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15 猫被り

 「なんっでなぎがお兄ちゃんと買い物に行かなきゃなんないわけ」


 母さんに夕飯の買い物を頼まれたのだが、一緒に買い出しに行くように言われた渚沙が横でブツブツと文句を垂れている。

 恐らく、母さんとしては俺と渚沙が二人暮らしになった際を見越して、予め渚沙にも買い物をする力を身に付けさせようという魂胆なのだろう。


 アメリカに戻るまでに出来れば掃除洗濯、なんなら料理まで叩き込んでおいてほしい。

 そうでなければ、全部俺がやる羽目になるから。


 いや、仮に母さんが渚沙にそれらを叩き込んだとしてもこいつはそれでもやりそうにないのが悲しい。


 「お前、母さんに買い物する能力が無いって思われてるってわかってる?」

 「はぁっ? そのくらい出来るんですけど。失礼しちゃうわ」


 渚沙がいじけた表情でそう言う為、流石に買い物くらい出来るかと同情してしまう。


 だが、それ以外はどうせ出来ないんだろうけどな。

 一応、聞いてみるか。


 「なあ、お前さ、掃除、洗濯、料理等は出来んの?」

 「バカにしてんのかクソ兄貴。掃除くらい出来るわっ! 洗濯だって、突っ込んでボタン押して終わったら干すだけだろうがっ! 舐めんなっ……!」


 渚沙は荒々しくそう言って、俺の足をバシッと蹴ってくる。


 掃除くらい出来ると普段の様子からは根拠のない発言をし、洗濯に至っては何とも雑な手順を我が物顔で語る。

 わかってはいたが、やはりこれが渚沙だ。


 そしてお分かりだろうか、料理に関しては全く触れていない。

 掃除、洗濯で誤魔化したようだが、俺の目は誤魔化せない。


 「料理は?」

 「はぁっ? 出来ねーよそんなもんっ! わかってるくせに聞くなっつーの」


 そんなに威張って言うようなことでもないのだけど……。


 「俺も大して出来ないんだけど、二人暮らしになったら料理も当番制だからな」

 「やだね。出来ねーなら毎食外食だっつーの」

 「はあっ?! 金が持たねーよバカかお前っ?! いや、聞かずともバカだったわ……!」


 俺もバカなのだがそれは学力的な意味であって、渚沙の場合は別の意味でバカである。


 「バカにバカって言われる筋合い無いんだけど」


 だから、俺はそう言った意味で言ったわけでは無いのだが、渚沙は気付いていないらしい。やはりバカである。


 「とにかく、毎食外食なんて絶対しねーからなっ! ほら、着いたぞ」


 そうこうしているうちにスーパーに着いた。


 カートにカゴを入れ、入店。


 「まずは玉ねぎっと……。――ん?! おい、どこ行くコラァッ!」


 入店早々、渚沙のバカがある方向に向かって駆け出していく。


 一直線にお菓子売り場……。

 買ってこいと渡されたメモにお菓子は含まれていないし、そんな予算も貰ってないんだよなぁ。


 まぁ、別に渚沙が自分の金で買うなら構わないのだが、絶対そうではないと言い切れる。

 だってあいつ、自分の財布持って来てる様子もなかったし。

 つまり俺に買わせる気満々だということ。


 そんなの誰が許すものかと、急いでバカを追いかける。


 お菓子売り場に辿り着くと、既に渚沙は四つほどお菓子を抱えていた。


 いや選ぶの早すぎな? しかも何? 四つって。遠慮というものを知らねーのか俺の妹は。

 そもそも、一つたりとも買ってやんねーけどな。


 「早く売り場に戻せ。それを買う予算は貰ってない」


 俺の言葉は右から左に流れたのか、渚沙は俺の前まで来てニコッと微笑んだ。


 ふんっ……、たかが妹の笑顔程度で動じる俺ではない。


 「もう一度言う。早く戻せ――」

 「――お兄ちゃんっ! これ買って!」


 だから、そんな満面の笑みを向けられたところで、相手がお前じゃ俺は動揺したりなんて――。


 「――買ってくれないと、陽歌ちゃんのおっぱい触ったのお母さんに言いつけるからねっ!」

 「――さ、触ってねぇっ! 背中に当たっただけだっ! つかテメェ、なんで知ってやがるっ!」


 そんな事聞かずともわかっている。


 御影陽歌、クソ幼馴染めっ……! 余計なことを言いやがって……。


 「陽歌ちゃんからそうメッセージが送られて来たよ? まぁ、事故だったみたいだけどね」

 「そうそう……! 事故なんだよねぇっ! しかも、触ってねぇし。ほら、早く売り場に戻して」


 どさくさに紛れて渚沙にそう言ってみたものの、やはり効果はなくニコッと笑ってお菓子を抱え続けている。


 「お兄ちゃんっ! お兄ちゃんの部屋の押入れに――」

 「――よーしっ! 渚沙っ! 買ってやるから早くカゴに入れてくれっ!」


 今日の一件どころか、それ以上に余計なことを渚沙に教えやがって……。


 そんな事母さんに知られたら俺の未来は消え失せてしまう、そんな気がしてならない。


 弱みもいいとこだ。しかも握られる相手がこいつとは、陽歌許すまじ。


 「わーい、ありがとうお兄ちゃん……。半信半疑だったけどホントだったんだね、押入れに隠し持ってるって。キモっ……」


 渚沙は棒読みで俺に感謝? を言ってくるついでに、ゴミを見つけたかのような目で俺を睨む。


 なっ……! まさか渚沙にとっては疑いの範囲だったのかっ?! なら、誠心誠意否定すれば難を逃れられたかもしれないのに、迂闊だった。


 「さっ、頼まれた買い出しするよエロ兄貴」


 カゴにお菓子を入れ歩き出す渚沙。

 まぁ、百歩譲ってこいつに知られるのは良いとして、母さんに知られるのはマジ勘弁だからお菓子くらいで済むなら良しとしよう。


 ……あれらの殺処分を検討せねば。



※※※※※



 「あー、マジで精神的に疲れた……」


 レジで支払いを済ませ、袋に買った物を詰めて手に持つ。


 「ん? ねぇお兄ちゃん、あれ、有紗さんじゃない?」

 「あ?」


 渚沙が見ている方角に目を向けると、そこには確かに有紗が座っていた。

 スーパーの中に設置されたベンチに腰を掛け見るからに疲れ切っている様子がうかがえる。


 「――ちょっとお兄ちゃんっ! 貸してっ!」


 渚沙が俺から、買った物が入った袋を強引に奪い、駆け足で有紗の元に向かって行く為、俺もその後を追いかける。


 「こんにちは有紗さんっ!」

 「――っ?! なぎちゃんっ?! と、あんたか……」


 今あからさまに、俺を見た瞬間期待外れそうな顔をしたよね? 悪かったな俺で。


 「どうしたんですかこんな所で?」

 「あー、それが……。体育祭の練習だったんだけど、ちょっとへばっちゃって。二人は買い物?」

 「はいっ! 使えない兄ができる妹の私に荷物を持たせてますっ!」


 この野郎……、元々俺が持ってたっていうのに何を言ってやがる。

 やたら強引に奪ってくると思ったらそういう魂胆だったのか。


 「こんなに可愛いなぎちゃんに荷物持たせるなんて、あんたってホントに男なの?」

 「いえ、うちの兄は中間です」

 「誰がおかまじゃっ! 男だわっ! 男っ!」


 何を平然と中間とか言ってやがるんだ渚沙は。そもそも、お前だって俺がそんなんだったら恥ずかしいだろうが。


 「これどうぞっ!」


 渚沙が袋から取り出し有紗に手渡した物――。


 「――あっ! それは……!」

 「良いの?」

 「どうぞどうぞっ! 母には私の方から日頃からよくしてくれる方にあげたと伝えておきますので」


 渚沙が有紗に渡した物。それはスポーツ飲料。


 そもそもそれ、母さんが渡してきたメモに買うように書いてあった物ではなく、俺が自費で購入した物だから別に母さんに伝える事なんて何もないだろうが。


 体育祭期間ということもあって、一応買っておいた物。朝にコンビニで買ったり、はたまた学校内で買うよりここで買った方が安いからと用意した物。


 まぁ、数本買ったから一本くらい良いのだが、なんで渚沙が勝手に決めてやがるんだ。

 あげるのは良いけど、それなら俺に言わせろよな。


 「練習お疲れさんって事で、俺からの差し入れだ」

 「別にお兄ちゃんのお金で買ったわけじゃないでしょ……」

 「俺のお金で買ったやつだわふざけてんのかテメェ……。お菓子返品するぞゴラァッ!」

 「と、何やらお兄ちゃんがギャーギャー騒いでますが、どうぞ受け取ってください」


 どうして渚沙は、陽歌以外の他人の前だとこうも出来る妹を偽るのか。


 お前、別にそれとはかけ離れた存在だろうが。無理して猫被ってんじゃねーよ、もっと日頃のクソガキっぷりを全面にさらけ出しちまえよ。

 というか、バレるのも時間の問題だと思うけどな。


 「ありがとうなぎちゃん。これで明日からも頑張れるわっ! あんたも一応……、ありがと」


 流石の有紗も手に持つ飲み物は俺が買った物だと理解しているようだ。

 やや含みを持たせた言い方は渚沙への配慮だろう。

 そっぽを向きつつも俺にも礼を言ってくる。


 「あっ……、そういえばあんた、体調不良なんじゃなかったっけ? もう大丈夫なの?」

 「――えっ?! あっ! あぁっ! もう大丈夫っ!」


 有紗の問いに不意を突かれた俺は多少焦りつつも問題ない旨を伝える。


 「お兄ちゃん、体調悪かったの? 帰ってきた時全然そんな風に見えなかったけど」

 「その時はもう治ってたのっ! リアルに吐きそうだったんだよっ!」


 保健室に運ばれた時点では決して体調が悪かったわけではなかった。

 勘違いから一瞬で目の前が真っ白になり気絶したらしいのだが、問題はその後だ。

 男の相沢に男の俺がお姫様抱っこで保健室まで運ばれたという事実は俺の精神を破壊した。


 運んでもらった相沢には悪いのだが、強烈な吐き気に襲われ全身の血の気が引いて徐々に視界が白く染まっていったのだ。


 お、思い出すとまた吐き気が……。


 「な、なんかまた顔色悪くなってきたわよ……? 早く帰った方が良いんじゃない?」

 「お、おう……。そうさせてもらうわ。じゃあまた明日な。帰るぞ渚沙」

 「では、今日はこの辺りで失礼させてもらいますね。また近いうちに遊びましょうね、有紗さん」


 俺は有紗に軽く手を振りいそいそと歩き出し、渚沙も後から付いてくる。


 「おい、これ持てや仮病野郎」

 「いや、仮病じゃねぇし……。はいはい、わかりましたよ猫被り」

 「ちげーよ。なぎは実際出来る妹だし。つか、猫被りに猫被りとか言われたくねーよ」


 そんなこと言いつつも、買い物袋を俺に押し付けてくるではないか。


 まだそれは良いとして、その他諸々何処が出来る妹なのか一つ一つ説明してほしいくらいだ。

 まぁ、説明されても理解できねーだろうけどな。


 というか、俺が猫被りとは?

 言っている意味が良くわからないのですが。

 まぁ、それはいつものことか……。


 渚沙から買い物袋を受け取り、少し重い足取りで家に向かった。


 そして、家に帰った俺を待ち受けていたのは、渚沙にお菓子を買った事でまたまた甘やかしたという理由から来る母さんの説教でしたとさ。

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