騎馬戦の一騎のメンツらしく、その練習をしていたり、その間俺と相沢と渚沙は駄弁ってたり……。
そしたら陽歌が、暇そうな俺たちにハードルになれと言ってきて、渚沙も渋々やるものの無言でキレてたりと、ホント色々あった。
「子供たちがぞろぞろ来たし、そろそろ引き上げない?」
朝七時から始まった公園での練習も気付けば二時間程度が経過しており、幼稚園児や小学生といった子供が公園に遊びに来る時間となっていた。
つまり、どう考えても大きいお兄さんお姉さんはお邪魔である。
「そうですね。では今日の練習はこれで終わりにしましょう。皆さん、この調子で本番も頑張りましょうねっ!」
杠葉さんの締めの挨拶が終わると、反町姉や相沢に春田が充実感溢れる表情で帰っていく。
「さてと、んじゃ俺たちも帰ります――」
「――何やってんのあんたたちっ!」
帰ろうと声を掛けようとしたら、公園の入り口から有紗の声が聞こえた。
「あっ! 有紗さんっ! おはようございます。実はですね、体育祭に向けて練習していたところなんです」
「えっ?! そうだったの? 水臭いわね、私も誘いなさいよ」
「佑紀さんから、有紗さんは曽根さんと練習していると聞いたので、邪魔してはいけないと思いまして」
「あんた、なんで私の予定知ってんのよ」
杠葉さんから事情を聞いた有紗は、俺をジトッと睨んだ。
「え、ただの予想だけど? 昨日だって二人で練習してたわけだし、今日もそうなんじゃね? って」
「まぁまぁ、有紗ちゃん落ち着いて……! あっ! なんなら今から一緒に練習しない?!」
「え……、もう子供達も来たから終わりになったんじゃ――」
「ちょっと黙ろうか、佑くん?」
陽歌は空気を読め、とでも言わんばかりにニコッと笑顔でない笑顔を俺に向けた。
「はい、すいません」
その圧に負けた俺にできることは、ただ謝るのみだった。
「あー、その誘いは嬉しいんだけど、ちょっと張り切り過ぎちゃって膝とか少し痛くって……。どっかの誰かさんも乗り気じゃないみたいだし、今日は遠慮しとく」
有紗は少し苦笑いを浮かべ膝をさすっている。
多分、元々運動なんてこれっぽっちもやってこなかっただろうから、その分ダメージも負いやすかったといったところか。
有紗からしてみれば、もしかしたら無理をし過ぎているのかもしれない。
そう考えると、根気強く練習するのが悪いとは言わないが、怪我だけはしないように気をつけてほしいと思う。
本番までに怪我をしたら、ここ最近の努力は全て無に帰ってしまうだろうから――。
「では有紗さん、一緒に帰りませんか?」
「そうねっ! あっ! 帰り道で聞かせてあげるわっ! ここ最近の私の成長についてっ……!」
「はいっ! 楽しみですっ! それでは、陽歌さん、佑紀さん、また明日。渚沙さんも、また遊びましょうね」
「じゃ、またねなぎちゃんっ! ついでに二人も」
杠葉さんと有紗は、それぞれそう言ってから帰っていく。
というより有紗さん、俺と陽歌は渚沙のついでかよ……。
「だっはぁ……。づーがーれーだぁ~。お兄ちゃんおんぶ」
二人が見えなくなった途端気が抜けたのか、渚沙の腰がストンと落ちて地べたに座り込んだ。
「やだね。重いし」
「じゃあ陽歌ちゃん、おんぶ」
「してあげても良いけどぉ、周りに子供たちもいるけど、恥ずかしくないのかなぁ?」
陽歌は挑発的な目で渚沙を射止めた。
確かに、こいつ恥ずかしくはないのだろうか。
中三にもなっておんぶをねだるとか。
「――やっぱ良いっ……! ふんっ」
急に恥ずかしくなったのか、渚沙は発言を撤回した。
ついでに、それを隠したいのかそっぽを向いてしまった。
「んじゃ帰りますかぁ」
「うん、そだね」
こうして、体育祭前最後の休日が終わりを告げた。まだ、朝だけど。
体育祭は来週の土曜日。
それまでうちのクラスのパフォーマンスはどの程度の完成度になるのだろうか。
ここまで真面目に練習してしまうと、その完成度に少なからず期待してしまう自分がいた。




