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12 クソゲーも稀に満足感が得られる

 「ヤッホー渚沙!」


 陽歌は俺の家に入るなり、バタバタと足音をさせてリビングに向かっていく。


 「あー、陽歌ちゃん。やっほー……。え、なに? テンションがうざいんだけど」


 渚沙はソファーに寝転がりながら、本を抱えて陽歌に冷ややかな目を向ける。


 「あら陽歌ちゃん、いらっしゃい」

 「こんにちわ沙紀おばさん!」

 「待っててね今お茶淹れるから」


 母さんはゆっくりと台所に向かっていく。それを見届けてから食卓のイスに腰掛ける。


 「で、なに? なんでそんなうざいテンションなの?」


 渚沙は再度、気怠げに陽歌にそう尋ねた。


 「学校はどうだったのかなぁーって思って!」

 「それがさぁ、向こうの学校とは違ってまぁ楽しくて……! 久々の感覚だったから今日はちょっと疲れた」

 「そっか! ちょっと安心したよ」


 渚沙の充実感溢れる感想を聞き、陽歌はニコッと微笑んだ。

 うむ、俺もちょっと安心したぞ妹よ。

 それにてっきり、もっと気怠げに感想を述べると思ってたのに割と笑顔で語り出すから驚きだ。


 「それより渚沙、それ何? アイドル写真集?」

 「うん。昨日買ったやつ。こっちも、ほら」


 渚沙はテーブルの上にあった他の二冊の表紙を陽歌に見せる。


 「クソが……。そんなもん買わせやがって。しかも三冊も……!」

 「あ、お兄ちゃんいたんだ」

 「『お兄ちゃんいたんだ』じゃねえよ! 陽歌と一緒に入ってきただろうが! 何空気扱いしてんだコラァ!」

 「だって実際空気だったじゃん」


 生意気で生意気でしょうがない妹に、昨日三冊も買ってやったっていうのによ! しかも写真集って……。てっきり漫画とかだと思ってたよ。合計六千円って、高いんだよマジで。


 財布の中に一万二千円持ってたんだけど、渚沙に万札渡すとお釣り返さない気しかしなかったから俺がレジに並んで買う羽目になるわ。

 男の俺が男性アイドル写真集三冊も抱えてる様を冷ややかな目で見る客の視線や、苦笑いを浮かべる店員の表情に耐え抜いて買ってやったというのに、そんな優しい兄を空気扱いしやがって……!


 「佑紀、あんまり渚沙を甘やかしちゃダメよ? 渚沙が写真集三冊も買えるお金持ってるわけないから、お母さんびっくりしちゃったじゃない」


 母さんが台所からお茶を運び終わるなり俺に説教をしてきた。


 「お母さんは黙っててっ! これは正式な契約の元買ってもらったんだから良いの! 買ってくれる約束だったの!」

 「いいえダメです。本来そのお金はお兄ちゃんの生活費として用意したものなんだから、今後は絶対許しません」


 そうなんだよなぁ……。父さん、渚沙を甘やかしてしまってごめんなさい。


 それよりも、珍しく母さんが渚沙に厳しくものを言っている。

 そういえば、渚沙がこっちの学校に通うって話を車の中で聞いた時、母さんは渚沙にわがままを言わないようにね? 的なことを言っていて、渚沙はわかったような返事をしていたが、結局渚沙はわがままをソッコーで発動したわけで、遂に母さんの堪忍袋の尾でも切れたのだろうか。

 まぁ、買ってしまったわけだから後の祭りなのだが、親として自分の渡米後を心配したのだろう。


 「それから佑紀。残高見てて思うんだけどいつも結構余ってるわね。これなら渚沙が増えてもこれまで通りの仕送りでも大丈夫そうね」

 「――ちょ、ちょっとまってくださいお母様! な、渚沙が増えるのですよ?! それではあまりにも心許(こころもと)ないではありませんか!」


 じょ、冗談じゃない。

 なんだかんだ毎月振り込まれるお金をこれまでは二万円は残していけていたが、渚沙にかかればそんな金、月頭で消し飛ばすことなんて楽勝だ。そうなってしまっては、いよいよ俺の生活が終了してしまう。


 「はぁ……。じゃあ渚沙のお小遣い分だけ増やしてあげるわ」

 「なぎのお小遣い?! いくら?!」


 おい、なんでお前がそんなに目を輝かせてるんだ? 今の俺が喜ぶところだからな?


 「五千円」

 「えー、少ない……」


 渚沙は納得いっていない顔をしている。

 中学生のお前にとって、どんな金銭感覚してれば五千円というお小遣いが少なく感じられるんだ。俺なんて中学時代は三千円だったんだぞ?


 「少なくありません。ね? 陽歌ちゃん」

 「うん。少なくないよ渚沙。私だって渚沙よりお姉さんだけど五千円なんだから」

 「ぐぬぬっ……。ふーんだっ!」


 渚沙は不貞腐れてソファーにふんぞり返る。


 「じゃ、そうゆうことだからお願いね、佑紀」

 「イエッサー!」

 「佑くん、そうじゃなくてイエス、マムだよ」


 そうゆうの、よくわかんないし細かいことは言わないでください。


 「ホント佑紀は相変わらずおバカさんね」


 陽歌に指摘された俺に、母さんが呆れた声音で言う。


 「ちっちっちっ、情報遅いな母さん。なんとなんと、一学期中間テストでは赤点は数学だけだったのだ!」


 俺は人差し指を左右に振り、自慢げにそう言った。


 「あらぁ、そうだったの。奇跡って起きるものねぇ。カンニングでもしたの?」

 「してねぇよ……! 息子の努力を疑うのやめてくれる?!」

 「私が教えてあげた数学だけ赤点……。なのにドヤ顔。ムカつく……」


 陽歌がボソッと呟くと、


 「あーあ、お兄ちゃんが陽歌ちゃんを怒らせた。ホントサイッテー」


 渚沙が便乗する様に俺を蔑む。

 いいから大人しく不貞腐れてろや。


 「ごめんなさいね陽歌ちゃん。うちのバカ息子が迷惑ばっかり掛けて」

 「いえ、慣れてますから……」


 いや待てや、なんで俺の学力向上を報告しただけなのに俺が悪者みたいな空気になってんの? すこーしくらい褒めてくれても良くはありませんか?

 くそっ……、こうなったら――。


 「次の期末テストでは数学で赤点回避してやんよ」

 「「「無理でしょ」」」


 誰一人として俺の宣言を信じてくれない。

 それどころか、同じセリフでハモりやがるわ、揃って白い目をしているわ……。


 「……そーですか。そーですかそーですかっ! じゃあ賭けをしよう。おい渚沙、もし俺が数学で赤点回避したらその月の小遣い無しな。陽歌は俺を貶さず、事あるごとに褒めること。母さんは……、特にない」

 「はぁっ?! なんでなぎのお小遣い無しになんの?!」

 「私だって、一つや二つ褒めるところがあっても、それ以上は難しすぎるよ!」

 「なんでお母さんだけ何もないの?! 渚沙と陽歌ちゃんばっかずるいじゃない!」


 若干一名、なんかMっぽい発言をしている人もいるが、それはこっちにいないからで、それに俺はもう決めたのだ。震えて待つがいい。


 「じゃあ逆に赤点取ったら佑くんは私に何してくれるの?」

 「え……?」

 「なぎはお兄ちゃんの全財産もらう……! それでいいよね?!」

 「良くねーわっ! やっぱ渚沙はリスク高すぎるからさっきのは無し……! 陽歌は……、一日一回褒めてやる」


 冗談じゃない。赤点の方が圧倒的に取る可能性が高い以上、渚沙との取引は撤退確定だ。


 「えぇー、佑くんにとってそれって難易度優しすぎない? 私に可愛いって毎日言うだけで済むわけだし」


 なんで俺がお前に面と向かってそんな小恥ずかしい事を毎日言わなきゃならんのだ。大体それ、どこのカップルだっつーの。


 「安心しろ。別の何かを探してやる。つまり難易度は高い」

 「――それってどうゆう意味っ?! ……はぁ、わかったよ、それで良いよ」


 陽歌は渋々納得した。


 「じゃあそうと決まったら、陽歌ちゃん! これからも佑紀に数学教えてあげてね?」

 「えー、でもそれじゃ私が不利――」

 「――あげてね?」

 「はい……」


 母さんの圧に負けたのか、陽歌は素直に了承した。


 「じゃあお母さんそろそろ夕飯のお買い物に行ってくるわね。陽歌ちゃん、今日はうちで食べてく?」

 「うーん、じゃあそうしよっかな!」

 「それじゃ、彩歌さんにちゃんと伝えなさいね」

 「はーい」


 陽歌の返事を聞いた後、母さんはいそいそと買い物に出掛けた。


 「じゃあ遊ぼっか渚沙」

 「はぁ? 遊ぶって何して?」

 「うーん、何にしよっかなぁ」

 「――あっ! それじゃあ写真集とお兄ちゃんを見比べてどっちがイケメンか当てるゲームしようよ」


 悩む陽歌より先に渚沙が提案した。


 「――なんっだその俺が傷付くだけのクソゲーはっ! 聞いたことねーよそんなの……!」


 それに、当てるって言ったってお前の中では最初から正解が出てるだろうが……。


 「良いよ! じゃあそれやろっか」


 乗り気なのか、陽歌はその謎のゲームに賛成した。


 俺は絶対参加しねぇ……。


 と、スマホを取り出し、一人寂しくゲームを始めた。


 何やら楽しげにキャッキャしてやがるが、ゲームの意図が全くもって意味不明すぎる。

 何度も何度も二人して俺と写真集を見比べているのが横目でわかるが、すっごく居心地が悪いからやめてもらいたい。


 「うーん、この人よりは佑くんの方がイケメン――間違えた。マシな顔してない?!」

 「――っ?!」


 言い直されはしたけど、陽歌から写真集の中の誰かよりは高評価を得たぞっ!


 「えー、陽歌ちゃんセンス無ーい。全員が全員お兄ちゃんよりイケメンでしょ」


 だろうな。お前の目にはそう映るんだろうな。まったく、我が妹ながらセンスのない奴め……!

 ……いかんいかん。知らず知らずのうちに聞き耳を立ててしまった。

 とりあえず陽歌の目には、誰かよりは俺の方がイケメンに映ったらしいし、もう良いや。


 と、多少の満足感を得た俺はしばらくの間スマホゲームに励んだ。

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